こうして訓練場へと向かい、俺たち四人はいつものように男子生徒の後ろについて走り始めた。俺が来た当初は馬鹿にしたり、罵ったりしていたけれど、スーザン嬢が入った途端に雰囲気がガラリと変わった。マルナ嬢もソフィア嬢もその様子に驚いてはいたが、口には出さないようだ。
「お前らー。これから二人組を作れー。打ち合いを始める」
先生の言葉に各々二人組を作り始める。
「さて、どうしようかしら」
スーザン嬢はそう言うと、ソフィア嬢もマルナ嬢もスーザン嬢のことを気にしてはいるが、声を掛けづらそうにしている。
「ソフィア嬢、俺と打ち合いをしないか? いつも同じだし、たまには変わった方がいいだろう」
「そうですね。ミラージュ様、よろしくお願いします」
「ではマルナ様、よろしくお願いしますわ」
「スーザン様、わ、私こそよろしくお願いします」
こうしてソフィア嬢とマルナ嬢はいつもとは違う相手で打ち合いを始めた。
俺はいつもあぶれていたから他の男子生徒や素振りをしていたけれど、今日は初めてソフィア嬢と打ち合いをすることになった。
「では、いきます」
ソフィア嬢はそう言って木剣を振るってきた。もちろん俺も彼女の攻撃を受け止め、反撃をする。
―カンッ、カンッ、カンッ。
乾いた音が周りからも聞こえてくる。
彼女の剣筋は真っ直ぐでとても読みやすい。実直な性格なのだろう。騎士の試験では通りそうな気もするが、入団後に苦労しそうだ。
俺はそう考えながら打っているのに彼女は気づいたようで、焦りが出てきたのか剣筋がぶれ始めた。
「ソフィア嬢、集中しないと、ほら」
俺は注意を促すように木剣を薙ぎ払う。すると、彼女は驚いて動きを止めてしまった。
「大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
「ソフィア嬢の剣はあまり変化がないな」
「いつもマルナ様としか打ち合いをしてこなかったから、それに甘んじてしまっていたのかもしれません」
彼女はそう言いながら木剣を構え直した。
「ふうん。ソフィア嬢も王宮騎士になる予定なんだろう?」
「はい」
「なら、適度に相手を変えた方がいいな。騎士は男ばかりだからたまには彼らにも声をかけて打ち合いしたほうがソフィア嬢の成長につながる」
「そう、ですね……」
俺が思っていたことをスーザン嬢も感じていたようだ。彼女もマルナ嬢の手元に攻撃を入れ、マルナ嬢は木剣を地面に落としていた。
「あら、この程度で王宮騎士を目指しておりますの? 弱い騎士なんて要らないわ。お家へ帰ってはいかがかしら」
「す、すみませんっ」
スーザン嬢は厳しい口調で話をしているが、間違ってはいない。彼女の雰囲気も相まってマルナ嬢は涙を流しはじめた。
「こんなことで泣くなんて、弱すぎるわ! それでも貴女は騎士を目指しているのかしら!?」
憤慨するスーザン嬢と泣いているマルナ嬢の間に入り、俺は声を掛けた。
「まあまあ、二人とも落ち着いて。マルナ嬢、泣くことはないさ。今まで女の子は二人しかいなかったんだし、ずっと二人だけでやってきたんだ。気づけなくて当然だ。むしろ今、気づいて良かったじゃないか。今からまた頑張ればいい。そうですよね? スーザン嬢」
スーザン嬢は腕を組みながら当然とばかりに頷いている。
「もちろんですわ。二人とも、今までのような温いやり方では受かりませんわ。これから王宮騎士になるために、ビシバシ行きますわよ!」
「は、はいっ!!」
きっとスーザン嬢は叱咤激励するつもりで言った言葉なのだろうと理解はしているが、爵位があり、彼女の持つ雰囲気も相まってマルナ嬢には怖く感じたのだろう。
もしかしたらミラージュもそうだったのかもしれないな。
マルナ嬢の涙は止まり、そこから切り替えたのか、今までとは違い、より一層真剣に取り組み始めた。
隣で見ていたソフィア嬢も同じだ。授業が終わるまでの間、彼女たちはより一層真剣に取り組んだ。
「今日はここまでだ!」
先生の言葉に各々打ち合いを止めて教室へと戻り始めている。
「「ミラージュ様、スーザン様。今日はありがとうございました!」」
「俺は何もしていないさ」
「私も本当のことを言ったまでですわ。私の足を引っ張らないようにこれからもっともっと頑張って下さいまし」
「「はいっ!」」
二人は爽やかな笑顔を浮かべ、汗を拭きながら走ってクラスへと戻っていった。
「では、スーザン嬢。俺たちもクラスへ戻りましょうか」
「そうですわね」
俺は手を差し出すと、彼女は当たり前のように手を重ねて歩き始めた。
俺たちが教室に戻ると、他の科の人たちも挨拶をして帰るところだった。
「では、皆さま。ごきげんよう」
「「スーザン様、みなさま、ごきげんよう」」
みんなが笑顔で挨拶をしている。以前は考えられないほどの変わりようだ。スーザン嬢も侍女が迎えに来ていて挨拶をして帰っていった。
……さて俺も帰るか。
こうして邸に戻った俺は家に戻ってからも地道にアシェトと訓練に励む。朝起きて走り込み、学院へ行って勉強。午後はまた訓練。毎日が忙しく過ぎていった。
俺の体力も付き、そこそこ動けるようになったそんなある日、いつものように訓練場で訓練をした後、アシェトが声を掛けてきた。
「ミラージュお嬢様、明日からの長期休みを利用してツァルダの剣術を使う老人に会いに行く準備はできていますか」
アシェトは明日のことを聞いてきた。
「もちろんだ。楽しみにしていたんだ。俺の体力がついてきて、十分に動けるようになってきたしな」
「俺と初めて打ち合いした時も驚きましたが、今のお嬢様にも驚きっぱなしですよ。どれだけ体力お化けなんですかっ。持久戦に持ち込まれたら殆どの者は敵わないんじゃないですか?」
アシェトは木剣を仕舞いながら話をしている。
確かに俺もそう感じている。ミラージュの身体に移った頃は非力な女の子という印象だったが、体力づくりや剣の練習をしていくうちに、過去の自分よりも早いペースで力が付いている。
王宮騎士になるには最低でも数年はかかると思っていたんだが、この短期間に彼女の身体は出来上がった。
これは彼女の持つ体質なのだろう。俺がこの身体を貰い受けて本当に良かった。これなら俺の望みを叶えることができそうだ。
「自分でも驚いているくらいだ。これからもっと強くなるんじゃないか」
「お嬢様がこれ以上強くなったら国一番の騎士になるんじゃないですかね」
「それならいいが。まあ、まずはツァルダの剣術を使う老人に会って許可を取らないとな」
「ご老人には連絡を取ってありますので明日、直接行っても問題ありません」
「楽しみだ」
俺とアシェトがそう話をしていると、リョーサは心配そうに聞いてきた。
「旦那様は許可なさいましたが、奥様は怒っていたし。お嬢様、気を付けてくださいね」
「……面倒だな。母は一体何を考えているんだか」
決闘後から父は何も言わなくなった。元々私には関心がなかったが。母は相変わらずだ。
俺を自分の都合のいいように動かしたいが、見るだけで感情を逆撫でされている気分になるのだろう。
小言ばかりが口を突いて出てくる。一度、無視し続けて放っておいたら、案の定、彼女は怒り出し、手を挙げてきた。が、俺に腕を掴まれた。
俺が母の腕を掴み微笑んだことで恐怖を覚えたようだ。それ以来、彼女は直接手を下すことはしなくなった。
兄はというと、不思議なことに不満を顔には出しているけれど、何かを言うわけでもない。
以前のように母と一緒になって文句を言ってくることもない。
俺の婚約者殿は相変わらずだ。学院内で男爵令嬢を腕にぶら下げて文句を言いに来ていたが、最近は分が悪いと思ったのかクラスには来なくなっている。
婚約者としての務めである月一度のお茶会すらない状態だ。このまま放置をしておきたい。そもそも俺は男に興味はない。王宮騎士の試験に受かれば婚約破棄の大義名分になる。
もし、受からなかったらそれこそ伯爵夫人コースまっしぐらだが、あいつは婚約者としての最低限の礼儀もないからな。目撃者も多数いるし、婚約を白紙にしても何ら問題ない。
さて、そろそろ寝るか。明日が楽しみだ。