一瞬の静寂。
壁を破って現れたロダストの存在感に、
会場中の時が止まったかのような重圧が漂う。
ロダストの眼光は、ステージ上の鉄かごに囚われた
子供たちと、不遜にたたずむ天竜人たちの姿を
瞬時に捉えていた。
「いま助ける!!」
ダッとハイルディンたちのもとへ走り出そうとした
ロダストだったが——
「……グヘェッ!?」
ぬっと煙の中から伸びてきた巨大な手に、上から
ガシッと重い巨体で力任せに押さえ付けられた。
「ロダスト動くな! おめえも下手したら死んでしまうぞ!」
「やっぱり、…天竜人…!」
煙を切り裂き、破砕された壁の穴から地響きとともに駆けつけた大人巨人たち。彼らは天竜人に手を出す
危険性を重々承知していた。
だからこそ、無闇に暴れて刺激するのではなく、
舞台裏や司会者から「首輪の鍵」だけを強奪して子供たちを速やかに連れ出す算段だったのだ。
「大人しく鍵だけ奪って逃げるんだ! 首輪が爆発
すればどうする事も出来ない!」
「アピー、聞こえてる!? 聞こえてるならお願い!
バックステージを探して!! 鍵はあそこか、
ステージの奴が持ってるはず!! ステージ上の奴は
私たちが抑えるから……! 私たちの体じゃ奥には
入れないの、お願い!!!」
イーダが切実な叫びを上げると、ロダストの胸元から抜け出たアピーが『分かった!』と応じた。
そして生者には見えぬよう気配を消すと、一瞬で
バックステージへと飛び去っていく。
流石のアピーでも、広大な会場から鍵を探し出して
戻るには、まだ時間がかかる。
アピーが鍵を持ち帰るまでの時間を稼ぎたい大人の
巨人族たちは、ロダストが怒りに任せて天竜人に
突っ込み、爆破や処刑を招いて状況を悪化させるのを防ごうと、オイモに向かって強く叫んだ。
「オイモ! その小僧を押さえつけておけ! 暴れさせるな!」
「いや、今分かったから! オイモ! 離せー!」
制止されたロダストも大人たちの本来の狙いを汲み、肚の底から煮えたぎる怒りを必死に抑え込みながらも、オイモの太い腕を壊してしまわないよう絶妙に
加減して押さえつけられている腕を解こうとする。
だが——天竜人やその従者たちが、
そんな巨人たちの意図や事情など知るはずもないし、気にする必要もない。
「なんだえ、この騒ぎは! 黙らせるえ! おい、早く海軍本部に連絡して大将を寄こさせるえ!!」
不機嫌そうに叫ぶロズワードの父親に、傍らに
控える従者が冷や汗をダラダラと流しながら必死に
頭を下げた。
「ろ、ロズワード聖! まだ奴隷どもが暴れている
だけで、お体に危害が加えられたわけでは……流石に大将を呼ぶのは無理かと……!
まずは警兵どもに鎮圧させますので!」
「黙るえ!!大将をはやく呼ぶえっ!…貴様ら!!下々民の分際で私たちの買い物を邪魔するなえ!」
聞く耳を持たない父親は、自らの懐から装飾の
施された銃を抜き放ち、耐え忍ぶ大人巨人たちに
向けて容赦なく引き金を引いた。
バァン! バァンッ!
「グッ……! カハッ……!」
血を噴き出しながらも、鍵を確保して無事に脱出する時間を稼ぐため、歯を喰いしばって怒りを呑み込み
天竜人には手出しを耐え続ける大人たち。
その横で、捕らわれ、連れて行かれそうになった
子供たちも必死に抗ったため、従者たちが警棒で遠慮なく殴りつけ、乱暴に蹴り飛ばす。
「不愉快だえ! 黙らせるえ!」
「ははっ! ほら大人しくしろ、デカ物どもが!」
ドカッ! バキッ!
「うわぁ〜ん! くそぉ〜!」
「いたっ! ……お母さん〜!」
——その場にいるエルバフの戦士たち全員の胸中に、ド黒い怒りが渦巻く。そして、目の前の非道すぎる
光景に、ついに耐えかねたイーダが身を乗り出した。
「子供たちになにすんの!!アンタらぁぁっ!!」
従者どもを叩き潰そうと巨躯を前に突き出すイーダ
だったが、周囲の大人の巨人たちに
「やめろ、撃たれるぞ!」と必死で抑え込まれる。
直後、会場を守る警兵たちの大型銃が一斉に
向けられ、ズドンッ! ズドンッ! と重い銃弾が
イーダを集中砲火する。だが、
それを庇うように立ち塞がった大人巨人たちの
皮膚を、巨弾が深く撃ち抜いた。
「ガッ……! ぐ……ッッ! ウゥ……!」
「くそっ…!!」
血を噴き出しながらも、子供たちの命を楯にされ、
天竜人が目の前に君臨する現状では手出しができない大人の巨人たち。
噴き出す血煙と激痛に膝が折れそうになりながらも、子供たちを護り抜くため、脱出のわずかな希望に繋ぐため、ただ歯を喰いしばって懸命に耐え続ける。
だが——そんな目の前で巻き起こる惨劇すら、ハエやアブラムシの羽音ほどにも気にしないかのように。
幼いロズワード聖は退屈そうに鼻をほじりながら、
従者を呼びつけて、手元で繋がれていた奴隷の鎖を
無造作に引っ張りながら言い放った。
「下々民どもが騒いでてうるさいえ〜。」
「…それよりパパ上、男の奴隷は力があって強そう
だけど、女の方は弱そうだから要らないえ。
……おい、これ処分するえ!」
「はッ、畏まりました!」
ロズワード聖のワガママな命を受け、傍らの従者が
ゲルズの首輪の起爆機構を軽やかに作動させる。
「え……?」
ゲルズが絶望に目を見開いた瞬間——不気味で高音な電子音が、会場に容赦なく響き渡った。
ピピピピピピ……
「えっ! おいマジか、ゲルズ!!」
「そんなっ…!?」
ハイルディンが顔を蒼白にして叫び、イーダもショックで言葉を失う。
「首輪が……作動した……!?」
「嘘だろ……鍵もまだ届いてねぇのに!!」
大人巨人たちの間にも一瞬で激震と動揺が走った。
子供たちの命を救うため、どれだけ撃たれても、
どれだけ血を流しても耐え抜いてきた。
それなのに、あまりにもあっけなく、理不尽に
突きつけられた仲間の死。
「待てっ! やめろ!! 鍵を探してるんだ!!」
「やめてくれえええっ!!」
大人たちが怒りと絶望の入り混じった悲鳴を上げる。
だが、そんな巨体たちの動揺や悲痛な叫びなど、
天竜人である、彼らには微風ほどの価値すらもない。
先程まで下々民どもの騒ぎに気を取られていた
父親だったが、周囲の悲鳴と響き渡る電子音を耳に
して、ようやく息子の気まぐれな指示に気づくと、
咎める風でもなく呑気に声をかけた。
「無駄遣いは良くないんだえ? 息子よ」
「パパ上、奴隷はまた買えばいいえ!」
「ゲルズっーーーー!!!???」
「ゲルズっ!!」
ピピピピッピピ……ー、
高音の電子音が不意に途切れる。
この音が途絶えた瞬間、首輪は爆発する——逃れ
られぬ死の訪れを悟ったゲルズは、恐怖に身を
縮こまらせ、ぎゅっと激しく目を瞑った。
ハイルディンもイーダも、その場にいる巨人族の
誰もが衝撃で息を呑み、絶望に顔を歪める。鍵の
回収を待つ猶予は、完全に消滅した。
アピーが戻ってくるのも、もう間に合わない。
ゲルズが、死ぬ。もう、
終わりだ——。
その一瞬——ショックと恐怖で、上からロダストを
抑えつけていたオイモの手がわずかに弱まった。
その一閃の隙を、ロダストは見逃さない。
ドンッ!!!
力任せにオイモの巨腕を弾き飛ばし、地を蹴る。
コンマ一秒にも満たない疾走。音すら置き去りにする猛スピードで飛び込んできたロダストは、呆然とするゲルズの首元へ一瞬で肉薄していた。
あまりの速度に、ゲルズが何が起きたのか
理解する間すらない。
ロダスト本人が意図して形作ったわけではなかった。急ぎ助けねばという無意識の焦燥と激怒に応ずる
ように、彼の右腕から溢れ出た黄金の「気」が
本能のまま膨れ上がり——気がつけば巨人族の太い首周りを軽々と覆い尽くす、巨大な「黄金の猿の手
(猿猴の手)」となって凝縮されていた。
グシャッ!!
「えっ……!?」
首輪が潰れたことに気づき、驚愕で息を呑むゲルズ。
無意識に実体化した気の手が首輪をガシッと
掴み取った瞬間、内部へ直接浸透したのは
武装色の覇気——『流桜』。
内部の複雑な爆破のカラクリと構造を一瞬で粉砕し、
起爆しようとするエネルギーそのものを抑え込む。
そのまま巨腕となった気の手で首輪を引っこ抜くと、空高くへ豪快にぶん投げた。
ヒュッ……… ボンッ!!!
遥か上空のドーム天井付近で耳をつんざく爆発音が
弾ける。
首元から消えた重圧と上空の爆音を見上げ、
自分の身に起きた奇跡に呆然と目を見開くゲルズ。
そして、壊滅的だったはずの爆発から傷一つなく
助け出された彼女の姿を目にし、大人の巨人たちも「よかった……! 無事か、ゲルズ!!」と胸を
撫で下ろし、心底安堵の息を吐き出した。
だが、振り返ったロダストの瞳にあるのは、
安堵などではなかった。
そこにあったのは、冷たく研ぎ澄まされた極限の怒り——そして、静かな覚悟だけだった。
「……あんなものを、子供の首に着けてたのか……」
連れて行かれまいと必死に抗い、従者たちを
睨みつける子供たち。警兵の銃頭や暴行に血を流し
ながらも、耐え続ける大人たち。
その巨人族たちの傷ましい姿を、その視界に
焼きつけると——。
ロダストは表情を完全に消し去り、
殺意にも似た激怒を心の奥底へと深く沈めた。
力を込められた両拳と全身から、ゆらゆらと黄金の気が滲み出し始める。
肺が燃えているような、熱気を帯びた荒い吐息を
ひとつ漏らし——。
重苦しい足取りで、ロダストが天竜人たちへ向かってゆったりと歩みを進める。
一歩踏み出すごとに、空間が歪んでいく。
まるで世界そのものがゆっくりと縮み、
じわじわと全身を押し潰してくるかのような重圧が、
会場全体にいるすべての者たちへ徐々に息苦しく
侵食していった。
「おい止めろ、お前!」
「何する気だ、待ってくれ! ありがたいが……待て、ロダスト! お前、死んじまうぞ!!」
「海軍本部に消されるぞ!」
「ロダスト!!?」
大人巨人たちの必死の制止も、今のロダストの耳には届かない。
もう、そんな段階は過ぎ去っていた。
他人(ヒト)の命を何とも思わず、平然と踏みにじる狂人(ゴミ)ども。
——これ以上、大人も子供も傷つけさせない。
もう、誰も彼も限界だ。
だから、——潰す。
怒りの高まりとともに、ロダストの全身から解き放たれる圧迫感が、さらに重く、深く膨れ上がっていく。
その全身から渦巻き始める、凄まじい密度の
エネルギー——黄金の「気」、激しく爆ぜる紫白色の「雷光(エレクトロ)」、そして漆黒の「覇気」。
それらが右拳へと極限まで高密度圧縮され、
空間そのものを歪ませるほどの巨大な覇力の波動を
形成していった。
周囲の観客たちは、逃げることすら忘れ、
そのあまりに圧倒的な重圧に金縛りに遭ったかのように身をすくませている。
冷や汗すら凍りつく静寂の中、ただ天竜人だけが、
その圧迫感が意味する本当の恐ろしさを理解できず、甲高い声で喚き散らしていた。
「お前、何したえっ」
ロズワードの父親が尋常じゃない圧迫感に狼狽え、
息子の幼いロズワードが怯えながら指を指して叫ぶ。
「あっ、パパ上こいつ無礼な男だえ!」
「そうかっ、なら殺してしまうえ〜! 死ね! 死ね
死ねっ!!」
天竜人の命を受けた警兵たちが銃頭を一斉に向け
乱射し、ロズワードの父親も自らロダストに
向けて銃弾を放つ。
だが、ロダストを包む絶対的な
気と覇気の力場に阻まれ、すべての銃弾はカチンッと虚しく弾け飛んだ。
「当たってるはずだえ!? 何故ッ!? いい加減、しッ——」
ロダストの右拳が、極限を超えて引き絞られる。
流桜の操作により、その絶大な威力を背後の味方や
子供たちへ漏らさぬよう、ターゲットの局所へ
完全集中させながら——
「『金猴王・【嚕捺羅】(キンコウオウ・ロダラ)
』」
ドオオオオオォオオンッ!!!
一閃。
庇うように前に出た親(ロズワードの父親)の
胸元へ、ダイレクトにその右拳が着弾した。
手加減一切なし、死ぬ気の一撃による零距離からの「局所的絶対破壊」。
その破壊力は自身の威容を示そうと外へ蠢こうと
するが、流桜の精密な制御により円形に波打ちながら局所に留まり続ける。
『流桜』の波動が肉体を透過し、骨格と内臓を
体内から一瞬で爆砕。そのまま貴賓席の地盤ごと
跡形もなく吹き飛ばす!
そして、内部に押し込められた波及衝撃と激烈な雷撃が、事態の元凶である息子のロズワード聖を襲う。
命までは奪わないものの、これまでの悪行に見合う「生涯トラウマになるほどの凄まじい激痛」と
絶大な麻痺が骨身の奥深くまで刻み込まれ、目が飛び出るほどの恐怖と痛みで「ヒギャアアアアッ!?」と白目を剥いて悶絶しながら遥か彼方へと
吹き飛ばされた。
バリバリバリバリッ!!
その局所空間だけ異界と化したような
凄まじいエネルギーの渦に、周囲にいた人々は
あまりの神々しさと恐ろしさに「神」を幻視する。
メギャメギャッ!!!
後ろには余波だけを逃がし、ターゲットの天竜人と
貴賓席のみを局所的に粉砕・穿孔した極大の衝撃波が、全方位に暴風としてなびいた。
ズウゥゥゥンーーーー……!!
豪快な破壊音のあとに訪れた、あまりにも重い静寂。
もうもうと立ち込める煙の向こう、
綺麗に穿たれた瓦礫の山と、生きているのかさえ
分からない世界貴族の姿を見つめ、大人の巨人たちは開いた口が塞がらない。
客たちはあまりの出来事に驚きでざわめき、
とうとう抑えきれないパニックと恐慌が会場中に
巻き起こった。
「「「「「「…………やりやがった〜!!!!!!
」」」」」」
「「「「「「海軍大将が来るぞーーーーーーッッッ
ッ!!!??!」」」」」」