猿猴は月に愛を為す   作:ユズキあむ

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第38話 雲の舟と七彩の宝石殻

 

 

 

 

……それから、季節がひとつ巡る4ヶ月の

歳月が流れた。 

 

ドックの片隅には、幾度となく失敗した雲の

試作品や、歪んで弾け飛んだダイアルの破片が

山と積まれていた。

 

青海の環境で空島の雲を維持し、なおかつ高圧に

耐えうる「器」をどう仕込むか——連日連夜、

トムの試行とハレダスの悩み声、ロダストとアピーの歓声が廃船島に響き渡り、開発は混迷と熱狂を

極めていた。 

 

 

そして今、4ヶ月に及ぶ試行錯誤の末、

ついに全員の知恵を結集させた「ある結論」へと

辿り着こうとしていた。 

 

 

◇

 

 

「なあ……そもそもダイアルが『貝』なら、

それを埋め込む心臓の土台だって『貝』の方が

相性がいいんじゃねぇか?」

 

頭を抱えていたハレダスの横で、足元に転がっていたダイアルを弄んでいたロダストがぽつりと呟いた。

 

その一言に、ドック内の空気がピキリと固まる。 

 

「……貝、じゃと……!?」

 

 

ロダストのその一言から、トムズワーカーズのドックで緊急の大相談会が始まった。

 

「たっはっは! 盲点だった! 異物を組み込むより、同じ貝の構造ならエネルギーの循環が一番自然に

馴染む!っっ…!っ…!」

 

「それなら太古の巨大巻貝……アンモナイトの化石はどうじゃ? 青海の強い気圧に耐える頑丈な外骨格としても最高じゃよ!」

 

ハレダスが興奮気味に図面を広げ、アピーが図鑑を

めくる。そこでアピーが見つけたのが、

奇跡のような宝石——地中深くで太古のアンモナイトが化石と化し、七色の輝きを放つようになった

『アンモライト』だった。

 

『ねぇねぇ、見てこれ! 普通の化石じゃなくて

『アンモライト』だって! 虹色でとっても綺麗だよ、ロダスト!ココロさん!』

 

「ほんとに綺麗だねぇ、こんな貝があるんだね。」

 

「うおーっ、すっげぇ!! 宝石みたいに光ってる

じゃん! ニシシ!よし決めた、これにしよう!

トム!全財産使って一番デカくて最高級の

『アンモライト』を取り寄せて欲しい!」

 

「任せとけ! 男がドンッと胸を張る仕事の

雲の舟の心臓だ、金を惜しむ必要はねぇ! 捜してみよう!」 

 

 

◇

 

2週間後、トムの手配によってドックに届いたのは、

大人がすっぽり抱えるほどの巨大な『アンモライト』の化石だった。

 

セントポプラで黄金を換金して得た

全財産のほとんどを投げ打って手に入れたその化石の

表面は、赤、緑、金、青、紫……見る角度によって

万華鏡のように色彩を変える強烈な「遊色効果」を

放ち、圧倒的な存在感を解き放っている。 

 

「うおぉぉーっ! すっげぇ、マジで七色に光ってる!」

 

「ふむ……青海の気圧を完全に跳ね返し、内部に

高圧の雲と風を蓄える高圧タンク(心臓)としてこれ以上の素材はないだろう、おいおい……!」 

 

 

 

トムは一般的な舟の形を造るのをやめた。

舟の形を作って最終的に雲になるのではなく、この

巨貝そのものが雲を吐き出して舟になるのだ。

 

生命体としての美しさと外観を損なわないよう、

トムはアンモライトの「殻の内側(内部の空洞)」へ緻密に納まるインナーフレーム(内骨格)を

叩き上げた。ダイアルや気象道具を固定し、

莫大な膨張圧力を内側から支える補強ケージだ。

 

そこへハレダスとトムが、4ヶ月の研究成果である「魔改造」を容赦なく施していく。 

 

「凝結核はごくわずかしか組み込めんが、周囲の

自然エネルギーを吸収して増殖・維持する循環回路を仕込んだぞ!」

「風の結び目も組み込み、結び目が解けかける

極限状態で固定した! 雲と爆発的な推進力を同時に

吐き出す仕掛けじゃ!」

 

 

「たっはっは! 目を見張るギミックのてんこ盛りだ! 殻の内側に組み上げた内骨格は、あらゆる衝撃を

全身に逃がす『しなり』を持たせてある!」

「噴風貝(ジェットダイアル)の殺人的な加速も、

この高耐圧のアンモライトと俺の組んだ骨格なら

完璧に耐えられる! 限界を超えた加速を引き出し、

気の量に応じて雲の吐出量を制御する『耐圧可変

弁(バルブ)』も仕込んだぞ!」

 

そこへ、ロダストとアピーが身を乗り出して口々にリクエストを叩きつける。 

 

『乗り心地は絶対にフワフワがいい!』

『あとね、お腹がすいたときに美味しいものを

しまっておけるポケットみたいなのもほしい!』

 

「そうだ、俺の気を追いかけて遠くからでも

飛んでくるようにしてくれ! あと喉が乾いたときに

すぐ水が飲めて、危ない時は勝手に避けてくれる

やつ!」 

 

ハレダスが目を見開いて叫ぶ。 

 

「おいおい、おいおい、注文が多すぎるわい!

どんな夢の乗り物を造る気じゃ!」

 

「たっはっは! 面白い! 意思を汲んで水を

吐き出す水貝も、自動回避の回路も、生活ポケットも全部インナーフレームの中に組み込んでやる!

男なら全部いけッ!だッ。たっはっ!っ…!っ…!」

 

 

 

 

昼夜を徹した作業の末、ついにすべての仕掛けが

アンモライトの殻の内側へと整然と収められ、

インナーフレームが固く打ち付けられた。

 

科学、技術、そしてあらゆる機能が過剰なまでに

詰め込まれた、唯一無二の「極彩の器」。

 

 

「ふぅ……でき上がったぞ……! こいつが俺たちの

造り上げた『躯(からだ)』だ!」

 

トムが汗を拭い、大槌を床に降ろす。ハレダスも

感無量といった様子で息を吐いた。

 

「機構も回路も、全て完璧に繋がった。……だが、

これだけではまだただの『凄まじいカラクリ道具』

じゃ。動くための命の火が入っておらん」

完璧に組み上がった美しいアンモライトの殻を

見つめ、ロダストとアピーが前に踏み出す。

 

「ニシシ、よし……仕上げだ、アピー」

 

『うん! 私たちの力、ぜんぶ吹き込もう!』

 

静まり返るドックの中、極彩色の『躯』は、

二人がその手に秘めた能力を注ぎ込む瞬間を静かに

待っていた。

 

 

 

 

 

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