第42話 静寂に響く祈り
勢いよく突入したものの、進むにつれて
濃くなる霧と、光すら届かない漆黒の世界。
音すら吸い込まれるような静寂の中、アピーはどこかわくわくとした様子で『お〜い、 ゴーストさ〜ん。』と無邪気に呼びかけていた。
ふたりはログポースなんて上等なものは
持っていない。
視界も奪われ、普通の航海者なら一瞬で
方向感覚を失うような闇の中だが、ロダストは
持ち前の「気」の探知で、コモちゃんはハレダス
仕込みの鋭い気象感覚を働かせ、迷うことなく
霧の奥へと前進を続けていた。
やがて——霧の奥からギギギ……と不気味な
木擦れの音が響き、漆黒の闇の中から巨大な黒い影が立ち現れる。打ち捨てられたように佇む、不気味な
巨大漂流船だ。
「さっそくアピーの友達か!?」
目を輝かせたロダストとアピーは、コモちゃんから
ポンと躍り出て船へと乗り込んだ。
しかし、船内は無人でしんと静まり返っており、
見つけた宝箱を開けてみても中はからっぽ。
「なんだー、もぬけの殻か……」
がっくりと肩を落とすロダスト。
その時、アピーがふと立ち止まり、首をかしげた。
『ねえロダスト……ナニカ、聴こえない?』
生身の人間には聞こえない「謎の声」
——いや、この海を彷徨う冷たい魂の気配を、
霊体であるアピーの感性が捉えていた。
「声……? いや、俺には何も聴こえねぇけど……」
『ううん、この船じゃない。あっちの……もっと深い霧の奥から!』
アピーが指さした先を見据え、ロダストは再び
コモちゃんに飛び乗る。
「ニシシッ、行ってみようぜ!」
霧を掻き分けた先に現れたのは、また別の船だった。
船体そのものは比較的新しいものの、
甲板には無数の斬撃痕や砲撃の跡が深く刻まれ、黒く乾いた血痕があちこちにこびりついている。
さらにロダストは、そこに残留する「気」の
異質さを感じ取っていた。
激しい争いの末に無残に倒れていった
酷い戦いのはずなのに、不思議とそこに残る気配は
暗く不快なものではなかったのだ。
悲惨な情景の奥に、どこか楽しげで、晴れやかな
温もりが静かに重なって漂っていた。
「………変な気だな。酷い目にあって倒れたはず
なのに、なんでか楽しそうだ……」
そして甲板のあちらこちらには、戦いの末に
命を落としたであろう船員たちの白骨が、無造作に
転がっていた。
先ほどまでの無邪気な様子から一転、
ロダストとアピーは静かな面持ちで船へと
降り立った。
二人は倒れている骨たちのもとへ歩み寄り、ひとつ
ひとつに静かに両手を合わせていく。
「……安らかにな」
『安らかに眠ってね……』
そうして無念の死を遂げた者たちへ祈りを捧げながら歩みを進めていた、その時だった。
古びたピアノのすぐ傍らに、あちらこちらに
散らばる他の骨たちとはどこか違う、異様な存在感を放つ一具の「骸骨」が手と足を投げ出すようにして
大の字で倒れていた。
——見事なアフロヘアーを蓄えたままの、骸骨だった。
『うわぁ……! ロダスト、見て。 この人、アフロの骸骨さんだよ!』
「ホントだなぁ…毛根強かったのかな」
驚きつつも、二人はそのアフロの骨の前でもそっと
足を止め、同じように優しく両手を合わせた。
「……あんたも、安らかにな」
『バイバイ、アフロさん』
異様な暗闇の海、激しい戦いの痕跡が残る
静かな船上。
無数の死者たちに向けられた二人の小さな祈り
だけが、霧の中に静かに響いていた——。