第35話 雲の舟の設計図(ビジョン)
青海に舞い降りたロダストは、波の上に静かに
立ちながら深呼吸をした。目の前には、どこまでも
広がる青い大海原。
「さて……青海に戻ったはいいが、どこに行けば
いいかさっぱり分からねえな。アピー、とりあえず
近くの島を探してみるぞ」
「じゃあ、ちょっとやってみるか」
ロダストが軽い調子で息を吐くと、静かに目を
閉じた。
すっと表情を消して、周囲の風の音や波のノイズ、
己の雑念をすべて削ぎ落として深く集中していく。
体内の『気』を静かに高めると、そのエネルギーの
波動を見聞色の覇気と重ね合わせ、全方位へ向けて一気に解き放った。
自分の『気』が届く領域のすべてが、頭の中に鮮明に浮かび上がってくる。果てしない大海原のあちこちに
ポツポツと灯る「生命の光(気)」として、
遠く離れた島々に生きる人々のエネルギーの大きさや生命力が、手にとるように伝わってきた。
(草原ばかりで人の気が小さくポツポツとしか
見えねえ島と……もう一つ、無数の人がいて賑やかな街がある島……)
胸の奥から、アピーの声が弾むように響いた。
『ロダスト! ワタシ、人が多い方がいいと思う!』
「ん?、なんでだ?」
『人が多い方が、美味しいご飯もいっぱいありそうだし! それに、すごい船大工さんの噂だってたくさん
集まりそう。』
「ニシシッ、たしかにな! アピーの言う通りだ!」
「よし、行くかー!」
ロダストはニッと笑うと、大勢の気配がする方角へ
向けて『気』を放ち、海面上を滑るように爆速で
飛び出した。
バシャアッ!と派手に水しぶきを上げ、
どこまでも続く青い海原を文字通り翔け抜けていく。頬を叩く汐風の心地よさに思わず口元を緩めた
ロダストは、ふと思い立ったように胸を張り、
体内のアピーへ熱っぽく語りかけた。
「なあアピー! さっき言ってた船のアイデアの
ことなんだが………空を飛べて!海にも乗れる!海空
両用の『雲の舟』なんてのはどうだ!!!?」
「船の形じゃなくてさ……マンキーボールに出てるような雲そのものを乗り物にするんだ! 空島にあった
ふわふわした島雲に乗って、海も空も自由に飛び回れたら最高だろ!」
『ふーん?』
「え!?あれ?! 反応薄い!? なんでだァ!?
すげえ舟だろ!」
思わず海面で足をとられそうになるロダストに、
アピーはケラケラと楽しそうに笑った。
『わたし空島から来たんだよ? 大地と海の方が
珍しいの』
「あ……そ、そうだった……。」
『ふふっ。でも、島雲に乗れるのは青海でも嬉しい。
良いかも! 雲の舟!』
アピーの言葉に、ロダストは一安心したように
ニシシッと笑った。
「だろ? 貝(ダイアル)もたっぷり持たせて
もらったし最高の船大工か技術者を見つけて、
絶対に完成させてやろうぜ!」
『それより、マンキーボールって?』
「ああ、俺が好きな絵物語だ!!
内容はなー……」
道中、二人は好きな物語の話題で花を咲かせ、
楽しげに笑い合いながら青海を駆け抜け続けた。
◇
やがて辿り着いたのは、美しい街並みと賑やかな
港を誇る街『セント・ポプラ』。
「うわあ……! 建物がすっごくキレイ! 人も
いっぱいいるよ、ロダスト!」
我慢し切れずにロダストの体内からふっと霊体として姿を現したアピーが、彼の肩のあたりに浮遊しながら、目の前に広がる初めての青海の街並みに
大はしゃぎする。
白壁の建物や美しい花壇、飛び交うカモメの群れに
目を輝かせていた。
「ニシシッ! たしかに人がいっぱいだな〜!」
無邪気に目を輝かせるアピーの霊体を
横目で見ながら、ロダストはどこか懐かしい感傷に
浸っていた。
(俺も最初はあんな感じだったなぁ〜……。まあ、
今もそんな変わらねえか!)
まずは旅の資金を確保するため、港の換金所へ足を
運んだ。ノラのお腹から手に入れた黄金を机に
ドカンと置くと、店主は目玉が飛び出んばかりに
驚き、すぐさま山のような紙幣へと換金してくれた。
雲の舟を造るのに必要かもしれない
「ダイアル(貝)」は売らず、黄金だけを潤沢な資金に変える。
「よし! 金もたっぷりできたことだし、まずは…
遊び尽くすぞー!」
その日は目的も一旦忘れ、セントポプラの街並みや
美味い食べ物、珍しい露店を朝から晩までめいいっぱい一日中遊びつくした二人。
そしてその次の日から——気合いを入れ直した二人は、露店で買い込んだ青海ならではの焼きたての魚や珍しい果実を口いっぱいに頬張りながら3日間に
わたって街で丁寧な聞き込みを開始した。
活気に満ちた酒場や、潮の香りが漂う港のドックを練り歩き、「海空両用の雲の乗り物」を造れる最高の
職人が集まる場所を探して尋ねて回る。
「おいおい兄ちゃん、空を乗り物にだぁ? あんた
頭でも湧いてんのか!」
「ガハハハ!雲の舟だと!海を走るだけでも
精一杯だってのに、空なんぞ飛べるわけねえだろ!
夢を見るのも大概にしねえとな!」
行く先々で船大工や荒くれ者たちに大笑いされ、まともに相手にしてもらえない。
「なんだとーー〜〜〜!?」
「 きっと、出来るもん! 絶対に空も海も走れる
すげえ雲を造って見返してやるんだからな!」
ロダストが子供のように口を尖らせてムキになって
言い返すと、浮遊するアピーが楽しそうにクスッと
笑った。
『ふふっ、ロダストったら。でもそうよ! 後でびっくりさせちゃえばいいんだから!』
「だよなぁ!? ニシシッ、今に見てろよ〜!」
二人は顔を見合わせて笑い合いながら、泥臭く足で
情報を集め続けた。
2日目の昼過ぎには、街の小さな木工所にも足を
運び、ロダストが持ち出した「風貝(ブレスダイアル)」や「噴風貝(ジェットダイアル)」を見せて
相談してみたが、職人たちは珍しい貝に首をひねるばかりで、空を飛ぶ構造のイメージすら湧かない
ようだった。
そして3日目の夜。潮風の染み付いた老船頭たちが
集まる港外れの静かな酒場で、ロダストが酒を振る舞いながら熱心に尋ねていると、奥の席でパイプを
くゆらせていた老船頭がふっと口を開いた。
「兄ちゃん、本気でそんな夢みたいな乗り物を
造りたいなら……水の都『ウォーターセブン』を
目指すといい」
「ウォーターセブン……?」
「ああ。いまや数多の造船会社がしのぎを削る、
世界最高の造船都市だ。世界政府の巨大軍艦から海賊船まで、腕に覚えのある凄腕の大工どもがゴロゴロいる。兄ちゃんの突拍子もない夢の乗り物でも、
あそこの大工どもなら形にしてみせるかもしれん」
「ホントかー!!おじさんありがとう!!!」
『ありがとう…。やったね!ロダスト。』
老船頭のアドバイスを受けたロダストはすぐさま
ウォーターセブンに行ける永久指針は何処か
探し回り、ウォーターセブンを一直線に指し示す
『永久指針(エターナルポース)』を大金で
買い取った。
『ウォーターセブン……! すごいよロダスト、最高の船大工さんがいるかも、絶対すごい雲の乗り物を
造ろうね!』
手に入れたガラス球を覗き込み、ロダストの胸元から霊体として顔を出して興奮気味に笑いかけてくる
アピーに、ロダストも力強く頷き返す。
「ああ! 資金もある、貝(ダイアル)もある、
永久指針も手に入れた。行くぞアピー!
ウォーターセブンへ!」
最高の船大工と出会い、特別な「雲の乗り物」を
創り上げるため——目的地の刻まれたガラス球を手に、ロダストは青い海へと勢いよく飛び出した。