猿猴は月に愛を為す   作:ユズキあむ

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第16話 言葉なき誓い

 

 

 

「島雲の上を散歩するのは楽しいなー」

 

(うん、たのしい)

 

約束通りあっちの雲へ向かって、フカフカの

白い床を二人で歩く。

 

そうして探検の足を伸ばしていた四日目の朝、

ふたりは目前の風景が「島雲」から一変したことに

気づいた。

 

「うおっ!? 島ァ!?なんだこれ……土だ! 本物の土だぞ!」

 

鬱蒼と茂る緑の匂いと泥の感触に、ロダストは目を

輝かせて大地を踏みしめた。アピーも不思議そうに

周りを見回し、柔らかい土を足先で

ちょんちょんとつついている。

 

(これがヴァース…?)

 

その時、森の奥から巨木をなぎ倒して現れたのは、

空島に君臨する伝説の大蛇(ノラ)!

 

「ジュラララッ!!」

 

突如として頭上から覆いかぶさる圧倒的な巨躯と鼓膜を揺らす咆哮。だが、アピーはその恐ろしい姿の奥にある、気の遠くなるような長い孤独と悲哀を

感じ取っていた。

 

言葉を持たぬゆえに静かに震えるノラの心へ、

アピーは恐れることもなく、そっと小さな両手を

伸ばした。

 

(さみしかったの……? ずっと、だれかを……さがしてるの……?わたし、と。オなじ…。)

 

声なきアピーの切ない想いが波となってノラに

届いた瞬間、大蛇の金色のお目が揺れた。襲いかかろうとしていた鋭い牙がぴったりと止まり、どこか

哀しげな鼻息をこぼす。

 

「ジュラ……」

 

「アピー……そうか、こいつ、寂しかったんだな」

 

アピーの意図を察したロダストはニシシと優しく

笑うと、二人の間に立ち、真っ向からノラの大きな鼻先に両手を添えた。

 

「俺はロダスト! こっちはアピーだ! もう大丈夫だぞ、俺たちとも友達になろう!」

 

溢れ出す温もりに毒気を抜かれたノラは、すっかり

甘えるように二人の周りを丸く囲み、ロダストとアピーの頭に大きな顔をすり寄せてきた。

 

(ジュラララ〜♪)

 

「あはは! くすぐったいって! 仲良くなれて良かったな、アピー!」

 

(トモ…だち…!うれしい、)

 

言葉を持たないアピーの優しさが繋いだノラとの絆。二人が微笑み合っていると、森の奥から小さな悲鳴が聞こえた。

 

駆けつけると、シャンディアの衣装を纏ったひとりの小さな少年(後の酋長となる子)が、凶暴な空の野獣に襲われているところだった。

 

「とおっ!!」

 

ロダストの拳が野獣を一撃でねじ伏せる。

 

「つ、強い……! 助けてくれてありがとう!」

 

目を丸くして感謝する少年に、ロダストとアピーは

ニッコリと微笑みかけた。

 

野獣を倒したロダストの強さに驚いた少年は、二人を命の恩人として自分の村へ招待してくれた。

 

少年が案内してくれたのは、エンジェル島から

見て神の島(アッパーヤード)を挟んだ、ちょうど

反対側に位置する隠れ里——「雲隠れの村」だった。

 

「僕たちの村はあっちなんだ。このアッパーヤードは神の聖域だから、神の軍勢や動物に見つからないように迂回していこう」

 

少年の指示に従い、人目を避けるように雲の影を

潜り抜けて進む。やがてフカフカの島雲の上に、独特な模様のテントや木組みの住居が立ち並ぶ集落が現れた。

 

「みんな! 青海から来たすごい人たちが、僕を助けてくれたんだ!」

 

声に応えるように、テントの陰から幾人もの

シャンディアの人々が顔を出した。

背中に誇り高きの装飾を蓄え、伝統的な衣装を

纏った戦士や女性たち。最初は青海人である二人に

対して警戒の眼差しを向けたものの、少年が危険から救われた経緯を知ると、一転して包み込むような

温かな笑顔へと変わった。

 

「命の恩人か……よくぞ幼子を救ってくれた。宴の

準備をしろ! 遠く青海より来たりし客人をもてなすのだ!」

 

村の大人たちの呼びかけで、広場にはすぐさま

焚き火が焚かれ、空島ならではの料理が次々と運ばれてきた。ふっくらと焼き上げられた空魚の香ばしい

匂いと、甘い果実の汁、そして村で大切に育てられている黄金色のかぼちゃのスープが湯気を立てる。

 

「さあ、遠慮しないで食べて! 僕たちの村の特製料理なんだ!」

 

少年が誇らしげに差し出してきた魚の蒸し焼きを、

ロダストは大口で頬張った。

 

「うっま!! なんだこれ、身がふわっふわだぞ!

このかぼちゃも甘くて最高だ! アピー、食ってみろ、めちゃくちゃ美味い!」

 

(美味しイ…)

 

ロダストが目を丸くして感嘆すると、周囲の村人たちからどっと温かな笑いが起きる。声を持たない

アピーも、差し出された料理をそっと口に運ぶと、

その優しく深い味わいに瞳を輝かせ、

嬉しそうに何度も頷いて見せた。言葉はなくとも、

美味しそうに頬張るふたりの姿に、村の子供たちも

自然と集まり、手を取り合って打ち解けていく。

 

「ふたりとも、しばらく僕の家(テント)に泊まっていきなよ!」

 

少年の屈託のない提案と村人たちの温かな歓迎を

受け、ふたりは雲隠れの村に一週間にわたって滞在

することとなる。

 

 

だが、少年がなぜあの危険な神の島(アッパーヤード)にいたのか。それは「探検」などという生易しいものではなかった。

 

「あそこは神の軍勢や野生の動物が立ち入る者を

容赦なく裁く、絶対の聖域なんだ。……本当は案内

なんてしちゃいけない危険な場所なんだよ」

 

少年は言葉を詰まらせながら、小袋に入った少量の

ヴァース(土)を見つめた。少年は大人たちに黙って危険を冒し、村の仲間のために本物の土を少し

持ち帰ろうと、命がけで忍び込んでいたのだ。

 

ロダストとアピーは少年の安全を見守るため、そして危険を承知で同行し、共にアッパーヤードの奥深く

へと通い詰めた。

 

鬱蒼とした森の最奥——そこに静かに

眠っていたのは、苔生した巨大な石造りの建築群。

かつて「黄金郷」と呼ばれた古代都市シャンドラの

遺跡だった。

 

「すごいな……こんな奥深くに、こんな場所があったのか」

 

「うん。この土も遺跡も、元々は僕たちの先祖が青海で暮らしていた本物の大地なんだよ」

 

遺跡の静寂の中で、少年は先祖から代々伝わるお話——「口伝」について静かに語り始めた。

 

「青海ではね、『うそつきノーランド』っていう

童話があって笑われてるらしいんだ。でも僕たちの村では違う。ノーランドは先祖の病気を治してくれた

命の恩人で……大戦士カルガラと『絶対にまた

会おう、シャンドラの鐘を鳴らして待っている』って誇り高き約束を交わした、本当の勇者なんだ!」

 

絵本などの歪められた記録ではなく、村で大切に語り継がれてきた誇り高き口伝。

 

ノックアップストリームで黄金郷が空へ

打ち上げられたことで約束を果たせぬまま「嘘つき」として命を落としたノーランドと、それでも決して

無かったことにしなかった嬉しさ。今も空のどこかで親友のために鐘を鳴らそうと誓い続ける

シャンドラの誇り。

 

真実の歴史と口伝の重みを知り、ロダストは拳を

強く握りしめた。胸の奥から怒りと哀しさが込み上げてくる。

 

「……嘘つきなんかじゃない!命を懸けた男の誓いを笑うなんて……!」

 

「ノーランドもカルガラも、こんなにかっこいいのになぁ……なんで真実が伝わらねぇんだよ……っ!」

 

ムムムっと悔しさに身体を震わせるロダストの横を、アピーは隣でじっと見つめていた。

 

(ヤクソク……コトバ……)

声を持たない自分にとって、「約束」や「言葉」と

いうものがどれほど重く、そしてどれほど温かい絆に

なり得るのか。口伝を大切に守り続ける少年の想いと、誰かの無念に本気で悔しがるロダストの熱い感情を通して、アピーの心にまたひとつ、確かな感情が

刻まれていった。

 

「僕ね、今日は友達のガンフォールに会いに行って、このかぼちゃを渡そうとしてたんだ。今は大人たちが喧嘩ばかりだけど……僕とガンフォールが大きくなったら、絶対に仲直りしてこの島に平和をつくるんだ」

 

まだ幼い少年が語る、親友ガンフォールと共に描く

未来の夢。その真っ直ぐな想いに、ロダストは悔しさを飲み込み、力強く頷いた。

 

「おう! お前なら、絶対に素敵な時代を作れるぞ!」

 

歴史の真実と男たちの誓い、かぼちゃの温もりと

未来への希望を知ったロダストとアピー。雲隠れの村へ通った一週間は、ふたりの絆をいっそう深いものへと変えていくのだった——。

 

 

 

 

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