もふもふをひろったら家がダンジョンになりました 作:一宮 千歳
一月半ば。少し肌寒さを感じる、晴れの午前。仕事は休みにした。
ぶおー。
お風呂上がり、ドライヤーの風を受けて、拾った白いもふもふは気持ちよさそうにしている。
風呂に浸けても抵抗が薄かったし、温風にも慣れてるあたり、ただの捨て子じゃなさそうだ。
早速友達に頼ってみる。めるめる。
「なあ、現代社会において、モンスター拾った時ってどうしたらいいんだ?」
既読がついて一瞬後。
『は? ちょっと待てお前んち行くわ。』
なるほど、こっちに来るのか。じゃあ待ってた方がいいな。
ひっくり返してお腹をわしゃわしゃと乾かす。
このもふもふの生き物は、どうやらダンジョン生命体、いわゆるモンスターの類である。
長毛種の犬のような顔立ちに、長い耳。四足歩行のモフモフであるがなんか全体的に丸く、脚と尻尾は短い。そしてどうにもまぬけな面構えをしている。
「人に危害を加えるようには見えないなあ」
「きゅーん」
毛並みがしっかりと乾いたころ、友である中村が家にやってきた。
「真野ー。モンスター見せろー!」
俺はもふもふの世話で忙しい。開いてるぞー。と返事をしてもふもふをわしゃわしゃする。
するとどたどたと、靴も脱がずに中村が入ってくる。おい、ここは日本だぞ、靴を脱げ。
プロ意識のたまものだ、と中村が返す。
「お前そいつどこで拾った?」
中村は、二言目にはそんなことを聞いてきた。
「えーと、となりの廃民家で。キュンキュン鳴いてた」
「絶対その廃民家ダンジョン化してんだよ!」
しかし記憶を振り返るに、そんな要素はなかった。
「いや、モンスターも沸いてなかったし、こいつの親みたいなのもいなかったし」
「……マジか?」
「俺なんかやっちゃいました?」
「推定ダンジョンマスターを家に連れ帰ってるよ!」
「やっちゃったぜ」
「やっちゃったぜじゃないだろ!」
中村は額を押さえ、深呼吸をひとつ挟んでから、諭すように言った。
「お前、この家がダンジョン化するぞ」
おお、面白そうな響き。
「面白くねえんだわ!」
「いやあ、広い家だからなあ。一角がダンジョン化しても特には」
「全部だ」
「はい?」
「家全部がダンジョンになるぞ」
中村は頭を抱えたまま、床にへたり込んだ。
「ダンジョンマスターはな、自分が『安心できる場所』を勝手に自分の領域……つまりダンジョンに書き換えちまう、らしいんだよ。お前、そいつを風呂に入れて、ドライヤーで乾かしたな?」
「ちっちゃいのにかわいそうだったからな。腹も撫でたぞ。」
「それがダメなんだよ! 完全にお前の家を『巣』だと認識する!」
変化は突然、しかし地味に現れた。
- ぴろん -
- 真野卓也宅がダンジョンになりました -
- 真野卓也宅のダンジョンマスターは◆◆◆◆です -
- 真野卓也宅玄関がダンジョン入り口になりました -
- 真野卓也宅1階がダンジョン第1階層になりました -
- 真野卓也宅2階がダンジョン第2階層になりました -
- 真野卓也宅車庫がダンジョン第1階層別棟になりました -
- 真野卓也宅裏庭がダンジョン第1階層隠しフロア扱いになりました -
「わああああ始まった!」
「中村、説明」
「ダンジョン化のアナウンスだ! お前、家の中にモンスターが湧くぞ!」
「美少女モンスターだといいなあ」
「お前はバカだと思ってたけどそこまでだったか!?」
失礼だな。家主だぞ。
そう思っていると、変なアナウンスが流れた。
- 真野卓也宅の家主は真野卓也であることを確認 -
「「ん?」」
- 真野卓也に【ダンジョンマスター権限】が譲渡されました -
- 現在の
「なんだぁ……? 中村、説明」
「2級でも知らんことはある。知らん、怖い」
俺は視界に現れた「美少女モンスター生成:初回無料!」のボタンを押した。
「ぽちっとな」
「おいお前何やった」
どうやら中村には何をしているのかわからないらしい。
「美少女モンスター生成:初回無料! ってあったから、押した」
「はああああああ!?!?!?!」
中村の悲鳴がむなしくこだまする中、
居間の真ん中で「ポンッ」というどこかまぬけな効果音が響き渡った。
空気がわずかに歪み、眩しい光が弾ける。
光が収まったあとに立っていたのは——美少女だった。
銀髪で赤い瞳。ついでに爆乳。
ウエストははっきり細い。
悪魔しっぽが生え、露出度高めの衣装を身にまとっている。
身長はそこそこで顔立ちはほにゃんと柔らかい癒し系。
まさに希望通り、いやそれ以上の完璧なルックスである。
美少女がつぶやく。
「マスターは、どなたですか?」
中村が叫んだ。
「俺この子と結婚する!」
おい。
「なるほどこの方はマスターではなさそうです。結婚はお断りします」
中村が暴れだした。ええい、やめろみっともない。
「お前さ、出会って数秒の女の子にプロポーズするの、人間としてどうかと思うぞ」
俺が冷ややかな視線を送ると、中村は「だって銀髪赤眼爆乳悪魔っ娘だぞ!? 男なら誰だって一度は夢見るだろ!」と床をバンバン叩いて血涙を流している。こいつ、大陸ソシャゲ世界観に毒されてやがる。
「改めまして、グレーターデーモンのシャルロッテと申します。……ええと、しっかり確認させていただきましたが、膝で丸まっておられるお方がマスターですか……?」
シャルロッテが俺の膝をのぞき込むと、もふもふは返事をした。
「きゅん!」
「おお! 『今はこんなだが、立派なドラゴンになる』と! 敬服です!」
ドラゴン?
「シャルロッテさん、そこんところ詳しく」
「真野様におかれましてはこのダンジョンの家主ということで、マスターの上司にあたられる方。わたくしのことは気軽にちゃん付けでおよびください」
「お、おう」
「シャルロッテちゃーん!」
「さて、マスターは毛玉という種族です」
「無視!?」
中村を無視してシャルロッテが指をぴっと立てる。
「けだま」
「ですが、こちらの業界では可能性の獣、とも呼ばれています。そう、成長に伴い変異し、なんにでもなれる、という特性を持っているのです!」
シャルロッテが拍手する。ぱちぱち。かわいいね。
「へー」
「真野リアクションうっす。ドラゴンだぞドラゴン」
「ちなみに成長に必要なのは食事と教育、そして娯楽です!」
「ようはバンダイのあれ、と」
「言い方。液晶画面の中でデジタル存在を育てるやつと一緒にすんなよ。 これ現実のモンスターだぞ? それもダンジョンマスター」
「きゅん!」
放置してうんちまみれにしないようにしないとな。ペットとか飼ったことないし、頑張らないと。
こうして俺の毛玉育成アンドダンジョンハウスライフが始まった。
「で、どうすんだよ」
「うーん。市役所に報告?」
「現実的だなおい……」
「まあ探索者課だよな。」
中村と話していると、シャルロッテが不安そうに声をかけてくる。
「あの……ご迷惑、ですか?」
捨てられた子犬みたいな目で、シャルロッテが俺の袖をちょこんと引っ張ってくる。
膝の上のもふもふも、何かを察したのか「きゅ、きゅ~ん……」と悲しげに鳴きながら俺の腹にすがりついてきた。あざとい。だがかわいい。
「いや、捨てるとかじゃないぞ。我が家がダンジョンになっちゃったから、手続きしないと後で固定資産税とか近所迷惑とかいろいろ面倒だろ?」
「いやそれよりもだ。シャルロッテちゃんに問題がある」
「んあ?」
「人ではない。戸籍がない。つまり人権がない。しかし生命体だ。この場合、おそらくペットとして真野の所有物扱いになる。」
「ペット……」
「ペット……(きゅん)」
「なんか恍惚とした表情浮かべるのやめてもらえる? グレーターデーモンだろ!? 悪魔がペット扱いでなんでちょっと嬉しそうなの!?」
「主にお仕えし、管理され、飼育される……ふふっ、最高のご褒美です……」
「重度のフェチに毒されてる!」
中村が頭を抱えて叫ぶ。
当のシャルロッテは頬をほんのり赤らめ、俺の膝にいる毛玉を熱い視線で見つめていた。
「いいな……マスターはすでにお風呂に入れられ、ドライヤーで乾かされ、お腹まで撫で回されている……まさに完全なる所有権の誇示……」
心の声が漏れてるぞ。
「はっ! 失礼いたしました。つい興奮のあまり……」
コホン、とひとつ咳払いをして、シャルロッテは真顔に戻る。切り替えが早い。
「まあ、シャルロッテちゃんの
「失礼な。属性と言ってください」
「置いといて、だ。問題は探索者課への連絡方法だぞ」
「普通に電話すりゃいいんじゃないか?」
「『家にダンジョンが生えて、召喚した悪魔っ娘がペットになりたがってます』って言ってみろ。一発でイタズラ電話判定か、メンタルヘルス相談窓口に回されるぞ」
中村の指摘はもっともだった。現代社会、手続きひとつ受けるにもハードルが高すぎる。
「じゃあどうするんだよ」
「とりあえず『民家でダンジョン化現象を確認、ダンジョン内モンスターは非敵対的で管理下にある』って感じで書類上ごまかすしかねえな。
俺が2級資格持ってるから、第一発見者兼監視役って体裁をとれば通るかもしれん」
「おお、さすが中村。頼りになるな」
「ただし条件がある」
「なんだ?」
中村はビシッとシャルロッテを指差した。
「俺をこのダンジョンの『相談役』として登録しろ! 毎日シャルロッテちゃんに会う権利を寄こせ!」
「「お断りします」」
「ダブル即答!?」
間髪入れずに即断された中村が、本日何度目かわからない床叩きを開始した。
「きゅ~ん」
俺の膝の上で、もふもふが満足そうに一息ついた。
我が家のダンジョン化初日は、まだまだ長くなりそうだ。
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