翌朝、ヤルキマン・マングローブから噴き出す
シャボン玉が朝空にキラキラと輝き、シャボンディ
諸島は爽やかな朝を迎えていた。
「う〜〜〜ん……! よく寝たーーーっ!!」
宿のベッドから勢いよく飛び起き、豪快に伸びをするロダスト。隣ではアピーも『ふぁ〜あ……おはよ〜
ロダスト〜』と目をこすりながら体を起こす。
「よし! 朝だー行くぞ! 今日こそコーティング職人を探すぞ!」
ふたりは元気いっぱいに宿を飛び出し、朝の街へと
繰り出した。
——同じ頃、近くの通りを歩く風変わりな親子の姿があった。
頭に金魚鉢のようなシャボンをかぶり、
豪奢な衣装を身に纏った天竜人の親子である。
その姿が視界に入った瞬間、通りにいた海賊も、
荒くれ者も、一般の市民たちも一斉に青ざめ、蜘蛛のの子を散らすように道を開けて地面に平伏した。
逆らう者は一瞬で処刑され、指一本触れるだけで
海軍本部の大将が軍艦を率いて飛んでくる
「世界の神」。息をすることすら許されないような
重苦しい恐怖が、通り全体を支配していた。
「ふふふ〜ん、巨人や魚人が売られてると良いだえ〜」
鼻歌を歌いながら横柄に歩くのは、
まだほんの5歳ばかりの幼少期のロズワード聖。その隣を、威厳を誇示するように父親(ロズワードの父)が悠々と歩いていた。
そこへ、何も知らず機嫌よく歩いてきたロダストが
通りかかる。
周囲が恐怖で平伏する中、ひとりだけ首をかしげて
偉そうに威張り散らす子供を一瞥し、ストレートに
声をかけた。
「ニシシッなんだお前、迷子か?」
周辺の海賊や市民たちが「狂ってやがる……!!」「殺されるぞ!!」と泡を吹いて絶望する中、
幼少ロズワードは目を見開き、信じられないものを
見る目でロダストを睨みつけた。
「ぶッッ無礼だえ!! しもッ……」
護衛のSPたちが青ざめて武器を構えようとした
その瞬間、ロダストはロズワードの顔をじっと
見つめ、心の底から嫌そうに顔を顰めた。
「……でもお前、何かメッチャクチャ嫌いだな〜っ! 猿に呪われてそうだ!」
「っっっ???!!!??、!?!… はッ!!」
(※すでに猿の脳みそが大好物である幼少期の
ロズワード聖への、図星すぎる強烈な皮肉である)
生まれて初めてぶつけられた超弩級の暴言と、
まさかの図星すぎる指摘に、幼少ロズワードは怒りを越えて脳の処理が追いつかず、口をぐうぐうと
開けたまま呆然と立ち尽くした。
「……はっ!!?無礼過ぎて呆然としてしまったえ! 探し出して殺すんだえ! 今すぐ殺すんだえーーーッ
!!」
ワンテンポ遅れて通りに響き渡るロズワードの
金切り声。だが、状況をまったく理解していない
ロダストは「変な子だな」と気にも留めず、
さっさとその場を立ち去っていた。
「よし、それじゃ、職人探しに行く……」
と、言いかけたロダストの視界に、
昨日約束した『シャボンディパーク』の入口が
飛び込んできた。そしてそこには、すでに集まって
大はしゃぎしているハイルディンたち子供巨人や、
見守り役のイーダ、エルバフの大人たちがいた。
「「あ……!!」」
ハイルディンたちもロダストたちに気づき、
「お〜〜い! ロダストー! アピーー!」と元気に
手を振る。
その楽しそうな姿を見た瞬間、ロダストの頭から
「職人を探す」という目的が綺麗さっぱり
吹き飛んだ。
「……職人探しは後回しにして、今日も
先に遊ぼう!」
『賛成〜〜〜〜っ!! 今日もいっぱい遊ぶ〜〜〜っ!』
「ポワッ!」とコモちゃんも大賛成の声をあげる。
「ちょっとあんたたち! 今日は職人を探すんじゃ
なかったの!?」
遠くからイーダの呆れたツッコミが飛んでくるが、
二人は一目散に駆け出し、今日も今日とて子供巨人
たちとパーク内へとなだれ込んで行った。
ひとしきりアトラクションで大暴れしたのち、
パークの広場では早くもパンズフライ特製の肉の
香ばしい匂いが立ち込め始めていた。
だが、そんな夢のような時間を邪魔するように、
路地裏からまたしてもガラと柄の悪い海賊風のチンピラどもが群がり寄ってきた。
「へへへ、巨人のガキどもに、妙な生き物連れの
ガキか……オークションに売れば大金だぜ!」
「かかれー!」
「「「「おう!」」」」
「ニシシ、邪魔すんな!」
ドォン!! とロダストの一閃でチンピラどもが
まとめて吹き飛び、アピーも『ワタシたちの邪魔しないで〜〜っ!』と襲いかかる大男たちをボコボコに
叩きのめす。一瞬で路地にゴミのように転がる
チンピラたち。
それを見ていたライディーンやオイモが、酒樽を手に持って目を丸くした。
「強いんだなァ! チビ人間!! そいつら、確かそこらの街角に手配書が貼ってあった賞金首だぞ!」
その言葉を聞いた瞬間、ロダストの脳裏には
電流が走り、アピーは不思議そうに首をかしげる。
『ショウキンクビ……?』
「……あ!!」
昨日の金欠による絶望の記憶が蘇り、
そのあとロダストの目が一瞬でドルの輝きに変わる。
「……そういや、賞金首って金になるんだったーーーッ!!!」
『しょうきんくびって?』
「ああ、 アピー!青海にはな、
海軍に悪いやつを持っていくとお金がもらえる
仕組みがあるんだよ!!」
それを聞いたアピーも目を丸くして跳びあがった。
『ええーーーっ!? ホントに!? じゃあこの人
たち、渡したらお金になるのーーーっ!!?』
「ニシシッ!お金になるんだ!!海軍何処だ!?
渡してお金貰ってくる!」
『賞金作りにいこ〜〜っ!』
「『行ってくる〜!』」
ロダストは気絶したチンピラどもの足を掴むと、
地響きを立てて海軍の駐屯基地を目指し、猛ダッシュで一時離脱していったのだった——。
シャボンディ諸島・海軍駐屯基地
巨木マングローブの樹液で塗られた石造りの
巨大な庁舎。白を基調とした厳格な建物内には、
慌ただしく行き交う海兵たちの足音と、要人滞在に
よる張り詰めた緊張感が漂っていた。
その静けさを破り、突如として正面入口の重厚な扉が豪快に開けられる!
「ニシシッ! お〜い! 賞金首連れてきたぞ! お金くれー!」
ドスン!! と気絶したチンピラどもを束にして
受付の床に投げつけるロダスト。
受付の海兵たちが突如現れた獲物と、能天気に
笑うロダストたちの姿に目を白黒させる中、奥の
応接室の重厚な扉が静かに開く。
歩み出てきたのは、極秘の視察と要務で諸島を
訪れていた海軍本部の超大物たち——センゴク中将、ゼファー中将、そしておつる中将の三人であった。
背中に「正義」の文字を背負った白い将校服を
羽織り、一目見ただけで並の海賊なら威圧感で竦み
上がるような絶対的な存在感。
眉をひそめるセンゴクと鋭い眼光を向けるゼファーに対し、ロダストは能天気に手を振る。
「あれーーー??! センゴクにおつるちゃん、
久しぶり〜〜〜っ!!!」
おつるは目の前に現れたロダストの顔を見て、
困ったように細い溜息をついた。
「久しぶり、ロダスト。……あまり、よくない時に
来たわね……」
「?」
「……世界貴族が下に降りてる時に……」
おつるが静かに告げたその言葉の意味を、ロダストが噛み砕く間もなかった——。
その頃、シャボンディパークの広場では大人の
巨人たちが豪快に酒を交わしていた。
「ガハハハ! あの小僧ども、金になると聞いて
すっ飛んでいきおったぞ!」
「パンズフライ! 肉はまだか!」
豪快で誇り高きエルバフの戦士たち。だが、
彼らは「正々堂々とした戦い」しか知らず、身内しかいないはずのパーク内で完全に油断し、宴に夢中に
なっていた。
さらに遠くの通りで人攫い屋のサクラが小さな
ボヤ騒ぎを起こしたことで、大人たちの注意は完全にそちらへと向けられてしまった。
そして、そのわずか数分の隙を、陰湿な人攫い屋の
グループは見逃さなかった。
パークの隅で、子供たちの見守り役として
付き添っていたイーダ。
一人で遊んでいたリリー・エンストマックが空に
浮かぶ不思議なシャボン玉に気づく。
「わぁ……! すごい大きいシャボン玉! 甘い匂いがする……!」
「ダメよリリー! 変なものに触っちゃ……!」
ゲルズが制止しようと駆け寄るのと、リリーが
無邪気に手を触れて割ってしまうのは同時だった。
——パンッ!
割れた瞬間、シャボン玉の中から濃縮された特製の
強力催眠ガスが一気に噴出した!
「え……? なんだか……急に頭が……重……」
巨体の肺いっぱいにガスを吸い込んでしまい、
リリーは抵抗する間もなくドスンと崩れ落ちた。
「リリー!? どうしたんだ!」
異変に気づいたハイルディン、ゲルズ、ゴールド
バーグ、ロード、その後ろからイーダが慌てて
駆け寄ってくる。
だが、それこそが敵の狙いだった。
周囲の樹液の陰から、ガスマスクを装着した
人攫い屋たちが一斉に姿を現し、麻酔ガス弾を仕込んだ大量のシャボン玉を子供たちへ向けて射出した!
「くっ……! なに……これ……力が出……っ!」
「ハイルディン! ゲルズ!」
「あんたたち……! 子供たちになにしてんのよーーーっ!!」
イーダは必死に斧を構えて立ち塞がり、
人攫い屋たちを薙ぎ払おうとする。だが、容赦なく
襲い来る濃密な麻酔ガスの煙と、圧倒的な数の
不意打ちに視界が激しく揺らぐ。
「くっ……あいつら……ガスマスクを……!
あんたたち……逃げ……っ!」
必死の抵抗も虚しく、ガスを吸い込んだハイルディンたちが次々と倒れ込み、イーダ自身も膝から地面へ
崩れ落ちた。
「へへへ! かかったぜ! 巨人のガキが4体まとめて
大収穫だ! 天竜人様が降りてきて街がバタついてる
今が最大のチャンスだったんだよ!」
「ま……待ちな……さい……っ!」
手を伸ばすイーダの意識も、そのまま暗闇へと
落ちていく。
人攫い屋たちはニヤリと下劣な笑みを浮かべると、
意識を失ったハイルディンたちに特製の巨大な頑丈な網を被せた。
「この大人の巨人はどうする!?」
「流石にデカすぎる! この網じゃ無理だ!」
「それに、大人の巨人の戦士たちも今に気付くぞ!
さっさとズラかろう!」
「「「「ハハハッ!おう!」」」」
「やったぜ、大金持ちだ〜〜!!!!」
下劣な嘲笑を残し、人攫い屋たちは倒れたイーダを
一瞥することもなく、闇の中へと消えていく。
あとには、催眠ガスの甘い匂いと、倒れ伏す大人の
巨人、そして誰もいなくなった無惨な子どもたちの
遊び場だけが残されていた——。