頭上に燦々と輝く満月を仰ぎ見つめたその瞬間、
ロダストの瞳の奥で何かが弾けた。
「グオオオオォォオーーーン!!!!」
夜空を切り裂く、地獄の底から響くような地鳴りの
ごとき咆哮。
ロダストの身体が凄まじい勢いで膨れ上がり、雪の
ように真っ白な体毛が全身を覆っていく。
狒々のような荒々しい顔付き、筋骨隆々な
巨大な肉体。その全長は瞬く間に六百メートルを
超え、純白の毛並みとは対照的な、理性の欠片もない真紅の瞳が暗闇に爛々と輝いた。
——『巨猿』。
全身から爆発的な気と雷のエネルギーが漏れ出し、
周囲の海を煮立たせる。
この状態にはロダスト本人の意識など存在せず、
覇気すら使えない。だが、そんなものを必要としないほどの暴力的かつ圧倒的な破壊力がそこにはあった。まさに破壊の化身。
「な、なんだこりゃあ……!?」
シキが思わず息を呑んだ次の瞬間、巨猿は目にも止まらなぬ速さで移動した。
ズドォォォォォンッ!!!!
視認すら不可能な速度で眼前に現れた巨猿が、
ただ純粋な力任せに振るった一撃。
それだけで空間が歪み、たった一回拳が振るわれた
衝撃波だけで下の海が割れ、遠くの地平線まで波が引き裂かれた!
「ちっ……! 『獅子・千切谷』ッ!!」
シキが放った渾身の飛ぶ斬撃が巨猿の肌に直撃する。だが、その皮膚には傷一つつくことはない。圧倒的な絶対防御。
「効いてねえ……!?それに、ロダストの意識が
感じられねえ!完全に暴走か!」
理性を失い、純粋な破壊の権化となった巨猿は、
見境なく周囲の海と空を破壊し尽くしていく。その
動きには戦術も思考もない。完全なるおバカな暴走。しかし、その圧倒的なスケールとスピードは、あまりにも理不尽だった。
青白い月光の下で激しく暴れ回る巨猿を見上げ、シキは冷や汗を流した。
「このままやると俺だけが死ぬ可能性が高い……!
見境がない奴相手じゃあ、逃げられるな。
ジハハハッ!この力、欲しいな。
ロダスト!また会いに来るぜ!」
不敵に高笑いすると、シキはフワフワの能力で一気に上空へと退避し、夜空の彼方へと撤退していった。
「オオオーーーン!!!」
シキが去った後も、見失った敵を探して荒れ狂う
巨猿の咆哮が、静かな海にむなしく響き渡っていた。
やがて夜が明け、西の空へ月が傾いて東の空が
白み始めると、朝の光が海を照らし出す。それと
同時に巨大な体躯は急速に縮んでいき、激しい煙と共に元の小柄な少年の姿へと戻っていった。
「ウゥッ……はぁ……はぁ……」
気がつくと、ロダストは冷たい雪の上に倒れていた。暴走の反動で全身の筋肉が悲鳴を上げている。満月を見上げた瞬間の後の記憶はすっぽりと
抜け落ちていた。
「陸……島か……? 流されたのか……。アイツは……シキは、いなくなったか……」
ゆっくりと体を起こそうとするが、激痛で力が
入らない。
「死んでは……ないだろうな。くっそ……確実に
負けてたな。攻撃を見切られてた……見聞色を鍛えないと、な……。…体痛いな……ここ何処……だ……」
自らの見聞色の未熟さと、シキという圧倒的な強者との壁を痛感しながら。
ドサッ……!
極限の疲労に耐えかねたロダストは、そのまま白い
雪原へと再び倒れ込み、静かに意識を失うのだった——。