「け、決闘ですって? 本気なの? 貴女は頭がおかしくなってしまったのかしら」
スーザン嬢は一瞬怯んだが、顔を真っ赤にして怒りだした。
取り巻きの令嬢たちは彷徨わせ、お互いどうすべきか対応に困っているようだ。周りは好奇の目で俺たちを見始めている。
「俺はいたって本気ですよ。君は俺が気に入らないんですよね? なら受けるべきだと思いますが」
彼女は掴まれた扇子を引っ張っり、自分に引き寄せた後、扇子を俺に向かって力強く投げた。
「いいわ。決闘を受けてあげる。その代わり、貴女が負ければ学院を辞めてもらうわ。買った場合、どうしようかしら……。そうね、負ければ、私が髪を切り落とせばいいかしら?」
スーザン嬢は卑下た笑みを浮かべながら話をする。俺は扇子を拾い上げた。
「可愛いスーザン嬢が負けた場合は……そうだな、謝罪をするだけでいいさ」
「はあっ!? どういうことかしら? 私を馬鹿にしているの? これでも我が家は王宮騎士を輩出している名家なのよ!?」
「王宮騎士を輩出する名家の令嬢が決闘を受ける意味は、分かっているんだろう?」
俺が顎に手を当て、ちらりと彼女を見ると、彼女は固まった。
「わ、私を慮ってくださっているのかしら!? ……まあ、いいわ。いつ頃にしましょうか」
「私はいつでも構わない。なんなら今でも」
彼女は顎に手を当て少し考えた後、口を開いた。
「なら、一週間後の授業の後、訓練場で決闘を行いましょう」
「分かった」
そう返事をした時、先生がやってきた。
「さあ、授業に入る。なんだ、お前たち。どうしたんだ? 早く席に着け」
先生の言葉に生徒たちは黙って席に着いた。俺も席に着いて教科書を鞄から取り出した。
ボロボロになった教科書。
インクの滲んだノート。
彼女はどんな思いをしていたのだろう。
俺は彼女の記憶をなぞる様に静かに授業を受けた。
学院の授業は基本的に三時間だけだ。午後は倶楽部に所属している生徒は倶楽部の活動をする。ミラージュは淑女科で倶楽部にも入っていなかった。
友人という友人もおらず、一人で過ごしている時間が多かったように思える。
二時間目の授業が終わった時、ふわふわの赤い髪の毛を揺らしながらクラスに入ってきたのはミラージュの婚約者であるアントル・ナサリオ伯爵子息だった。
「ミラージュ! 一体どういうことだ!」
左腕にはマリア・ジェンスナー男爵令嬢を引き下げている。
ミラージュはどうしてこんな男を許してきたのだろうか。
俺が言うのもなんだが、もしもこんな男が俺の兄弟だったなら即刻叩き切っていただろうな。
「アントル殿、何か御用ですか?」
「一体どういうことかと聞いている! お前、アジェレード侯爵令嬢に決闘を申し込んだと聞いた。それがどういうことか分かっているのか! 謝れ、今すぐに!」
「ああ、決闘のことでしたか。それがどうかしましたか?」
「お前、分かっていないようだな! お前が決闘で負けたらお前は家から貴族籍を抜かれるだろう! そうすれば俺の婚約はなくなるじゃないか」
この男は。
俺の耳元でギャンギャンと煩いな。
弱い犬ほどよく騒ぐ。
まず、婚約者が目の前にいるというのに、その腕に引っさげた女をどうにかしろと言いたいが。
「無理して私の婚約者でいなくとも、アントル殿の好きな女を嫁に迎えればよいかと。そこのご令嬢はそう望んでいるようですが」
俺の言葉にハッと我に返り、バツが悪そうにマリア嬢の手を解いた。
クラスメイトも面白そうにこちらに視線を向け、小さな声で話をしている。
「と、ともかく! 決闘などやめろ! いいか、すぐに謝罪だ!」
全く……。
面倒なことばかり続く。ミラージュの苦労が察せられるな。
「謝罪の必要などありませんよ。誰であろうと侮辱されたら怒るのは当たり前ですから。爵位を盾に好き勝手する貴族は貴族の風上にもおけない。泣き寝入りすれば、全てをなかったことにされる。人を侮辱することは何があっても許されない。それ相応の覚悟を持っての行動ですよ。お分かりいただけたなら教室へ戻っていただけますか」
俺に言い返されたことが余程驚いたのか、彼は口をハクハクさせている。
「だがっ!!」
彼が俺に言い返そうとした時、スーザン嬢がこちらへやってきた。
「先ほどから見ていましたが、アントル様。これは私とミラージュ様の決闘です。お互いに納得した上ですわ。それ以上口を出すのであれば、ナサリオ伯爵家に抗議を出さねばなりません」
「!! い、いや、邪魔したわけではないんだ。アジェレード侯爵令嬢、そ、その、すまなかった」
アントル殿はバツが悪そうにスーザン嬢に謝罪をしている。そしてこちらをキッと睨みつけてきた。
「ミラージュ! 俺は、お前を止めたからな!! 何があってもお前のせいだからな」
彼はそう吐き捨てるように言ってマリア嬢と一緒に教室へと戻っていった。
「……大変ね」
「スーザン嬢、助けてくれてありがとう」
「……」
スーザン嬢は何か言おうとしていたが、そのまま席に戻っていった。
授業も始まり、ふうと大きく息を吐いて、俺は先生の話をノートに書き取っていく。
ミラージュは嫌がらせを受けながらも授業はしっかりと聞いていたようだ。教師からの質問に問題なく答えられている。
Sクラスに所属していて、授業も十分についていけている。
彼女は優秀なのだろう。
授業が終わり、黙々と教科書を鞄に仕舞った。
決闘を申し込んで以降、誰からも文句も意地悪もされることはなかった。それほど決闘は神聖で重いものだからだろう。好奇な視線だけは煩かったが。
いつものように馬車に乗り込み帰宅した後、着替えて訓練場で練習を始めた。
俺は怠惰な方だが、さすがに令嬢の体力では騎士にはなれないからな。
昨日、今日で体力が付くはずもなく、すぐに息が上がってくる。
ああ、怠い、辛い、逃げたい。
俺が本格的に訓練を始めた頃、いつもそんな考えで一杯だった。
……懐かしい記憶だ。
だけど、ある日を境に俺は変わった。
戦場に初めて送り込まれた日。俺は目の前で仲間の死を目の当たりにした。
人は簡単に死ぬ。
怠惰な自分では目的を果たす前に確実に死ぬ。
今を生き抜くためには歯を食いしばり、動くしかない。
こんなことで弱音を吐くな。
苦しい思いなど過ぎ去れば、一瞬だ。
自分を叱咤激励しながら息が上がるまで走り、そのまま木剣でハング・ポストに剣を当て、型を身体に覚えこませていく。
繰り返し行うことで魂と身体の違和感が無くなってくる。そして俺の記憶の中の感覚に身体が徐々に付いてくるようになってきた。
「……これなら問題ないな」
「ミラージュお嬢様、もうすぐ夕食の時間です」
「もうそんな時間か。すぐに戻る」
リョーサはタオルを持って立ってくれている。俺は練習を止め、ハング・ポストや木剣を片付けていく。
「お嬢様、とってもかっこよかったです!」
「リョーサに褒められると、疲れも吹っ飛ぶな」
「ミラージュお嬢様ったら……」
リョーサは笑顔でタオルを渡してくれる。俺は汗を拭きながら部屋へと戻った。
「お嬢様、湯あみの準備もできております」
「気が利くな。すぐに入るよ」
俺は汗と埃で汚れた服を脱ぎ捨て、ぽちゃりとバスタブに浸かった。
「お嬢様、お湯加減はいかがですか?」
「ちょうどいいな」
香油の香りが懐かしく思えた。
ミラージュはユリの香りが好きだったようだ。ほんの小さな感覚でしかないが、身体が喜んでいるのを感じる。
―コンコンコン。
「入れ」
「ミラージュお嬢様、旦那様がお呼びです」
どうやら父の従者が私を呼びに来たようだ。
「分かった。すぐに向かうと伝えてくれ」
「畏まりました」
従者はさっとバスルームを出て行った。
「仕方がない。出るか……」
ぽたりと垂れたしずくを拭き、シャツの袖を通し、ボタンを留めていく。
「髪の毛はどうされますか?」
「髪はこのままでかまわない」
そうは言ったが、リョーサは束ねてある髪の水分を取るように優しく拭いている。
髪が乾くには時間が掛かるだろう。
俺は湿った髪のままで父のいる執務室へと向かった。