「いるのか、アピー?」
暗い闇が包む祭壇の上に人影が横たわっているのが
分かった。
「アピーーー!?」
スタンッ、と祭壇へ降り立つ。足元で、びちゃびちゃびちゃ……と湿った不快な音が弾けた。
「探したぞー! いきなり居なくなって心配したんだからな〜!? アピー!」
呼びかけても、返事はない。……シーーーーーン。
「……アピー?」
違和感に目を見開く。足元を赤く染めていたのは、
すべてアピーの首から溢れ出た大量の血だった。祭壇の刻印を満たすように広がっていく凄惨な赤。
「……!!!? これ全部血か…!?! おい、今
治すからな!」
ロダストは狂ったようにアピーの体を抱きかかえ、
自身が持つ「気」の力を必死に注ぎ込んだ。
「パァッ…! よし! 気を送ったぞ!!! アピー!
起きてくれ! アピー! アピーーー!?頼むよ!!」
あたたかな気がアピーの体を包み込む。けれど、
冷たくなった体はぴくりとも動かず、どれほど気を
送り込んでも傷は二度と塞がらず、命の灯火が戻ることはなかった。
「くそっ! 治れ、治れ! なおれ! 治れ!!!……」
己の気を送り込んで細胞を修復し、傷を治して肉体を作り変える『月魄(ゲッパク)』。そんな技名を口にする余裕など微塵もなかった。
ロダストはなりふり構わず、溢れ出る全ての「気」を彼女の冷えた肉体へ流し込み続ける。細胞を、傷口を、止まってしまった鼓動を必死に繋ぎ止めようと、限界を超えて気を注ぎ込んだ。
しかし、失われた命は二度と戻らない。ただ一方的にロダストの気が虚空へ消えていくだけだった。
「治れよ……ッ! 頼むから起きてくれよ
アピー……ッ!!」
絶望のあまり、ギリッ! バキッ! と歯を噛み砕く
ほど食いしばり、ドンドンッ! と冷たい石の床へ何度も額を打ち付ける。その眼からは涙がとめどなく
溢れ出る。
「ッッッッッ……ガァアアアアァッアアァーーー
ーッ!! ……ウアアァァアアーーーッッッ!!!」
叫びとも慟哭ともつかない血吐くような絶叫が、無情にも祭壇へこだました。
慟哭が響き渡る祭壇の背後から、不快な高笑いが
響いた。
「ルフフフフフ……フフフフ!!! 」
「………あ? 誰だテメェ…」
石柱の影からゆっくりと姿を現したのは、絢爛豪華な衣装を纏った男——この空島を統べる
現「神(ゴッド)」と、その傍らに控え、虚ろな瞳で涙を流す空島一の美女・アマゾンだった。
「俺は空島の神だ、良い見せ物であったぞ、青海人。これだから人間は面白い。」
血を吐くような女の泣き声が上がった。
崩れ落ちていたのは、空島一の美女と
称される・アマゾンだった。彼女の震える手には、
アピーから託された小さな「かぼちゃの種」が
握りしめられている。
「……ごめんなさい……ごめんなさい……っ!
私が……私のせいなの……ッ!!」
「あの子は……言葉も出せないあの子は、生贄に
怯えて震える私に……『大丈夫』って……
『私が代わりに行くから』って……!!」
アマゾンの告白に重なるように、不快な高笑いが
響き渡る。
「ルフフフフ! そうだ青海人! このアマゾンは生贄に選んでな。断れば村は滅びると脅しを掛けて、
生贄にしたが怯え泣く姿に飽きてきた頃、あの物が
自ら『代わりになる』と手振りを寄せてきてな!」
そして、もう片方の彼女の刃を握る手は激しく震えていた。
絢爛豪華な衣装を纏った現「神(ゴッド)」が、
嘲笑いながら一歩前へ躍り出た。
「あんな《所有物》に涙を流すとはな! 人間の愚かな
自己犠牲と、残された者のこの惨めな罪悪感……
これこそが余に捧げられる至高の余興!人の感情の
なんと素晴らしい事か!!」
「 あの物は壊れてしまったが、元々は俺の所有物から産まれた子供だ。また増やせば良い!」
アマゾンの悲痛な告白を、ゴッドは嘲笑いながら
一蹴する。
ロダストにとって聞き捨てならない言葉が聞こえてきた。
「……は?」
「ん?…ああ。あれは俺の所有物から、産まれた
子供だ。まあ、その所有していた物は壊れてしまったが…。あの子どもは何も知らなかっただろう?」
「命」を「物」と呼び、自らの欲望と「絶望を楽しむ狂気」のために仕組まれた、人身供物(生贄)の
システム。
アマゾンをはじめとする犠牲者たち、そして
アピーのあまりにも過酷な生の成り立ちを、ゴッドは嘲笑いながら言い放つ。
「お前……生贄だと……? 余興だと……!?
物だと!!?」
抱きかかえたアピーの血の温もりが、ロダストの
手にべっとりとへばりつく。恐怖に震えるアマゾンの手を引き、怖いだろうに自らの首を切らせて命を差し出したアピーの優しさ。どれほど純粋に「愛」を感じ始めていたか。
どれほど静かに、温かくロダストの隣で
笑っていたか。その全てを、身勝手な狂気と「神」を気取る男の余興のために踏みにじられたのだ。
「…お前はァ……もう喋るな…黙ってろ!!!」
ロダストの瞳から光が消え、底なしの暗い漆黒と、
燃え盛るような殺気が瞳の奥に宿る。
全身の毛が逆立ち、皮膚の奥から
「バチバチ……ッ!」と青白い激雷が漏れ出し始めた
「許さねぇ……。神だか何だか知らねぇが……お前
だけは、絶対にぶっ飛ばしてやる……っ!!」
冷たくなったアピーを優しく後ろへ庇うと、
ロダストは殺意をむき出しにして高笑いするゴッドへ
向かって飛びかかった——。