もふもふをひろったら家がダンジョンになりました   作:一宮 千歳

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4話

翌朝。金曜。

 

昨夜ポテトとシャルロッテには二階の空き部屋を明け渡し、布団をDPで買い、風呂に入らせた後は何事もなく寝た。

中村は居間で寝かせた。こっちもDP布団だ。なお、俺は一階の自分の部屋で寝た。

 

「で、中村。このダンジョンには見ての通り何もない。いや漫画とかはあるが、お前に貸すものはない」

「ひどくね?」

「というわけで帰れ。俺も仕事がある」

「ダンジョンは放置かよ」

「昨日有給取っていきなり仕事辞めるわけにもいかんだろうが!」

「そりゃそうだけどお前社会人ヅラするようになったなあ」

「何目線だよ」

 

とりあえず9時から仕事だ。さっさと追い出す必要がある。

 

「というわけで我が家を出ろ。朝飯は出さんぞ」

「しゃーねーなー」

 

中村はのそのそと帰り支度を始めた。するとシャルロッテがポテトを抱いて起きてくる。

 

「ふわあ……おはようございます……」

「あ、おはようシャルロッテちゃん、ポテト」

「きゅ~ん……」

 

ポテトもシャルロッテの腕の中で目をこすりながら、寝ぼけ眼で小さく鳴いている。

昨日あげたグレーのダボダボなスウェット姿に、乱れた銀髪。いかん、何かが危ない。目をそらす。

 

帰り支度をしていた中村が、いやらしい目でこちらを見てくる。いや、見ていない。シャルロッテにくぎ付けだ。

 

「中村。get out here」

「なんで英語!?」

「強い言葉が必要だった。いいからはよ出ろ」

 

玄関で動かない中村の背中をぺしぺしとたたく。中村は出て行った。

 

「さーて、俺も出る準備をしないと……」

「出る!?私たちを置いてですか!?」

 

シャルロッテが過剰反応してきた。どうどう。

 

「いや、9時~18時で一時的に仕事に行くだけだよ。帰るのは18時半ぐらいだと思うけど」

「さみしすぎます!」

 

そうかー。さみしいかー。

 

「ポテトは?」

「きゅーん……」

 

プルプル震えている。さみしそうだ。

だが断る。

 

「社会的立場というのは重要でな……稼げていても大企業の一員という立場を得られなくなるのは困るんだ……」

「仕方がない、のですね……」

 

しおしおと肩を落とすシャルロッテと、悲しげに「きゅ~……」と前足を伸ばしてくるポテト。この罪悪感、野良猫を拾った翌日の朝並みである。いや、拾ったことないけど。

 

「まあ留守番中に俺の部屋でパソコン使っていいから。アカウントは作っておいた。」

「それならさみしくないです!」

「きゅっ!?」

 

現金だなこの女(シャルロッテ)。ポテトが変わり身の早さにびっくりしてるぞ。

 

「仕事中、電話は通じないと思ってくれ。執務室に持ち込み禁止だからな」

「わかりました。要件があるときは念話しますね」

「あ、そういうファンタジー手段があるのか」

 

なら心配ないかなー、と思っていると、ポテトが前足をてしてしぶつけてきた。

 

「きゅ、きゅう!」

 

なんだー。さみしいかー?あ、朝ごはんか。

 

「そうかそうか、お腹空いたか」

 

俺は冷蔵庫を開け、手早く朝食の準備に取りかかった。

手の込んだ料理は作れないので、食パンにハムとチーズを挟んでポテトとシャルロッテに与える。自分の分も同じものだ。

 

「はいポテト、朝ごはんだぞ」

「きゅ~ん!」

 

- ぴろん -

- マスター【ポテト】が『かんたんサンドイッチ(ハムチーズ)』を摂取しました -

- 変異ツリー:怠惰属性が進歩しました -

 

「え、怠惰なのか」

 

俺が呟くと、シャルロッテがパクッとサンドイッチを口に含み、赤い瞳を輝かせた。

 

「んんっ……! 火を使わずしてこの完成度……文明の生んだ怠惰の極みですね! 美味です!」

「褒められてる気がしない」

 

食べ終えて時計を見る。7時50分。あと三十分は余裕がある。

三十分でこの二匹を置いていく不安が解消されるかというと、厳しい気がする。

 

「あそうだ、昼飯どうする?」

「昨日のカレーの残りをいただいてよいなら、それで」

「そうだな。ご飯も残さず食べといてくれ。夜炊くから」

「承知しました。安心してください。帰ってきましたら、私とマスターが真野様をお迎えいたしますからね」

 

ああ、そうか。これ不安じゃないんだ。期待だ。

家に帰れば迎えてくれる人(モンスター)がいる、という事実を胸に、俺は会社に向かった。ぶろろろろ。

 

----

 

したっぱインフラエンジニアの仕事は楽だ。

geminiを使いたいだの新規Windowsアカウントの作成が必要だのといったこまごまとした依頼をさくさくこなすと、昼を待たずしてすでに新規依頼待ちの暇な時間がやってきた。

まあ、他の同僚はパソコンに向かって忙しそうにしているが。

 

「クッキーを買いました 〇〇くん席後ろに置いてあります みんなで食べてね」

 

slackで飛んできた、優しい上司の気遣いに感謝しつつ、俺はクッキーを貰ってもぐもぐする。

うーん、平和な職場だ。暇なことを除けば。

さらにslackの雑談チャンネルでメンションが飛んできた。

 

「@真野 そういえば昨日の有休、ペット拾ったってどんな子?」

真野:「あー、モンスターでした。毛深いもこもこです」

「モンスター!? 大丈夫なの?」

真野:「まあ敵対的じゃないから大丈夫ですよ。ポテトって名前つけました」

「すごい名前つけたね……」

「種類は?」

真野:「『毛玉』らしいです」

「ド直球で笑う」

「えー、かわいい?」

真野:「かわいいですよ、きゅうきゅう鳴きます」

「zipでください」

真野:「社用携帯ないので」

「あれ、社用携帯なかったっけ」

真野:「まだもらってないですねー 早く正社員になりたい」

「妖怪人間かな?」

 

加速する雑談チャンネル。しかし統括部長の「雑談もいいけど、仕事しなさい」のメッセージが投下され、流れは止まった。

geminiに向かって益体もないことを聞きながら依頼メール到着を待つ。

 

そして、見事に来ねえ。退勤する……前に上司に話を通しとかないとな。

 

「あ、三浦さん、ちょっといいですか」

「なんだい真野さん」

「これから、ペット、というかダンジョン管理でちょくちょく遅刻、午後抜けするかもしれません」

「ええっ。正社員になりたいんじゃなかったのかい」

「うーん。我が家がダンジョンになっちゃったんで。休まないように努力はしますが……」

「ダンジョンに。え、大丈夫なの?」

「平和そのものです。slack見たかもしれませんが、かわいいペットを飼い始めた、ぐらいの気持ちでいます」

「うーん、まあわかったよ。言ってくれれば何とかするね」

 

超・理解のある上司・三浦さんに感謝の意を込めて深々と頭を下げ、俺は定時の18時ジャストに勤怠管理システムで退勤ボタンを押した。これぞホワイト大企業の真骨頂である。まあ給与は安いが。

 

スーパーで夜の食材とポテトへのご褒美にイチゴを買い、お家へ帰る。ぶろろろろ。

ガラガラと玄関を開けると、すさまじい勢いで白い毛玉がすっ飛んできた。

 

「きゅ~! きゅきゅ~ん!」

「おおポテト、寂しかったかー! よしよし!」

 

猛烈な勢いでズボンの裾に頭を擦り付けてくるポテトを抱き上げ、お腹をわしゃわしゃと撫で回す。帰る家がある、迎えてくれる生き物がいるというのは、こんなにも幸福なことなのか。

 

「こんなにうれしいことはない……」

「人類が宇宙に行くのはまだ早いですよ、真野様」

 

シャルロッテがとてとてと現れた。

 

「待て、通じるのか。いつ覚えた」

「昼間、真野様のパソコンで『アニメ 金字塔』と検索して拝見いたしました」

「パソコン初日で検索することがそれ? ワード区切りのAND検索もしっかり使っちゃってまあ」

「今日の私はパソコンすら凌駕する存在だ!」

「二作見たの!?」

「グレーターデーモンをなめないでください!」

「観すぎだろ。どんな集中力してんだ」

 

呆れつつも、俺は買ってきたスーパーの袋から真っ赤なイチゴのパックを取り出した。

 

「ほらポテト、お留守番のご褒美だぞ。イチゴだ」

「きゅ~!」

 

洗ってヘタを取ったイチゴを手のひらに乗せて差し出すと、ポテトは目をキラキラと輝かせ、シャクッと一口でかぶりついた。果汁が口いっぱいに広がり、恍惚とした表情で「きゅ~ん♡」とうっとり鳴いている。

 

- ぴろん -

- マスター【ポテト】が『とちおとめ』を摂取しました -

- 【変異ツリー:甘ーい毛玉(スイーツ属性)】が解放されました -

- スイーツ属性変異可能性の開放により、スイーツ属性家具・アーティファクトの設置が可能になりました -

 

「なんでもありだな」

「可能性の獣ですから」

「……とりあえず新しく解放されたスイーツ属性の家具を見てみるか」

 

俺は空中を指で突いて、【ダンジョン改装】のホログラム画面を開いた。

 

【スイーツ属性】お菓子の家のローテーブル(5DP)

・効果:堅焼きビスケットとアイシングで作られたテーブル。壊されても自動再生する。かじるとほんのり甘い。

 

【スイーツ属性】スフレチーズケーキのクッション(5DP)

・効果:極上の食感を再現したクッション。座った者に強烈な満足感と、血糖値が急上昇したかのような幸福な睡魔を与える。

 

【スイーツ属性】チョコレートファウンテン(5DP)

・効果:甘い香りを周囲に撒き散らし、侵入者の意志力を著しく低下させる。カロリーの恐怖を植え付ける。

 

「……なんか普通においしそうだな」

「太りそうで嫌です」

「じゃあスフレチーズケーキのクッションだけ呼び出すか」

 

- ぴろん -

- 家具が設置されました -

 

居間の真ん中に、直径70センチほどの、こんがりとおいしそうな焼き色がついた、ふっかふかのスフレチーズケーキ型クッションが現れた。

 

「うわ、甘い匂いまでしてくるぞ……」

「真野様、これは……! 視覚と嗅覚の両面から精神を攻撃する、恐るべき精神破壊系トラップですね……!」

「いや、ただのクッションでしょ?」

 

俺が言う間もなく、ポテトが「きゅ~!」と歓声をあげてスフレチーズケーキの上にダイブした。

 

ぽすっ。

 

あまりの弾力と柔らかさに、ポテトの体が沈み込む。

直後、ポテトの目がとろんと濁り、ふにゃふにゃの笑顔になってその場に崩れ落ちた。

 

「きゅ……きゅ~ん……」

「すげえ破壊力」

「わ、私も……」

 

ぽすっ。

シャルロッテの体が沈み込む。ポテトと同じくふにゃふにゃの笑顔になって、寝た。

 

「すぅ……すぅ……」

「……夕飯食ってねえんだけどな……先に風呂の準備するか」

 

風呂の水道をだぼだぼと流し、お湯を適温に調整した。

すると居間の方から「はっ……!?」という情けない悲鳴が聞こえてきた。

 

居間に戻ると、スフレチーズケーキクッションのそばでシャルロッテが顔を真っ赤にして立ち尽くしていた。その横ではポテトが「きゅ~」と満足そうに寝息を立てている。

 

「ま、真野様……! 不覚です……! 帰宅されたばかりの真野様をお迎えする立場でありながら、敵の……いえ、クッションの甘美な精神攻撃に屈して爆睡してしまうとは……! グレーターデーモン失格です……っ!」

「いや、きにしなくていいからね。気持ちよく寝てたなら別にそれで」

 

ポロポロと悔し涙(だと思う、多分)を浮かべるシャルロッテをまあまあと宥めつつ、スーパーで買ってきた豚肉のパックとキャベツをキッチンテーブルに置いた。

 

「とりあえず風呂溜まるまで時間あるし、夕飯作るか。今夜は豚の生姜焼きだ」

「生姜焼き……! それは人間界の至高の肉料理と噂される……!」

「どこでそんな知識仕入れてくるんだよ」

「わたくしの剣捌きを見せます!」

「いや、ふつうに包丁で切ってね?」

 

わちゃわちゃとご飯を作り、実食。

 

「これが……生姜焼き……! 日本で見られるハーブを使って豚を焼く、シンプルにして究極の味です……!」

「生姜ってハーブなのか?」

「きゅん」

 

匂いにつられて起きてきたポテトと一緒にご飯を食べ、風呂に入って寝た。

あー。平和だなあ。




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