猿猴は月に愛を為す   作:ユズキあむ

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第17話 月の瞳

 

 

 

 

雲隠れの村で過ごす一週間の滞在も、最後の夜を

迎えていた。

 

広場では村人たちが大きな焚き火を囲み、賑やかな宴が開かれている。ロダストは村の子供たちに混ざり、屈託のない大笑いを響かせながら腕相撲に

興じていた。

 

その姿を、アピーは少し離れた場所から静かに見つめていた。

 

この一週間、シャンディアの少年が語った「口伝」や、ノーランドとカルガラの誇り高き「約束」に

触れたとき、ロダストはまるで自分のことのように

憤り、胸を痛めていた。

 

声を持たない自分にとって、言葉や誓いというものは目に見えないし、使えない。けれど、言葉を知らないからこそ、アピーは人の情緒の本質を誰よりも深く

感じ取っていた。

 

ロダストがいつだって言葉を超えた気配で自分の心に向き合い、温かな「気」を分けてくれたこと。悲しい時には共に寄り添ってくれたこと。

 

ロダストが教えてくれたもの——それは、胸の奥を

静かに満たす、名付けようのない温かな感情だった。

 

「ふぅー! あいつら元気すぎるな!……なぁ、

アピー」

 

宴を抜け出してきたロダストが、アピーの隣に

静かに腰を下ろした。夜の冷たい風に混ざり、香ばしいかぼチャの甘い匂いがふわりと漂ってくる。

 

ロダストは膝を抱えるアピーの横顔を、ニシシと

笑って覗き込んだ。

 

「空島に来たのなんて完全な事故だったろ? 一時は

どうなるかと思ったけど……でも俺、空島に来て本当に良かったよ。だってお前と出会えた。

お前と一緒にいるから、毎日めちゃくちゃ楽しいんだ!」

 

太陽のように真っ直ぐで、飾りのない言葉。

 

——ドクン、と。

 

アピーの胸の奥で、静かで確かな鼓動が跳ねた。

 

ロダストが差し出してくれる無条件の肯定と、温かな「親愛」。アピーは膝の上で両手をそっと重ね、その鼓動を静かに噛み締めるように瞳を揺らした。

 

自分の中に存在するこの熱量を、どうにかして

この人に返したい。愛情の返し方など、まだ何ひとつ知らなかったけれど。

 

(コレ…が、あい……………。)

 

声にはならないけれど、胸の底から溢れ出す

最初で最期の、溢れんばかりの感謝。言葉を超えて

伝わるそれこそが、自分にとっての最大の答え

だった。

 

(伝え、たいナ…いつ、か…。)

 

ふたりは静かな雲の広場へと歩みを進めた。

 

見上げれば、夜の空には吸い込まれそうなほど澄んだ星々が広がっている。だが、ロダストは空を

見上げる時、決して特定の「大きな光」を直視しようとはせず、少し目を逸らすように横を向いていた。

 

ミンク族であるロダストは、満月を見ると理性を

失い、姿を変貌させてしまう宿命にある。わけがあって、彼は月を直接仰ぐことができないのだ。

 

そんなロダストの横顔を静かに愛おしみながら、

アピーはそっと夜空に浮かぶ丸い月を見上げた。

 

(月……とっても、きれいだよ……)

 

声なき呟きとともに、アピーはロダストの服のすそをそっと引っ張った。ロダストは月を見ないように気をつけながら、大きな手でアピーの頭を優しく撫でる。

 

「俺さ、どこへ行ってもアピーを守るし、ずっと一緒に冒険するぞ。もしアピーが良いなら……空島を

降りた後も、青海で一緒に旅をしよう」

 

何気なく、けれど確かな決意を込めて紡がれる言葉。

 

「ニシシ!俺とお前はもう、兄妹みたいなもんだろ?」

 

「きょうだい」——その言葉が耳に届いた瞬間、

アピーの心に満ちたのは、どこまでも深く、澄み渡った「嬉しさ」だった。

 

ロダストが自分を本当のカゾクのように受け入れて

くれたこと。自分がここにいて良いのだと思える、

静かで大きな喜び。

 

カルガラとノーランドがそうであったように、たとえ言葉が通じなくても、たとえどれほど離れ離れに

なろうとも、決して消えることのない「誓い」の

本質をアピーは理解していた。

 

自分を丸ごと受け入れてくれたロダストへ向けるこの溢れるような親愛こそが、間違いなく自分の感じる「愛(愛おしさ)」なのだと、静かに自覚したのだった。

 

「兄妹」という言葉に静かな微笑みを浮かべ、

アピーはロダストの手を優しく、けれど伝わる様、

力強く握り返した。

 

言葉や距離に阻まれようとも、ロダストがくれた

温もりが胸にある限り、この「愛」だけは絶対に消えない。

 

(ずっと……ロダストの、そばにいる)

 

アピーの掌から伝わる、どこまでも澄んだ心からの

喜びと、深く静かな歓喜の波。見聞色の覇気を通してその「気」を真っ直ぐに受け取ったロダストは、

一瞬目を丸くして驚いた。

 

「アピー……お前……っ」

 

アピーが今、どれほど静かで強い信頼を自分に

向けてくれているか。言葉はなくても、ロダストの心に痛いほどダイレクトに届いてしまう。ロダストは

照れくさそうに鼻の頭をかくと、ニシシと眩しい

笑顔を浮かべ、アピーの頭をワシワシと優しく

撫で回した。

 

「おう! ずっと一緒だぞ!」

 

ロダストには見えない美しい満月が、ふたりを優しく照らしている。

 

月を見つめるアピーの瞳の中に、言葉などいらない、ふたりだけの解けぬ「誓い」が確かに

結ばれていた————。

 

 

 

 








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