「お嬢様っ! 大丈夫ですか!?」
「問題ない。少し休めば大丈夫だから」
身体の力が抜け、俺は膝を突いてしまった。リョーサは慌てて駆け寄ってきた。
か弱いな。
自分が思うよりも彼女の身体は悲鳴を上げていたようだ。
ロイドとしての感覚で動くと、まだ彼女の身体はもたないな。
昨日よりも身体や記憶の定着は進んではいるが、まだ違和感が残っている。しっかりと馴染みきればそれもなくなるだろう。
少しの間、休憩を取り、その後は自室に戻って生成りのシャツとズボンを穿いて食堂へと向かった。
家族の朝は遅いらしい。
俺は一人、先に朝食を摂っていると、父が食堂へと入ってきた。
「父上、おはようございます」
「……」
父は無言で席に着いた。俺という存在が見えていないのかもしれない。
「……」
「……」
まあいいさ。
俺は黙々と食事を続け、父は黙って食事が運ばれてくるのを待っている。
「……お前というやつは」
沈黙に耐えかねたのか、眉間に皺を寄せた父が口を開いた。
「なんでしょう?」
「昨日のことを謝りもしないのか」
「昨日のこと、ですか? 謝る理由などありましたか?」
俺はそう言いながら食後のデザートを食べ始める。
「ラウリは確かに言い過ぎだ。だが、お前も言い方があっただろう。それに、まだその格好をしているのか。なぜ令嬢としての格好をしないんだ」
「俺はずっと我慢してきた。兄だからと何を言ってもいいわけではありませんよ。今まで兄を思い、俺が言い返さなかっただけです。それにこの格好ですが、気に入っております。ああ、父上。昨日、髪を切られたことで目が覚めました。弱い自分では他の貴族に舐められますから。これからは自分らしく、強くあろうと思っています」
「……強く、か」
「はい。この際ですから父上にはお話をしておきますが、俺はこれから王宮騎士を目指します」
俺はデザートを食べ終え、父に宣言するように話す。
「はっ? 何を唐突に言い出すかと思えば。今から騎士を目指すには遅い。我が家は騎士の家系ではないんだぞ。剣を握ったこともないお前が騎士になるなど無理に決まっている!」
「やってみなければわかりませんよ? それに今のままではまた髪を切られかねませんから」
「……お前は跡取りでもない。好きにすればいい。だが、我が家に迷惑はかけるな」
「ありがとうございます」
言質は取れた。好きにすればいいと。俺はその言葉を聞いてから立ち上がった。
「では父上。俺は学院へ行ってきます」
「ミラージュ、せめて人前では私と言うんだ」
「わかりました。父上」
そう言って食堂を後にした。
「リョーサ、ちゃんと聞いていたかな?」
「もちろんですよ! お嬢様」
自室に戻り、俺はリョーサに確認すると、リョーサは自信満々で応えた。
「なら、今日から学院へ騎士服で行っても問題ないだろう」
「もちろん、ばっちりです!」
昨日、リョーサは他の侍女と共に夜なべしてラウリの制服を私の背格好に合わせてくれていた。
兄は騎士科に所属していたにも拘わらず、やせ型でシャツも細身に作られている。
ミラージュも細身ではあるけれど、胸はある方なのでサイズはちょうどいい。
袖のカフスを留めていると、リョーサは俺の姿をジッと見つめていた。
「リョーサ、どうした?」
「いえ、今までとは違った雰囲気で、とても美しい女騎士に見えます。男装の麗人という感じでしょうか。ずっと見ていたくなりますっ」
「そうか?」
そんなもんなのか。女の基準がよく分からないが、俺が彼女に向かって微笑むと、リョーサは顔を真っ赤にしている。
見た目が変わったからか?
それともオドオドしなくなった分、良い印象に変わってきているのかもしれないな。
「お嬢様、いってらっしゃいませっ」
「ああ、行ってくる」
俺はそれ以上追求することはせず、リョーサに笑顔で見送られ、馬車に乗り込んだ。
「おい、あれ、誰だ?」
「わからない」
「あんな騎士いたっけ?」
「知らないな」
学院前で馬車を降りた俺は早速みんなから視線を集めてしまったようだ。
生徒たちは俺をチラチラ見ては話をしている。
俺は周囲からの様々な視線に笑顔を向けながら職員室へと向かった。
「フェイン先生、おはようございます」
「……は!? ミ、ミラージュ嬢? その格好は? という前にその髪はどうしたんだ」
「昨日、とあるご令嬢に切られました。先生、お願いがあります」
「それは災難だったな……ところで、お願いとは?」
「騎士科の転科手続きをお願いします」
「き、騎士科!? なぜ、突然そうなったんだ? 家の方はどうするんだ? あ、いや、その前に色々と聞きたいが……」
フェイン先生は昨日とは全く違う姿の俺を見て、驚いて言葉が出ないようだ。
「父からは好きにしてかまわないと言われました」
「そうか。いや、だが、二年生の今から騎士科に入って君はついていけるのか?」
「今はまだ体力はないですが、これから体力を付けるので問題ありませんよ」
「君が剣術を嗜んでいたとは知らなかった。そう言ってくれればよかったのに」
「そうですね。機会があれば今度は言うようにしますよ」
「……手続きはしておく。家に書類は送っておくから。明日からの専科の授業にでるつもりなのか?」
「ええ、そのつもりです」
「分かった。そのあたりは私の方から他の職員へ知らせておく」
「ありがとうございます」
騎士科への転科の話を終えたし、問題ないだろう。
平民であれば騎士科や侍女科に進むためには試験が必要になるが、貴族は試験が免除されている。幼少期から教育がされているためだ。
俺は職員室を出てようやくクラスに入った。
「おい、あれは誰だ?」
「えっ? もしかしてミラージュじゃない?」
「まさか? なんで来たの? よく来れたわね」
クラスメイトは騒いではいるが、直接、俺に話し掛けようとはしてこない。大方そんな勇気なんてないだろうが。
授業開始まであとわずか、か。怠いな。そう思っていた矢先、一人の令嬢が話しかけてきた。
スーザン嬢だ。
彼女は取り巻き二人を連れて私の前にやってきた。
「あらあら、その髪でよくこれたものね。令嬢として恥ずかしくないのかしら。ここはエリート貴族だけが許されているSクラスなのよ? お前みたいな平民紛いの女は立ち去るべきだわ。こんな平民女がいるアイン家は平民一家なのね。大した資産もない弱小平民子爵家ね! アハハハ」
「……」
面倒だな。相手が男なら殴り倒せばそれで済むが、令嬢相手ではそうもいかない。
さて、どうしようか。
「何とか言いなさいよ。それとも何? 怖くて震えているの?」
彼女は鼻で笑いながら話をすると、後ろの取り巻きも一緒になって笑い始めた。
「私は君のようなは勇ましい令嬢も嫌いじゃない」
俺はそう言いながら彼女の前に立った。
彼女の身長は高い方だとは思ってはいたが、こうして改めてみると、俺の方が少し高いようだ。
今までミルロアがおどおどして猫背になっていたせいかそれほど身長差を感じていなかったせいもあるだろう。
「なっ、なによ!」
彼女はそう言って持っていた扇子で俺を叩こうとしたが、俺は扇子を手で受け止め、笑顔を返す。
「髪が短ければ平民なのか? なら国のために戦い、髪を切り落とした女騎士は平民になるのか? 病で髪を切らねばならなかった令嬢はみんな平民に落とされる? 残念だが、私は国を守る、家族を守る、ためなら髪の一つや二つ気にしない」
俺はそう言った後、真面目な顔をして話を続ける。
「俺を、我が家を、これ以上侮辱するというのなら決闘を申し込むしかなくなるが、それでもいいのか?」
それまでクラスメイトたちは俺を見て笑っていたけれど、決闘という言葉を聞き、一瞬にして静まり返った。