地上に抜けるべく、薄暗い洞窟を足早に駆ける。
わたしがモナティアムへ向かう理由だが。計画が全く狂ってしまってから、心臓がずっと高鳴って止まない。記憶の欠落した記憶の真実なんてどうでもよくなってしまって、がむしゃらに走る事で落ち着こうと努力している。身体が痛む、小さい身体は扱いづらく、ちょっとした事で転んだり、滑ったりしてしまって……
「危ない!」
身を包むようにして受け身を取ろうとしたところ、誰かに助けられた。
「あ、ありがとう、ございます……」
水色の髪が肌を撫でている。髪から良い匂いがして、少し落ち着きを取り戻した。竜族には珍しく、体の隅々が手入れされている。鈍く光る青い瞳に、少し尖った耳。
彼女の名前はシルフィール。何となく、そう分かった。
「まったく、走ったら足場が悪いんだから転ぶわよ!最近の竜族は危なっかしいんだから」
ツンケンした声色だが、此方を心配している様子だ。
「シルフィールさん、あの、ありがとうございます、じゃ、私急ぎますんで!」
立ち上がり、走ろうとしたところ。またしても突起に躓き、壁に激突した。先程とは比較できない程の痛みが走る。エーダルの加護は何処に行ったのやら?ズキズキ頭を貫くよう走る痛みが、意識を遠ざからせた。
視界が二重にも、三重にも分かれ、返って冷静になってしまう。あぁ、これはあと数秒意識が持つかな、と。
……スローモーションで流れる時間の中、何故こうなったのか、と振り返る。風の噂から聞いた懸念事項が、全ての始まりだった。
曰く、妖精王国滅亡せり。と。
ー
王国滅亡の原因は砂糖の枯渇にある。
此れは冗談でない。砂糖は妖精族にとっての主食といってよい。
パンから飴玉、ケーキからゲロ甘コーヒーから何から何まで、妖精王国の経済は隣のモナティアムに砂糖供給という首根っこを掴まれている状態であった。この状況下で供給が絶たれた王国は戒厳を引くも、遂には配給すらままならなくなった。
さて、当然主食という事で以前は全てが自給自足されていたのであるが、サッカリンという代替品が出回った事で砂糖の価値が大暴落した事で王国は隣のモナティアムに泣きついた。経済危うし!此れでは一次経済に頼り切った王国は破綻してしまう!
其処で市長と妖精王との間に、世界樹利用に関する個人的契約をする代わりに救済を、という形で、モナティアムは経営危機に陥っていた妖精王国の砂糖関連企業を市場価格を大幅に上回る価格で買収していった。その資金を元手に王国は経済再建に取り組んだが……サッカリンにパンを膨らませる力がないと気がついたのはそのすぐ後の事である。
最初から、全て誤った方向に転がっていた。
転がる自称をボールに例えるならば、その転がるボールを拾うのが国の役割だが、あろう事か女王はボールを蹴っ飛ばしたのだ。
暫くは、モナティアムからの輸入によって齎される砂糖によって、経済が回っていた。いや、むしろ良くなった。
外部資本の投入によって何処までも非効率な組織が改革された。土地は機械によってより深く耕された。化学肥料の導入によって、サトウキビはより多く、より高品質に育つよう変わった。
当然失業者が大量に出た。
けれどもそんなものは、より安価に齎される砂糖の前では、二の次、三の次の課題に変わった。不満はあれど、飢える事はない。
そんな日々がずっと続くものと、誰もが思っていた。
供給が絶たれた。民衆も、女王も。モナティアムで何があったかは知らないままであるが、兎に角、砂糖が街から消えた。
最悪の事態が現実のものとなった。
今まで、安価な砂糖で押さえつけられていた怒りが、恨みが爆発した。
すぐさま戒厳と配給制が敷かれ、王宮ですらケーキに変わり「羊羹」が出回った。モナティアムに事態を確認しようとも、使者が門前払いを受けた。けれども、その情報すら伝わるには時間がかかった。王国への帰り道。獣人の領域を通ろうとしたところ、襲撃に遭い帰還が遅れたのだ。
今まで王国に従順であった獣人までが離反したのである!何かがおかしい。そう宮廷が考えはじめたところに、戒厳により最初こそ抑えられていた民衆が爆発した。
連日連夜続くデモに怒りは加熱し、「給与/食糧未払い」を理由に兵は次々と王宮を離れていく中、遂に女王はその姿を見せた!
説明を求める労働者ら。革命熱に酔う彼らも、この時ばかりは静かに、その声に耳を傾けていた___
そうして。
「パンが無ければキャンディを食べればいいじゃない!私だって___」
そう、女王は怒れる民衆に答えた。
……さて、その後の成り行きとして、目下地上はベルベットという魔女によって再び王政が敷かれたとのことだ。その様相は恐怖政治という他なく、粛清と反乱の相次ぐ地上の地獄と化した。現在女王や、それを補助している実施的な摂政である世界樹教団司祭長の行方は不明であり___
そうだ、私は、なんとしてでもその一行を探さねばならないのだ!
と、其処まで記憶を整理したところ、意識は遂に耐えた。
サッカリンはひとつの解釈としてであって、多分違います