親戚は信用できない。
周囲の人間も、みんな何か裏があるように思えてしまう。
そんな兄妹の、終わりへ向かっていくお話。
雪深い、真冬の森林。降り積もる雪にあらゆる音も道も覆い隠され、世界から忘れ去られたように静まり返っていた。
そこにどこか、ボクはボク達兄妹を重ねてしまう。
そんなボクとは裏腹に、妹──
あぁ、と思う。こんな
凍死の練習をしていた時も楽しそうではあった。けれど、それは今みたいな、心の底から嬉しそうな顔ではなかった。
「お兄ちゃん、これで全部かな?」
頬は寒さで赤くなっていた。けれど、その顔には不思議なくらい陰りがない。
「多分。忘れ物があっても、もう取りに戻る気はないけれど」
「それもそっか」
くすくすと笑って、
その様子を見ていると、胸の奥が少しだけ軽くなる。
ずっと、
両親が死んでから、この子の笑顔を見る機会はずいぶん減った。学校にも行かなくなって、友達とも連絡を取らなくなって、最後にはボク以外とまともに話すことすらなくなった。
それでも、ボクが隣にいれば笑ってくれた。
だから、それでいいと思っていたのだ。隣に居れば、大丈夫なのだと。
ボクも、
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「ここ、いいところだね」
重たそうな雲から、細かな雪が絶え間なく降っている。
「誰もいないし」
「そうだな」
「車の音もしないし、人の声も聞こえないし」
「うん」
「私たちしかいないみたい」
その言葉に、ボクも笑い返す。
「……そうだな」
ボク達しかいない。
昔なら、それを寂しいと思ったのかもしれない。
けれど今は違う。
誰にも邪魔されない。
誰にも、ボク達のことを間違っているなんて言われない。
世界がこの森くらいの大きさしかなかったなら、ボク達はもっと上手く生きていられたのだろうか。
「お兄ちゃん」
ボクは迷わず、その手を取った。
冷たい。
けれど、しっかりと握り返してくる。
「離さないでね」
「離さないよ」
「絶対?」
「絶対だ」
何度交わしたのか、もう分からない約束だった。
両親の葬式の時にも言った。
ボクが学校を辞めた時にも。
何度も何度だって言った。
ボクは
「ふふ」
「これなら、大丈夫だね」
その言葉を聞いて、少しだけ昔のことを思い出す。
まだ父さんも母さんもいたころ。
家族四人で出かけた遊園地のアトラクションで、人形たちを眺めた記憶。
人形たちはみんな、誰かと手を繋いでいた。
隣の誰かと、そしてその誰かは、隣の誰かと。 そうやって輪は続いていって、世界のどこまでも繋がっていた。
ボク達も手を繋いでいた。
ただ一つ違ったのは、ボク達は、その輪に加わるために手を繋いだんじゃない。
誰にも触れられないように、誰にも連れていかれないように。
二人だけでいるために。小さな世界にとどまるために。互いの手を、ずっと握り合っていた。
ボクはブランデーを箱から取り出して、
お互いに、用量の倍以上の錠剤をブランデーで流し飲む。
そして、交代で回し飲む事で、脳を弛緩させる。
そして、十分にアルコールが回ったら、コートを脱いで肌着になり、順番にシャワーで冷水を浴びる。
水はそれほど冷たくは感じなかった。水の温度よりも、外気の方が冷たいせいだろう。しかし、水を含んだ衣類はすぐに風によって冷やされ、ボクたちの体温を奪い去ってゆく。
それから、二人で手を繋ぎ、雪の上に寝転ぶ。
視界が霞む。思考も、どこかぼんやりとして来た。そんな頭の奥で、古い記憶が一つ、また一つと、走馬灯のごとく明滅する。
ボクたちは、どうすれば良かったのだろうか。
いや、分かっている。
だからこうなったのも全て、ボクのせいなのだろう。
◇◇◇◇◇
三年前。
「お兄ちゃん、起きて。朝だよ」
肩を揺すられて、ボクは目を覚ました。
目の前には、まだ幼さの残る
「……何時?」
「七時半」
「じゃあ、まだ寝られる」
「寝られないよ。遅刻するよ」
「あと五分」
「昨日もそれ言って、二十分寝たじゃん」
呆れたように言いながら、
「寒っ!」
「起きないのが悪い」
「兄に対する敬意が足りないぞ」
「いいから、早く起きて」
あの頃の
何か特別なことがあったわけじゃない。
朝になれば母さんが台所に立っていて、父さんが新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。
ボクは学校へ行き、
帰れば誰かが家にいて、夕飯になれば四人で同じテーブルを囲む。
休日になれば買い物に行ったり、たまに家族でどこかへ出かけたりした。
そんな、どこにでもある生活だった。
当時のボクは、それがずっと続くものだと思っていた。
いや。
続くかどうかなんて、考えたことすらなかった。
父さんと母さんがいて。
ボクがいる。
明日もその次の日も、きっと同じように朝が来る。
そんなものは、空が青いことと同じくらい当たり前だった。
「お兄ちゃん、今日帰り何時?」
制服に着替えながら、
「今日は部活ないから、六時くらいかな」
「じゃあ一緒に帰ろうよ」
「中等部と高等部は校舎違うじゃん」
「校門で待ち合わせしようよ」
「え〜めんど」
「ケチ」
そんな会話をしていた。
今思えば、
三つ離れた兄妹。兄のあとを追いかける妹。
少なくとも、当時のボクはそう思っていた。
「いつまで喋ってるの! 遅刻するよ!」
一階から母さんの声が飛んでくる。
「ほら、お兄ちゃんのせい」
「なんでボクのせいなんだよ」
「起きないから」
「起こし方が悪い」
「はいはい」
二人で階段を降りる。
リビングでは父さんがニュースを見ながらパンを齧っていて、母さんがフライパンから目玉焼きを皿へ移していた。
「おはよう」
父さんが言う。
「おはよ」
「おはよう、お父さん」
「
「誰かさんを起こしてたからね」
「
「父さんまで」
笑い声が上がる。
何でもない朝だった。
本当に、何でもない朝だった。
だからこそ。だからこそ、あの日のことを思い出すたびにボクは今でも考えてしまう。
もし未来を知っていたなら。
もう少し母さんの料理を味わっていただろうか、父さんと、もっと話をしただろうか……
家を出る前、母さんはいつもと同じように言った。
「いってらっしゃい」
父さんも、いつもと同じように手を上げた。
「気をつけてな」
ボク達も、いつもと同じように答えた。
「「いってきます」」
それが、父さんと母さんに言った、最後の言葉になった。
◇◇◇◇◇
その日の午後。
五限目の授業中、急に教室の扉が開き、担任から廊下に呼び出された。
教室の外に出ると、そこには
冷たい蛍光灯の光の下、周りの雑音がふっと遠のく。二人の教師は見たこともないほど暗い顔をしていて、
「お兄ちゃん」
ボクの姿を見るなり、
「なんか、お父さんとお母さんが事故に遭ったって」
その声は、微かに震えていた。
「でも、大丈夫だよね?」
ボクは答えられなかった。
何も知らなかったし、何も聞いていなかった。
それなのになぜか、もう二度と朝のような日常には戻れないのだと、胸の奥底が冷え切っていくような予感があった。
「お兄ちゃん?」
「……大丈夫」
気づけば、そう口にしていた。
根拠なんて、どこにもない。ただ、見上げてくる
「大丈夫だよ」
その言葉を聞いて、
それが、ボクが