獅童正義は明智吾郎として生きることになった。 作:枝野トナナ
寝袋生活3日目の朝。
インナーシーツは毎日洗っているとはいえ、そろそろ本体も干した方が良さそうだ。
天気予報を確認すると夕方から雨になっている。
早めに帰宅できるように予定を組む必要があるな。
ええと、今日の予定は――
……昨日見忘れた家具を買いに行く、くらいか?
拍子抜けするぐらい余裕があるな。
政治家の土日といえば、地元回りだの後援会だの講演だので狭い範囲を駆けずり回る体力任せの過重労働だったのだが。
2日連続で買い物して飯食って帰ってきて片付けするだけでいいのか?
――いや、さすがに怠け癖がつくと良くないな。
とりあえず明智吾郎の家に戻って日曜議論を視聴しつつ、左手の訓練を兼ねてセンター試験の勉強だ。
午前中はそれで潰して、雨が降る前に寝袋を取り込んでから渋谷に出かけよう。
……。
数学は明確な正解があるから好きだ、という人間は多いらしい。
私に言わせれば他人の考えを読み解くほうが遥かに簡単だ。
苦労して解いた割に正解率は芳しくないし、本番を考えたらもっと早く片付けないといけない――
……なんで私はこんな普通に学生生活めいたことをしているんだろうな?
疲れのせいか、急に我に返ってしまった。
ため息をつきながら椅子の背もたれに寄りかかり、天を仰ぐ。
それもこれも全部、雨宮蓮というクソガキのせいだ。
秀尽で上手いこと事件を起こしてくれれば――という算段を立てて転校を斡旋したものの、実のところ完全成功する可能性は低い。
鴨志田という人間の知能レベルは知らないが、陸上部の件で校長と我々に揉み消しさせたという事実自体は理解しているだろう。
そんな状況下で保護観察処分の野蛮なクソガキにわざわざ因縁をつけに行くだろうか。
あるいは後のないクソガキが自分からバレー部や鴨志田の体罰を探りに行くだろうか。
――有り得るか否かで考えれば、
学校の評判を守るためにやった
そうなれば部活動以外でも体罰が恒常化し、クソガキが巻き込まれ、反発が起こるだろう。
しかしその場合、秀尽学園全体が割を食うことになる。
別に私とて、真っ当に生きている人間が理不尽に虐げられる世を良しとは思わない。
雨宮蓮に対して復讐したいのは本心だが。
……いや、小早川とてバカではない。
さすがに学校を守るには生徒も守る必要があると気づいているはずだ。
決定的な事件が起きれば鴨志田を切る決断ぐらい下せるだろう。
それが出来ないなら教育界から消えたほうがいい――が、そこまで干渉する余力がないのが悲しいところだ。
そもそも私自身、雨宮蓮にどうなってほしいのかを詰め切れていない。
とりあえず死ねよクソガキ、という気持ちもあれば、刑務所にぶち込まれて死刑執行を待つだけの人生を送ればいい、という気持ちもある。
自分自身の手で復讐したいという気持ちもあれば、あんなクソガキに手を煩わせてスキャンダルの火種を作るのは無駄、という気持ちもある。
全て本心だというのに同時出力できない矛盾の塊。
認知訶学でいうところの『強い感情や欲望により歪みが生じている』というやつだ。
――自覚はしているとも。
鏡を見るたびに。
悪夢を見るたびに。
私をこんな状況に追い込んだ雨宮蓮への憎悪と憤怒が募っていっている。
当たり前だろう? なんで私自身の身体で生きられないんだ?
これがマネロンに加担しておいて被害者ぶるロクでもない女に手を出した代償だとでも言うのか?
――ああ、もちろん第三者からすればだらしない体たらくであることは理解するとも。
酔って女に絡むなんて最低だ。
突き飛ばされて勝手に死んだのは私の方だろう。
正論だ。疑いようもなく正論だし、認めてやるさ。
認めるしかない。
だがな――
その程度のことで、『人生を奪われても恨むな』などというバカな理屈が通るものかよ。
そもそも
命を奪われたら命を、人生を奪われたら人生を。
両方を奪われたら両方を――
「……人生と命を奪う方法、か」
そう考えると、やはり合法的に死刑に持ち込むルートが正着手だろうか。
今の日本の量刑基準だと、18歳以上の人物が3人以上殺害したら原則として死刑判決が下されるはずだ。
傷害致死罪の前科があるといえ、2人では確実なライン超えには至らないこともある。
となると、1~2年後に雨宮蓮自身が自主的に3人殺害する状況を作れればいいわけだが――
……さすがに
どこかのタイミングで雨宮蓮の行動パターンを把握し、消していい奴を用意し、罪を着せるしかない。
いくらなんでも私自身の復讐のためだけに、死ぬ必要がない人間を死なせる趣味はないからな。
明智吾郎としての私を陥れようとしただとか、そもそも消したほうが日本のためになる人種だとか、そういう連中の処理を兼ねてやるべきだろう。
――だが、当面はそこまでやる余裕がないのも事実だ。
遺産が入らなければ資金が足りない。
補欠選挙が終わって新島の捜査をかわした後でなければ、吉阪と星野が動かせない。
そもそも認知訶学研究を潰す前に目立つ動きをすれば、消されるリスクが跳ね上がる。
何より獅童の実子である明智吾郎が、血縁上の父を殺した張本人である雨宮蓮と接触し、その直後に殺人が起きたら……警察や検察に疑ってくれというようなものだ。
本来、少年法による実名報道禁止規定がある以上、雨宮蓮の名前が公表されることはない。
しかし実名が禁止されているのはあくまで報道、警察の捜査書類には全て本名が記載されている。
実際、私も笹木を通じて雨宮蓮の情報を聞いているからな。
――だが、幸い、私はまだ明智吾郎として
いかに笹木が獅童の秘書としてコネを持っているといえど、顔写真や住所を直接渡すほど警察も弛んではいない。
笹木自身が警察内部で資料を閲覧することは出来ただろうが、持ち出すことは不可能だ。
だからこそ私も、獅童正義として目撃した雨宮蓮の顔しか覚えていないし知らない。
そして『アマミヤ レン』という名前の16〜17歳の少年が、
たまたま偶然出会うだけなら、おそらく言い逃れは聞く。
殺人だの事件だのが起きなければ、保護観察中のクソガキと言えど警察もそこまでマークしないはずだ。
警察も――
「……警察、なぁ」
明智吾郎自身が持っていた数少ないコネの1つが警察だ。
明智吾郎の入院や後遺症に関して色々と便宜を図ってもらってはいるものの――私が目覚めてから呼び出しの連絡は一切ない。
やはり
当たり前だが警察とて腐敗しきっているわけではない。
精神的疾患ではなく脳器質性記憶障害といえども、心身に異常をきたしていることは事実。
セキュリティクリアランスに確実に引っかかる存在に捜査情報を公開するバカはいない。
そもそも白鐘家という前例があるから、高校生探偵などという胡乱な外部顧問の出入りを許していただけだ。
単純に明智吾郎としての推理を聞きたいだけなら、テレビ局に情報を流してコメントさせればいくらでも汲み取れる。
検察との
だいたい私は本物の明智吾郎と違い、超能力者ではない。
認知世界に出入りして機密情報を掴むことも、マッチポンプを仕込むこともできん。
急に呼び出されて殺人事件の解決を依頼されたら、それはそれで困る。
無理に顔を繋がずとも、笹木経由と新島経由のルートだけ残しておけば問題ないはずだ。
……小休憩のつもりが、色々と考えすぎた。
少し早いが一旦片付けて、渋谷に出かける準備を整えよう。
寝袋も取り込み忘れないようにして……ああ、あと傘も持っていくか。
さて、そんなわけで家具を買いに来たわけだが。
やはり良いものは値段が張るな。
あの新居ならモダンデザインも合いそうだが、北欧系も捨てがたい。
しかし本気で揃えたら預金残高が吹っ飛びかねない。
ベッドではなく、ミニマルに布団と座卓という手もあるが……片付けや手入れが面倒だ。
ここは素直にベッドとデスクとチェアとハンガーラックを押さえて、ソファやローテーブル等は遺産が手に入ってから買うとするか。
クローゼットは部屋に備え付けてあったから、今はまだ買い足す必要はないだろう。
色々と回って、気に入ったものを購入する。
疲れたらカフェで一休みし、また別の店に向かう。
そんなことをやっていたらあっという間に夜になった。
そろそろ帰るか、とセントラル街を抜けて駅前広場に向かう。
すると――
「――未来を担うはずの若者が未来を描けないのです!!」
……街頭演説だ。
そう言えば今日は日曜だった。
ならダメ寅だろう。当たりをつけるまでもない。
「我々は今こそ若者が夢を抱き、未来を描ける日本を作らねばならない!
そのためには大人がまず立ち上がり、若者への手本を示さねばいけません!
我々の責任は重大であり、だからこそ皆で力を合わせる必要があるのです!」
胸を張り前を向き、時に拳を振り上げ、時に大きく手を振るう。
見事な演説だ。
「うるせーぞダメ寅が!」
「偉そうなこと言うんじゃねー!」
猿山のサルどもがくだらんヤジを飛ばす。
面白くもない――が、ダメ寅ごときを庇ってやる義理もない。
踵を返し、電車のホームに向かう。
背後から「あれ? あの人テレビに出てた……」だとか「本当だ、明智くんだ」とか聞こえた気がするが――足を止める理由にはならなかった。
バカどもは簡単に口にする。
『信念のある政治家は良い政治家だ』と。
しかし実際に信念のある政治家が評価されることは少ない。
ダメ寅こと、吉田寅之助がいい例だ。
20年間街頭演説を続ける男に信念がないわけがないだろう。
蔵元チルドレンなどという逆ブランドとどうでもいいバカのミスが2つ、それにおおかた党の幹部になすりつけられたであろうスキャンダル。
それだけでアイツは誰からも見向きもされない。
愚直に勉強を続け、毎週日曜になる度にああやって演説を披露して、私に負けず劣らず努力を重ねているのに、だ。
信念のある政治家が目の前にいるのに評価できないなら、信念など二度と有難がるな。
愚民どもが。
――ああ、もちろん世の中には信念を有難がらない人間もいるだろう。
私自身がそうだしな。
信念を持つ人間など所詮は客寄せパンダ、党内に1人2人いれば十分だ。
そも、政治家の本懐とは何か。
それは自らを当選させてくれた大衆の意思を政治に反映させ、少しでも多くの国民を満足させ、少しでも豊かな国を作ることだ。
民主主義国家とはそういうものだ。
市井の人々から代表を選び出し、代表は市井の人々が望むことをする。
例えば有権者がアライグマの獣害にあったとしよう。
当然、皆はアライグマを自由に駆除できるようにする施策や立法を求めるわけだ。
有権者がどれほど怒り狂おうが、政治家である限りは。
だからこそ、信念を持つ政治家が大多数になってはならない。
政治家は民衆の意図を汲むだけの空の器であればいい。
信念を持つということは、政治の器に己の意思を注ぐということ。
汲み取る意図を選別し、減らし、薄め、歪め――やがて己の意思だけで国家を運営するようになる。
そんなものはただの独裁と何も変わらん。
そんなことすらわからん人間が大衆を支配したせいで、村川内閣だの民民党政権だのという衆愚の極みが誕生したのだ。
私ならもっと上手くやれる。
私ならもっと上手く民衆の意図を汲み取り、まとめ上げて、誰よりも良い日本を作れる。
無論、民主主義を目指す以上は多数決の論理から外れることはできない。
切り捨てられる少数と、切り捨てられるべき少数は必ず出てくるだろう。
それでも――それでも、
私なら、――……私が、獅童正義として生きていたのなら。
認知訶学があれば、人の心から悪意を取り除くことも夢想の話ではなかった。
切り捨てられるべき少数を消すための一手は、一色若葉の反発により遅れ、私が私である間に完成しなかった。
何もかもが噛み合わず、間に合わない。
大江達は私の後釜に誰を据えるだろうか。
どうせ誰でも変わらない。
真価もわからぬ愚民どもだ。単なる廃人化兵器兼洗脳ツールにしか利用できんだろう。
――それこそがもっとも恐ろしいわけだが。
ホームにアナウンスが鳴り響く。
突風が吹く。
結局雨は降らなかった。
役立たずの傘と共に、有象無象の大衆と共に、電車に乗り込む。
思い描いた夢は、まだ残っている。
20年に比べれば7年などなんと短いことか。
諦めるにはまだ早い。打てる手はいくらでもある――そう顔を上げた私を嘲笑うように、車窓に明智吾郎の顔が映る。
私はただ目を背け、吊り革を掴んだ。