――そして迎えた決闘の日。
「お嬢様、おはようございますっ」
「リョーサ、おはよう」
いつもより緊張しているのかリョーサの声が固い。
「朝食はどうされますか?」
「ああ、まだ朝は早い。少し体を動かしてから朝食を摂るよ」
「畏まりました」
俺はさっと練習着に着替えて訓練場に向かった。
「ミラージュお嬢様、おはようございます」
「アシェト、おはよう」
互いに短く挨拶をし、訓練場を走り始めた。昨日一日ゆっくり体を休めていたおかげで筋肉痛も治り、動きやすい。やっぱり適度に休むことも必要なのかもしれないな。
「お嬢様、今日ですね」
「ああ。アシェトは私の後ろで控えておいてくれ」
「もちろんです」
もしもの時の代理としてアシェトを連れていくことになっているからだ。
アシェト自身もその覚悟はしているようでこうして真面目に訓練場へ来て走り込みをしている。
その後、確認するように軽い打ち合いをしてから部屋に戻って朝食を摂った。
淡々と食事をし、騎士服に着替えて玄関ホールにでると、そこには準備したアシェトの姿、父と兄の姿があった。母の姿はない。
「では、父上、兄上、行ってきます」
「ああ、無理をするな。アシェト、無理そうなら変わってやれ」
「畏まりました」
「……死ぬなよ」
兄はそうぽつりと呟いた。
「もちろんです。では、行ってまいります」
「「お嬢様、いってらっしゃいませ」」
こうしてみんなに見守られながら俺は馬車に乗り込んだ。
ここ数日の兄は母とは違い、俺に文句を言うことはなくなってきた。一体どうしたというのだろうか。
学院での決闘は、最近では珍しいらしい。そのため、訓練場を使った授業は休みとなった。もちろん俺のクラスも一日授業がない。
出席は自由だが、俺とスーザン嬢との決闘を一目見ようと、クラスメイト達は全員出席している。
クラスへ入り、挨拶をする。
クラスメイトたちは緊張した面持ちで挨拶を返している。どこか、俺を畏怖しているような感覚さえ覚える。
「おはようございます、スーザン嬢」
「ミラージュ様、おはようございます。早速ですが準備はよろしくて?」
スーザン嬢はいつもの制服とは違い、騎士のような格好に帯剣をしている。
「もちろんです」
「あら、後ろの彼は? 代理ということかしら?」
「いえ、彼は俺の護衛です」
「そう、まあ、どちらでもいいわ。とにかく訓練場へ向かいましょうか」
「そうですね」
スーザン嬢とともに俺は訓練場へと歩いていく。
もちろん彼女の従者やアシェトも後ろを歩いている。その後ろからクラスメイトたちもぞろぞろと付いてきた。その様子が鴨の親子のように見え、笑ってしまいそうになる。
訓練場に着くと、既に学院長と担任が立って待っていたようだ。周りを見渡すと、見物客もぞろぞろとクラスから出てきはじめた。娯楽の少ない毎日だ。暇つぶしに丁度いいということだろうな。
俺たちは先生と一緒に訓練場の中央まで歩いていく。
「学院長先生、フェイン先生おはようございます」
「二人ともおはよう。審判は学院長に勤めてもらうが問題ないか?」
「もちろんです」
「私も構いませんわ」
「ふむ。ならワシが審判を務める。今回の決闘の届け出はミラージュ・アイン子爵令嬢と子爵家の名誉回復と出ていたが合っているか?」
「間違いありません」
「……間違いありません」
「負けた場合はミラージュ・子爵令嬢は学院を退学。スーザン・アジェレード侯爵令嬢はミラージュ嬢への謝罪で間違いないか」
「合っています」
「合っていますわ」
「ではこれから試合を始めるにあたって何か申し開きや伝えたいことはあるか?」
「ありません」
「わたくしもございませんわ」
学院長の確認に二人とも返事をする。
「では、構えろ。どちらかが戦闘不能になるか、意識を失うか、降参と言えばそこで勝負は終わりだ」
フェイン先生の言葉で互いに礼を取り、距離を取った。
互いに剣を鞘から抜き取り、構える。
観客たちの声が私たちの耳に飛び込んでくる。
俺を罵る声、賭けの対象にする声、馬鹿にしたような笑い、応援する声、怒声、様々な音が俺の記憶を呼び覚ます。
―あの時。
死地を潜り抜けたあの時、大地を震わせ響く怒号。
鼓舞するための歌。
乾いた風に熱気を帯びた空気。
滴り落ちる汗。鉄の匂い。
金属のぶつかり合う音。
火薬の臭い。
―俺は願いを叶えるため、全てを自分の糧として生きてきた。
そうだ。
今、俺のやるべきことは一つ。
大きく息を吐き、目の前の敵に集中する。
「こちらからいくわ」
彼女はそう言うと、右足で踏み込み、前に出た。
―カシャンッ。
俺はすぐに体勢を変え、彼女の剣を受け止めた。それが合図となり、彼女の連撃が繰り出される。
一撃はアシェトより軽いが、繰り出される攻撃のスピードは格段に速い。
鈍色に輝く刀身は頬や腕を掠め、血が滲む。
「チッ」
―連撃を受け続ければ体力の消耗が著しい。だが相手は息一つ切らしていない。
「あら、耐える事しかできなくて?」
彼女は反撃してこない俺に余裕を見せ始めた。
俺は、負けない。
あの時の誓いを、忘れてはいない。
ここはまだ通過点にも届いていない。
右、左と繰り返す連撃の最後を見極める。彼女と力の差はあまりないが、スピードは彼女の方が上だ。だが、彼女自身も騎士として毎日訓練はしていないようだ。身体の動きにぶれが生じている。
―カシャン。
金属がせめぎ合う。
今だ。
俺は彼女の剣先を柄に引っ掛け、くるりと払った。
―カラン、カラン。
剣が落ちた衝撃でふわりと砂埃が舞う。
「あっ……」
彼女の目が開かれた。
その瞬間を見逃さない。
俺はグッと右足を強く踏み込み、左足で腹部に強く蹴りを入れた。
「カハッ」
彼女は腹部を抑え、よろけた。
その隙に俺は彼女の剣を蹴り飛ばし、自分の剣を彼女の首元へと向けた。
「……降参、よ」
その瞬間、怒号が歓声に変わった。
「勝者、ミラージュ・アイン子爵令嬢!!」
学院長の声に歓声がさらに大きくなった。
「大丈夫ですか」
俺はスーザン嬢に手を差し伸べた。
「これくらい平気よ」
彼女は強気な口調でそう答えた。
「ミラージュ様。貴女、強いのね……」
彼女は差し出された俺の手を取り、立ち上がった。
「そうですね、俺は強い。けれど、貴女も強かった。俺は君と戦えたことを誇りに思います」
「……」
彼女は視線を下げ、小さく言葉を口にしたけれど、その言葉は歓声にかき消された。
「さて、決闘はミラージュ嬢が勝った。スーザン嬢、ミラージュ嬢に謝罪を」
学院長は彼女に謝罪を促した。
再び静まり返る会場。
彼女は先ほどとは違い、真剣な表情で騎士の礼を取った。
「ミラージュ・アイン子爵令嬢様、ミラージュ様や子爵家を侮辱し、本当に申し訳ございませんでした」
「謝罪を受け入れます」
俺の言葉に会場は再び歓声が沸き上がった。
「スーザンお嬢様、大丈夫でしょうか」
「爺や、今日はもう帰るわ。支度してちょうだい」
スーザン嬢は居心地の悪さに耐えかねたようで駆け寄ってきた執事を連れて訓練場を去っていってしまった。
「ミラージュ嬢、よく頑張ったな! 私は感動した!」
フェイン先生は目を真っ赤にし、両手で俺の手を掴んだ。
「あ、はい」
驚きながら返事をすると、会場の端から大声を上げて駆け寄ってくる人が視界の端に映り込んだ。
「ミラージュお嬢さまーっ!」
「リョーサ! 来ていたのか」
「もちろんですよ! 良かったですっ。本当によかったですっ! うわーん」
「リョーサ!?」
俺がおろおろしていると、アシェトも傍にやってきた。
「ミラージュお嬢様、お疲れさまでした」
「アシェト、お疲れ様。手伝ってくれてありがとう。お前のおかげで勝つことができたよ」
「俺は何にもしていませんよ。お嬢様の実力です」
「そう言われると、嬉しいな」
俺はアシェトの言葉にふっと笑みを浮かべた。
「お嬢様は凄かったですよ! 私、感動しましたっ!」
「リョーサ、そんなに泣いたら目が零れ落ちてしまうぞ」
「だって、だって……。うわーん」
ミラージュの代わりにリョーサはまた泣きはじめた。
やれやれと俺はリョーサの頭を撫でる。今までのミラージュの苦しみを知った上で彼女は泣いているのだ。
「さあ、とりあえず、子爵家へ戻りましょうか」
「そうだな。フェイン先生、学院長。決闘を見届けていただいてありがとうございました。これだけの騒ぎですし、今日はもう家に戻ります」
「ああ、そうだな。君の今後を期待している」
俺は二人に挨拶をしてからリョーサたちを連れて邸へと戻った。