ブルックは改めて目の前の少年——ロダストを
じっくりと見つめた。
小柄なアピーと並ぶと一際際立つその体躯、
そして何より全身から溢れ出る圧倒的な生命力の
存在感に、目はないものの感嘆の視線を送る。
「いやー!強そうですね、ロダストさん」
『ロダストはすごく強いよ!』
「ヨホホホ、それは心強いですね、アピーさん。
……さて! 無事に身体へ戻れたことですし、
少々、客人を置いていくのは心苦しいですが船内を
確認させてもらっても宜しいでしょうか?」
「良いぞ!俺たちも行っていいか」
「ええ、もちろん」
ブルックは軽快な足取りで歩き出し、船室へと続く
暗い通路を進んでいく。ロダストとアピーもその後に続いた。
1年間のさ迷いについての苦労話などを
カクカクと身振り手振りを交えて喋りながら進む
ブルックだったが、通路の壁に立て掛けられていた、埃の被った大きな姿鏡の前に差しかかった時だった。
ふと鏡に映る自分の全身像を目にした瞬間、ブルックの空洞の目が飛び出さんばかりに見開かれた。
「ギャー−−ッ!! 全身骸骨のバケモノーーーッ!?
……あ、私でした。…ヨホホホ!」
「……自分で驚いてんじゃねぇよ、ニシシッ!」
『くすくす、おもしろーい!』
呆れたように笑いながらツッコミを入れる
ロダストと、無邪気に楽しむアピー。
そんな二人の賑やかな反応にひとしきり笑った後、
船内を見て回ったのち、甲板に戻ってきたブルックは静かに我に返り、視線を外して船内を見渡した。
変わり果てた船、激しい戦いの痕跡、そして
床に横たわる仲間たちの骸。1年間ずっと暗闇の霧の中を彷徨い、探してきた「ルンバー海賊団」の仲間
たちの元へ、今ようやく辿り着いたのだ。
ブルックは静かにシルクハットを胸に当て、
深く、深く頭を下げた。
「……みなさん、お待たせいたしました。
私……本当に蘇りましたよ」
絞り出すような1年越しのその一言に、ロダストと
アピーは静かに息をのむ。
ブルックは自らの過去や戦いの詳細を多く語ろうとはしなかった。だが、ロダストはブルックの身体から
溢れ出る仲間を失った途方もない悲しみと、それでも絶対に折れない強い意志を痛いほど察知していた。
一方のアピーも、言葉には出さないものの、
どこか明るく振る舞いながらも寂しげなブルックの
佇まいから「この人は大きな悲しみを抱えているんだ」と、幽霊特有の勘でなんとなく察し、
静かにブルックを見つめていた。
すると突然、ブルックが弾かれるように動き出し、
懐の中から何かを取り出した。
取り出したものを見て、安堵したかのように
その手の中に大切そうに握られていたのは、この下の海では見慣れぬひとつの貝(ダイアル)だった。
「それは……音貝(トーンダイアル)じゃねえか?」
ロダストが目を見開いて呟く。
「空島の貝だぞ」
「おや、ご存知でしたか!」
『うん! ワタシ、空島で生まれたんだよ!』
「ヨホホホ! アピーさん、空島のご出身でしたか!
これは奇遇……」
ブルックは愛おしそうに音貝を見つめ直すと、
静かに二人に問いかけた。
「……かけても、構いませんか?」
「ああ」
『うん、聴きたい!』
ブルックが静かに音貝の殻長を押し込む。
じじ……と小さなノイズの後に聞こえてきたのは——大合奏。
ルンバー海賊団が最期の瞬間に命を削って遺した、
歓喜の歌声と演奏だった。
毒に侵され、一人また一人と倒れていく絶望の縁に
ありながら、彼らは笑い、歌っていたのだ。
音貝から流れるその音色を聴いた瞬間、ロダストの
脳裏に、この船に乗り込んだ時に感じた
「あの違和感」が蘇っていた。
(……これだったのか)
甲板に残る無数の傷跡と血痕。酷い戦いで倒れたはずなのに、不思議とそこに漂っていた楽しげで
晴れやかな温もり。
「酷い目にあって倒れたはずなのに、なんでか
楽しそうだ」とロダストが感じたあの異質な「気」の正体——それこそが、命が尽きるその瞬間まで笑顔で歌い続けた、この男たちの生き様そのものだったの
だと、ロダストの胸の中で胸のつかえが落ちるように繋がった。
一方のアピーは、音貝から流れる陽気で温かい
メロディに瞳を輝かせ、身体をゆらゆらと揺らして
純粋に演奏を楽しんでいた。
『すごーい! すっごく楽しそうな曲!』
アピーの無邪気な声に、ブルックは懐かしい仲間たちの演奏にそっと耳を傾けながら、目がない目元を
拭うような仕草を見せた。
「……ええ。私たちの、自慢の合奏です」
寂しげに、けれど誇らしげに呟いたブルックは、
鳴り響く音貝をぎゅっと胸に抱きしめる。
そしてゆっくりと立ち上がると、シルクハットを
キュッと直し、前を向いて静かに告げた。
「……私は、行かねばなりません。まだ、立ち止まっているわけにはいかないのです」
多くは語らない。けれど、その声には悲しみを
乗り越えて進もうとする、決して折れない強い芯が
宿っていた。
ロダストは深くは聞こうとはせず、
太陽のような笑顔で二ッと笑うと、まっすぐに
ブルックを見つめた。
「ニシシ、当たり前だろ! お前ならどこへだって
行けるさ!」
ポン、とロダストはブルックの肩(骨)を力強く
叩いて背中を押した。
「そんだけの強い『気持ち』があるんだ。骨になったくらいで折れやしねぇよ」
『うん! ワタシも応援する! ブルックなら、
ぜったい大丈夫!』
アピーもふわふわと舞い上がりながら、明るい声で
言葉を重ねる。
二人からの真っ直ぐな言葉と温かい気配に、
ブルックは一瞬呆気にとられたように固まり、
それから嬉しそうにアフロを揺らした。
「……ヨホホホッ! ありがとうございます。
見ず知らずの私にそこまで言っていただけるとは……実に骨身にしみます! 骨だけに!」
「ニシシ、そこはブレねぇんだな!」
『ふふっ』
重い悲しみを吹き飛ばすようなブルックの戯言に、
ロダストが楽しそうに笑い声を上げる。
不気味で静かな霧の海に、確かに生まれた温かな絆。
それぞれの旅路はここで分かれるかもしれないが、
前に進むための強い一歩が、この漂流船の上で
確かに踏み出されたのだった——。