猿猴は月に愛を為す   作:ユズキあむ

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第20話 幽世の想い、月下に集う

 

 

 

「ガァアアアアアッッ!!!」

 

爆発する激怒と殺意に任せ、ロダストはゴッドに

向かって飛びかかった。全身の皮膚を突き破らんばかりに「バチバチ……ッ!」と狂い咲いていた青白い

激雷。

 

 

しかし——打ち出そうとした拳は、途中で引きちぎられるように突如として威力を失った。

 

全身を包んでいた雷光が、己の胸の空虚さを証明するように力無く霧散していく。

 

直前に抱きかかえたアピーの冷たい感触。

手にべっとりとへばりつく赤い血——

「アピーが死んだ」という残酷な事実の余韻が

脳裏をよぎり、今さらになって脳を、心を容赦なく

叩きのめしたからだ。

 

 

耐えきれなくなったロダストの膝が、がくりと

折れて床へ崩れ落ちていく。

 

高笑いを続ける神(ゴッド)の姿。

だが、どれほど叫び、どれほど拳を振るおうと、

命を落としたアピーは二度と戻ってこない。

目の前で嘲笑う神の存在すら、

怒りではなく圧倒的な「虚無」として立ちふさがり、戦う意味すら失わせていく。

 

耐えがたい悲鳴を上げるロダストの心。

高笑いするゴッドの声も、風の音も、己の激しい

鼓動すらも急速に遠のいていった。

 

 

 

世界から音が消え、視界が途切れていく中で——

(……ッ?!)

 

視界の端が突如として眩しく光りだし、ロダストは

ハッと息を呑んだ。

(アピーの体から…?! なんだ!?)

 

冷たくなったはずのアピーの身体から、温かな光が

溢れ出し——まっすぐロダストに向かって

伸びてくる。

 

 

 

カッ!溢れ出た光に呑み込まれ、ロダストの意識は

現実を離れ、静寂に満ちた「精神世界」へと引き込まれていく。

 

 

 

 

 

 

真っ白な光が包み込む精神世界の中。

何かが流れ込んでくる…これは…。アピーの記憶…? 想い…か?

 

アピーの魂からあふれた光は、まるでよぞら一面に

ひろがるお星さまみたいにキラキラとまたたき、

やわらかい光のつぶになってロダストを優しくつつみ込んでいく。その光のひとつひとつが、彼女の

生きたあかしとして、ロダストの心の中へ雪崩のように流れ込んできた。

 

たましいを駆け巡る、幸せの爆弾の様な奔流。

 

記憶と想い出の走馬灯。

 

ロダストと出会う前の、ずーっとつづく暗闇。

ことばも分からなくて、だれも助けてくれなくて、

つめたい床の上でただ膝をかかえて震えていたアピーのちいさな記憶。こわくて、さみしくて、

泣いていた夜。

 

 

——だけど、その暗闇の中に、ロダストという温かい光が飛び込んできた。

 

あの日、はじめて目が合ったときのびっくりした

気持ち。おずおず伸ばされた、とっても

大きなお手て。ふたりで半分こして食べたお肉の

おいしい味。たき火のそばで隣にいたときの

ぽかぽかしたぬくもり。うまく言えなくて、手や顔をいっぱい動かして、一生懸命、お話ししようとした

毎日。

 

あめの日にふたりで雨やどりをしたときの匂い。

ふと見上げたお空のきれいさ。ロダストのまねっこを

して、いっしょにコロコロ笑い転げた時間。

 

風にゆれるかみを、ロダストの大きなお手てが

なでなでしてくれたときの、胸がぎゅーっとなる

ような、しあわせ。

 

世界はこんなに優しくて、きれいで、温かかったんだと知ったすべての瞬間が、光のつぶになって

ロダストを優しくつつみ込んでいく。

 

 

 

 

 

そして、光の中心から、すっとアピーが現れる。

 

「アピー!!」

 

声を持たなかったアピーが、自らの意思と行動、

そして言葉で、はっきりと想いを伝えてくる。

 

(わたし、……さみしい……さみしい。

寂しかった……。けど、……ヒトとはじめて、

お話しできた。……ヒトリじゃなくなった)

 

(ご飯をいっしょにたべて、いっしょに眠って。

遊んだりして。火のあたたかさも、お月サマの、

きれいさモ……ナニモ知らなかったワタシだけど、

楽しかった、楽しかったヨ)

 

(イツモ、わたしを。家族みたいニ、想ってくれて…ありがとウ)

 

 

 

 

 

 

(……そして、最初で最期に伝えたいことがあるの。

 

…私に、愛をおしえてくれて、愛してくれてありがとう。)

 

ちゃんと言えた。自分の気持ちを、大好きな人へ。

 

想いをすべて言葉にして伝え終えたアピーは、

太陽のように温かく、とびきりの「ニッコリ」とした笑顔を咲かせた。

 

 

(ワタシヲ、あんな、にした。悪いやつ、ナンテ…

ぶっ飛ばし、ちゃって…。ロダスト、なら出来る。

だってロダストは強いもん!)

 

胸を突き刺すあまりにも切なく、どこまでも温かい

無償の愛。ロダストの瞳から止めどなく涙が

溢れ落ちる。ロダストは夢中で腕を伸ばし、精神世界の中でアピーの魂を強く強く抱きしめた。

 

「……ああ、家族みたいに思ってた。俺も大好きだ、アピー。……少し待っててくれ、後で

必ず弔ってやる」

 

 

「アイツをぶっ飛ばした後でな!」

 

ロダストの言葉と温もりを受け取ったアピーは、

満足そうに「にっこり」と微笑んだまま、静かに

光の粒子となって溶けていく。

 

(バイバイ、ロダスト)

 

最後に残された愛おしい温もりを胸の奥深くに

刻みつけながら、ロダストの意識はゆっくりと浮上していく。

 

アピーとの最初で最期の会話。愛を知り、愛を

遺して去っていった少女の笑顔を抱き、ロダストの

心は静かに、そして苛烈な殺意と激怒が渦巻く

現実の祭壇へともどっていくのだった——。

 

 

 

 

 

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