音貝の余韻が静かに甲板を包み込んだ後、
ブルックは優しく音貝を懐へと収めた。
指先でそっと貝を撫で、船内や甲板に眠る
「ルンバー海賊団」の仲間たちの遺骨へ、ゆっくりと視線を向ける。
「ヨホホホ…、……さて。彼らを、ゆっくりと
休ませてあげねばなりませんね」
ブルックは静かに歩み寄り、甲板の傍らにあった
遺骨をひとつ、丁寧に抱え上げた。
断られるかもしれない、とどこかで察してはいた。
それでも黙っていられず、ロダストは
「……俺たちも手伝うか?」とブルックに声をかけ、
アピーと二人で動き出そうとした。
だが、ブルックは優しく手で制した。
「ヨホ……いえ、お気持ちだけで十分です。
彼らの最後を見届けられなかった私にとって、
ひとりひとりに声をかけながら棺へ納めるのは……
かけがえのない時間なのです。
これから毎日、少しずつ日を分けて、じっくり供養
して参りますよ」
寂しげながらも愛おしそうに遺骨を見つめる
ブルックの言葉に、ロダストも静かに納得して
頷いた。
やはり手伝わせるわけにはいかない大切な時間なのだ——そう再確認したロダストは、アピーと一緒に
甲板の端に腰を下ろし、ブルックの穏やかながらも
寂しそうな背中を静かに見守るのだった。
一通りの作業をひとまず終えたブルックは、船室の奥から一冊の古びた分厚い本を抱えて戻ってきた。
「船長室を整理していたら、懐かしいものが
出てまいりましてね。……『悪魔の実図鑑』です。」
パラパラとページをめくるブルックの横から、
アピーが興味津々に覗き込む。やがてブルックの骨の指先が一つのページで止まった。
「おや……アピーさん。あなたの能力、これでは
ありませんか?」
『えっ!どれどれー?』
アピーが覗き込んだページには、びっしりと文章が
記されていた。しかし、実の姿を描くはずの
イラスト欄はぽっかりと空白のままだ。
「ヨホホッ!…絵(姿かたち)は載っていません
がね、解説の文章がそっくりです。……
『ユウユウの実』。自身の身体から魂を解き放ち、
幽霊として存在・行動できる超人系の悪魔の実……」
『わぁ! ワタシの実だー! ユウユウの実って
名前、だったんだね。』
パッと顔を輝かせるアピーに、ブルックは顎に
手を当てて考え込む。
「それにしても、アピーさんが幽霊として
この世に留まっているのは興味深いですねぇ。
……悪魔の実の能力とは本当に摩訶不思議……。
ワタシは『ヨミヨミの実』の力で一度黄泉の国へ
行き、そこから戻ってまいりましたが……」
『…ワタシは、黄泉の国には行ってないと
思うんだよね。死んじゃった時、気が付いたら空島の自分の軀(からだ)の周りを幽霊になってス〜ッて
漂ってて……そのままここに留まってる感じだから。
……ワタシもいつか、黄泉の国に行けるのかな?』
アピーの少し不思議そうで切ない問いかけに、
ブルックは優しくアフロを揺らした。
「ヨホッ!魂の波長……いわば『チャンネル』を
あちらに合わせれば、あるいは行けるのかも
しれませんねぇ。念波を飛ばす電伝虫の波長を
合わせるように、いまいる階層、または此処ではないあの世へ自分の魂の意識を向ける感覚とでも
言いましょうか…。ヨホホホッ!」
『チャンネルか〜! なんか不思議!』
感心するアピーの横で、様子を見ていたロダストが「なぁ、ブルック。俺の実も載ってたりするか?」
と尋ねた。
「おや、ロダストさんも能力者でしたか! どれどれ…
…どのような能力で?」
「うーん……なんていうか、身体の中の
『気(エネルギー)』を操ったり、放出したり、
ドカンと拳に乗せてぶっ放したりできるんだが……」
ブルックは「ふーむ」と頷きながら、
再び図鑑のページをパラパラと熱心にめくり始めた。しかし、どれだけ探して似ているものはあっても
ロダストの力に該当するような悪魔の実の
記載は見当たらない。
「う〜む……申し訳ありません。色々と
探してみましたが、ロダストさんの能力に当てはまる実はこの図鑑には載っていないようです。形や味、
食べた時の記憶などは覚えておられますか?」
「いや……俺も食べた時のことは、記憶が曖昧でさ。
あんまりよく覚えてねぇんだよな……」
頭を掻きながら笑うロダスト。食べた記憶も曖昧で、図鑑にも記載がない——その能力の謎に
深入りはせず、ブルックは「世界は広いですねぇ、
まだまだ未知の能力が存在するということです!」
とヨホホホと笑い飛ばした。
そこから死者コンビを中心に、さらに賑やかな
会話へと花が咲いていく。
「いやあ、私も久々に体を動かしましたが、
足が痺れるという感覚が実に懐かしいです! 足は
ありませんが!」
『あはは! ワタシなんて、踏ん張ろうとしても
浮いてるから床に足がつかないんだよ〜!』
「おお! それは空中浮遊の極意ですねぇ!
ヨホホホッ!」
二人の意気投合ぶりに、アピーが思い出したように
手を叩いた。
『そうだ! ブルックにワタシたちの『仲間』を
紹介してあげるね! ……コモちゃ〜ん!』
アピーが海に向かって大声で呼ぶと、暗い濃霧の
奥から、少し空を泳いでいたいと金斗雲で青空を
浮かんでいた、まばゆい光を纏った小さな雲が
ふわりと飛んできた。
雲はふっと形を変え、宝石オウムライトの
美しい姿に戻りながら、キラキラとした輝きを
撒き散らしてアピーとロダストの周りをクルクルと
旋回する。
『この子が私達の仲間の舟、金斗雲のコモちゃん!』
「ヨホホホッ〜〜〜っ! これは素晴らしい!」
ブルックは空洞の目を限界まで見開く仕草をし、
感嘆の声を上げた。
「まるで宝石の様ですね、美しい! ヨホホホ!
とても素晴らしいですよ、コモちゃんさん!」
ブルックにお辞儀をされ、コモちゃんも嬉しそうに
身に薄く纏っている雲を輝かせながら
ブルックのアフロの周りをふわふわと飛び回った。
すっかり気分を良くしたブルックが、何処からか
大事そうにバイオリンを取り出す。
「ヨホホホホ!いやはや、愉快な皆様にお会いできて私、最高に気分が良いです!この船のルンバー海賊団では音楽家で船長代理、兼剣士をやっていたので……
一曲、弾かせていただいても宜しいでしょうか?」
『聞きたいーっ!』
「では、」
ブルックが弓を滑らせると、
軽快で陽気なヴァイオリンの音色が漂流船に
鳴り響いた。
それに合わせてアピーが『わーい!』と空中で
くるくると飛び回りながら踊り出し、コモちゃんも
光の尾を引いて舞い踊る。
『ワタシも歌うー!』
アピーがブルックの伴奏に合わせて声を張ると、
その透き通る歌声とヴァイオリンの音色が重なり合い、暗く不気味だったはずの漂流船が一瞬にして
賑やかなパーティ会場へと姿を変えた。
甲板にどかと座り込んだロダストは、言葉こそ
発しないものの、楽しそうに歌い踊る死者コンビと
コモちゃんを眺めながら、陽気なリズムに
合わせてポンポンと手を叩いていた。
その顔には、
太陽のような温かい笑顔が浮かんでいる。
不気味な霧の海に浮かぶ漂流船の上で、賑やかで温かな夜はどこまでも更けていくのだった——。