――そうして迎えた長期休みの日。
「お嬢様っ。馬車の準備ができましたっ」
「リョーサ、ありがとう。では行こうか」
「はいっ!」
俺はリョーサとアシェトを連れて村へと向かった。
王都の近くの村とはいえ、一時間はかかっただろうか。幸いなことに街道が通っていて、スムーズに村まで到着した。
「ミラージュ様、たしかこっちです」
アシェトの案内で件の老人の家に向かう。俺の記憶ではツァルダ家はここの村に縁もゆかりもない。会ったこともない子孫に会うのは不思議な気分だ。
「ご老人、いるかい?」
アシェトが一軒の家の扉をノックすると中から返事が聞こえてきた。
扉から出てきたのは背筋の真っ直ぐ伸びた白髪の老人だった。その姿は祖父の姿にそっくりだった。ああ、彼はやっぱり俺の家族の血を分けた子孫なのだろう。
老人は笑顔で家の中へと案内してくれた。
「ご老人、突然の訪問を許して欲しい。俺の名はミラージュ・アインだ。よろしく」
「おやおや、こんな小さな村に貴族のお嬢さんがどうしたんでしょうか?」
老人は私の姿を見て優しい顔で話をする。
「ご老人。名前はなんていうんだ?」
「私の名はオイヴァ」
「家族は?」
「私一人です。子供は一人おりましたが、流行り病で妻と共に旅立ちました。まあ、立ち話もなんですからどうぞ座って下さい」
老人はそう言ってテーブルを指さした。
私が席に座ると、彼はお茶を出した。
「オイヴァ。君はいつから平民なんだ?」
「たしか祖父は元貴族だったと聞いておりますが、国が変わる時に祖父は命からがらこの村に逃げてきたと言っておりました」
……祖父か。
「祖父の名前を教えて欲しいんだが」
老人は俺の言葉に不思議そうにしながらも「クレンティ」という名前を口にした。
「……そうか。クレンティが」
俺は幼かった弟の顔を思い浮かべた。
―兄上、かっこいい! 兄上、僕もいつかは兄上のようになりたい。兄上―
幼い頃のクレンティはやんちゃでいつも木の棒を振り回し、動物を追いかけ遊んでいた。俺の剣の練習をみるクレンティは純粋で教えるととても嬉しそうにしていたんだ。
俺が言葉に詰まっていると、後ろにいたリョーサがオイヴァに声を掛けた。
「クレンティという方はどんな方だったんですか?」
「私が幼い頃に亡くなりました。ただ、祖父はいつも『誇り高き我がツァルダ家は戦争と共に全てを失ったが、この剣術だけは残った。この剣術だけは伝えていかねばならん』と口癖のように言っていた。だが、それも私の代で終わりを迎えますがね」
「……そう、か」
弟は俺の代わりに頑張ってくれていたんだな。
「今でも剣術を?」
「ええ。健康のためにもちょうどいいですから」
俺はその言葉を聞いて立ち上がった。
「オイヴァ、手合わせをしてほしい」
「ミラージュ様が? 本当に大丈夫ですかな?」
「全く問題ないさ」
するとオイヴァは立ち上がり、剣を取りだした。よく見ると、ツヴァイ家の紋章が刻まれている。大切に使われてきたのだろう。
俺はオイヴァと共に家の外へ出て裏の庭までやってきた。
「本当によいのですか?」
「ああ、頼む」
俺がそう言うと、オイヴァは構えを取った。その姿は本当に祖父にそっくりだ。
俺も剣を抜き、構える。
懐かしい。
俺も祖父からこの剣を習った。
強かった祖父。
俺の自慢だったな。
―カシャン。
オイヴァの攻撃に懐かしさを感じながら剣を受け止める。
剣と剣が交わり、力の押し合いになる。
オイヴァはぐっと力で剣を押し、足を上げる。俺はそれを見越し、右足を上げ、蹴りをガードする。
「!!」
オイヴァはその動きに驚いたようだ。
「こちらからもいくぞ」
俺はそう言って後ろへ一歩下がった後、ぐっと聞き足を踏み込み左下から上へと切り上げる。そのまま連撃を加えていく。
―カシャン、カシャン、カシャン。
金属の甲高い音が何度も響く。
俺が一歩踏み込めば、オイヴァは一歩下がる。
同じようにオイヴァも踏み込んでくるが、今度は俺が下がる。
オイヴァも気づいたようだ。楽しそうに笑顔で技を繰り出してくる。
―カシャン、カシャン。
互いを確認するように打ち合う。
そして同時に剣を降ろした。
「ミラージュ様、なぜ貴女はツァルダの剣を?」
「俺は、ツァルダ家の再興を誓い、こうして戻ってきた。クレンティは俺の弟だ。オイヴァ、今までこの剣を守ってくれていてありがとう。あとは俺が引き継ぐよ」
俺はそう言って剣を仕舞うと、今度はオイヴァが口に手を当て、目を真っ赤にしている。
「ミラージュ様っ!?」
リョーサが慌てたように声を掛けてきたが、俺はそれを制止する。
「いいさ、リョーサ。俺は別に隠していないんだし」
「ミラージュお嬢様、どういうことなんですか? 俺、聞いてないですよ!?」
これにはアシェトも驚いたようだ。
「ああ、確かにそうだった。リョーサしか知らないことだから。まあ、オイヴァ、家に戻るとしようか」
「そうですな」
俺たちはまたオイヴァの家に戻り、また話をする。
「ミラージュ様は祖父を弟と言っていましたが、詳しい話を聞いてもいいですか?」
オイヴァは真面目な顔をして向かいに座り、聞いてきた。
「もちろんさ。俺の名はロイド・ツァルダ。ツァルダ家の長男だった。父の名はアスワド。母の名はエリサ。次男のカイン、三男のイース、四男のクレンティが俺の家族だ。ツァルダ家は元々王宮騎士を輩出する公爵家だったんだが、隣国との戦争を起こそうとしている王家を父が諫めたんだ。
そこで王の怒りを買い、戦争賛成派の貴族たちにより、父は失脚し、伯爵位まで降格した。
いつも父は戦いに身を置いていたからこその判断だったし、父は一番、争いごとを嫌っていた。国王は諫める父に嫌気が差し、王宮騎士団長の任も解いたのさ。
ツァルダ家の剣術は今のアジェレード家のように国で教えている主流の剣術だったんだが、父が王宮を去るのと同時に別の剣術が国で取り入れられるようになった。
ちょうどその頃から隣国との戦争がはじまり、戦争を反対した我が家は他家から迫害を受けるようになった。
我が家は迫害から逃げるように領地の端に追いやられたんだが、俺はずっと納得がいかなかった。父は立派な騎士だった。間違っていない。今でもそう思っている。だから父に誓いを立てた。俺が必ずこの家の再興を誓うと。
そうして俺は一人王都へ出向き、王宮騎士になって第六騎士団長まで上り詰めた。この頃はもう隣国との戦争は激しさを増していたのを覚えている。平民たちの食糧も枯渇し始め、配給を行うまでになっていた。そんな中、俺は戦場に立ち、あの湖で命を落とした」
オイヴァは顎を触りながら何かを考えている。信じがたい話ではあだろう。
俺だって信じられないしな。
「……なぜロイド様はミラージュ様になったのですか?」
「ああ、それは」
一瞬俺はためらった。ミラージュは自死を選んで湖に身を投げたことを話すべきかどうか。
「ミラージュお嬢様の身体の中でロイド様と話し合い、疲れたお嬢様の代わりにロイド様がこうして動いてくれているのです」
「なるほど。生まれ変わりということですかな? 『なんらかのきっかけで前世の記憶が呼び起される』という話を占い師の婆さんが昔していたのですよ。あり得ないと思っていたんですが」
オイヴァは不思議そうにしながらも俺の話を素直に受け入れているようだ。
俺は生まれ変わりではないんだが、そこは黙っておいた方がいいだろう。
「オイヴァは俺の話が嘘だと思わないのか?」
「祖父や父から聞かされていた家族の話、戦争での話がロイド様の語る話と同じでしたからな。全く、不思議なもんです。……だが、私はホッとしました。ツァルダ家の剣術は私の代で終わりだと思っていましたから。貴女がこうしてツァルダ家の剣術を使い、再興するために動いている。私はそれだけで十分です」
「俺は、ツァルダ家の再興を誓っている。この剣術が使える者がいることを知って本当に嬉しかった。私以外使える者がいないと思っていたから」
俺はそう言うと、オイヴァはふっと笑みを溢し、お茶を飲んだ。
「そうだ、忘れていました」
彼はそう言って立ち上がると、戸棚の引き出しを開け、ガサゴソと探っている。
「ミラージュ様、どうぞ受け取って下さい」
そう言ってオイヴァは机の上に一つのカフスを置いた。
「……これは」
俺は手のひらにカフスを乗せ、ジッと眺めたあと、グッと握る。
「これは祖父から貰ったもの。祖父は家を出る時、物を持ち出すことは出来なかったらしいんです。咄嗟に壁にかけてあった兄の騎士服に付いていたカフスボタンを持ってきたと言っていました」
「確かに、これは私が父から王宮騎士になった祝いに貰った家紋の入ったカフスだ。これをもらってもいいのか?」
「ええ、もちろん。私には使う場面などこないですし、お返しします」
「分かった。……オイヴァ、俺は必ずツァルダ家の再興させてみせる」
「私も陰ながら応援しております」
俺はそう言ってカフスをポケットに仕舞う。
「お嬢様、そろそろお戻りになる時間ですよ」
「そうか。オイヴァ、生きていてくれてありがとう」
俺の言葉にオイヴァの目は赤くなっている。
オイヴァはずっと一人でどうにかしようと戦っていたのかもしれない。
平民になった弟は苦労し、それをオイヴァは幼少期より見ていたに違いない。
俺は彼の思いも引継ぎ、より強く思う。
こうして俺は気持ちを新たに邸へと戻っていった。
【完】
初めて本格的な戦闘描写、男性主人公。自身の勉強のためにハメ匿杯に参加し、初めてハーメルンに投稿しました。
お見苦しい点も多々あったと思いますが、続けることができて本当に嬉しかったです。
この経験を生かして頑張っていきます!
この物語の続きも書いていきたい…とは思いつつ、結果振るわず。(汗)
最後までお読みいただいた方、本当にありがとうございました!
もし、よければっっ。今後の参考にしたいので評価や感想をいただけると嬉しいです><;
宜しくお願いします。