「お嬢様……降参です」
「はあ、はあ、はあ……。少し休むか」
二人で訓練場の隅に置かれた椅子に座り、休憩を取った。静かに待機していたリョーサはすぐに水を渡してくれる。
「リョーサ、気が利くな。ありがとう」
「いえ! これくらいのことしかできませんから」
「リョーサ、俺にも水を」
「アシェトさんはあっちに置いてありますから自分で勝手に飲んで下さい」
「冷たいな!」
「冷たくなんてありませんよ。全てにおいてミラージュ様を優先しているだけですから」
「あーあ、やっだねえ。そんな冷たいリョーサを見てミラージュ様は悲しんでいるぞ」
「ミラージュ様はそんなことでは思わないですよ。ねー?」
二人のやりとりに思わず笑みが零れる。
「二人とも仲良しなんだな」
気軽な仲間同士の会話。いつぶりだろうか。この何気ないやりとりに心が緩む。
「そういえばお嬢様、明後日の決闘をするのにアジェレード家の騎士と戦ったことはあるのですか」
「ない。そもそも剣を持ったのも数日前だからなあ」
「はあっ!!? 本当に? 数日前でそんなに強いんですかっ!? おかしいですよ。俺なんて二十数年やってもこれだっていうのに」
アシェトは口を尖らせ、文句を言っている。
「アシェトはアジェレード家の剣を知っているのか?」
「ええ、学生の頃に。アジェレード家の坊ちゃんと仲良くさせてもらっていたんで」
「アシェトから見てどうなんだ?」
「んー。強いといえば強いです。この国のいくつかある流派のうちの一つで正統派の剣技でしょうね。基礎をただひたすら積み上げていく。同じ動きをただひたすら身体に覚えさせていくんです。俺も基礎は習いましたよ」
「そうか。なら試しにやってみてくれ」
「わかりました」
休憩もそこそこに俺たちは立ちあがり、木剣を持って訓練場の中央に歩いていく。
「覚えてるかなあ、俺。武者修行の旅で色んな剣術を学んだから混ざっているんですよね」
「確かに混ざってはいるな。けれど、その臨機応変な剣術は戦闘において有利に働くだろ?」
「ははっ。そうですね。ではいきますよ」
彼はそう言って剣を構えた。
―ザッ。
地面を踏み込む足音。彼は大きく踏み込んできた。
初手は振り上げからくるのか。
俺はアシェトの動きを確認しながら剣で受け止める。アシェトも動きを教えるように力は入っていない。
―カンッ、カンッ、カンッ。
打ち合いを続けていくうちに思い出してくる。
ああ、これはヴェルケの動きだ。確か敵国の騎士団の副官だった男だ。そこから広まったのかもしれない。きっと王族に上手く取り入って公爵になり、名も変えたのかもしれないな。
打ち合いをしながらつらつらと過去の記憶が浮かんでは消え、動きを思い出していく。
―カラン、カラン。
アシェトの剣が弾かれ、地面へと転がった。
「ミラージュ様……?」
「うんうん。アシェト、ありがとう。大まかな動きはわかった」
「……お嬢様が恐ろしい」
「何、冗談を言っているんだか」
「冗談じゃないですがっ!?」
「アシェト、さ、構えろ」
「!!?」
俺の言葉にアシェトはさっと木剣を拾い上げ、再び構え直した。
「では、今度はこちらからいく」
俺はそう言って左足を強く踏み込み、突くように剣を前に出した。
「!!」
彼は頭を左に躱し、咄嗟に鍔で私の剣を止める。
そのまま私は足で蹴り上げた。
男の脚力なら相当なダメージを負っていたかもしれないが、今はか弱い令嬢だ。
まだましだろう。
「グハッ」
彼は前かがみになりながらも木剣を落とすことはなかった。
素晴らしいな。木剣を落とせばその場で終わりだったが。
反対にそうすることができないほどの脚力しか俺は持ち合わせていないということだ。
柄に掛けられた木剣を引き抜いて再び攻撃に転じるが、そう易々とやられてはくれないらしい。
アシェトもすぐに体勢を持ち直し、剣を振り上げている。
「うおぉぉぉ!」
アシェトも本気を出し、斬りかかってきた。
―カンッ。
木と木がぶつかり合い、乾いた音が響く。
「チッ。やはり腕力では勝てそうにないな」
―カンッ、カンッ、カンッ、カンッ。
「ハア、ハア、ハア……」
まずい。体力が限界だ。打ち合いをすればするほど体力が削られていく。
連続でくるアシェトの攻撃に膝を突いた。
「……俺の負けだ」
「ミラージュお嬢様、今日はこの辺にしましょうか。お手をどうぞ」
アシェトは手を差し出した。
「ああ、すまない」
「お嬢さまー! 大丈夫ですか?」
私が手を借りて立ち上がり、パンパンと膝の砂を払っていると、リョーサが私を心配して走ってきた。
「リョーサ、心配してくれてありがとう。これくらい問題ないさ。それより湯あみの準備をしてくれると助かるんだが」
「は、はいっ。ミラージュお嬢様、やっぱりお嬢様が一番格好良いですっ」
「リョーサのお眼鏡に叶ってよかったよ」
アシェトは木剣をしまいながら話し掛けてきた。
「ミラージュお嬢様。私から見たところ、体力の無さが一番問題かと思われますが、お嬢様は力にこだわらず、スピードを重視した方がよいように思います。そこに気を付ければ何も問題ないように思えますが」
「スピード、か。そうだね。アシェト、教えてくれてありがとう」
「ささ、急ぎましょう。アシェトさん、では」
俺はリョーサに押されるように邸に戻っていった。
自室に戻り、湯あみの準備が出来るまでの間、少し体をほぐしておく。明日は軽く身体を動かすだけにしておかないとな。
「ミラージュお嬢様、湯あみの準備ができました」
「リョーサ、ありがとう」
部屋に入り、シャツを脱ぐ。
「お嬢様、腕に痣が……」
「本当だ。気づいていなかった」
「アシェトさんめ! お嬢様の柔肌に傷をつけるなんて。あとで果実水を持っていくのを忘れてやるんだから」
リョーサの言葉にふっと笑った。やっぱり二人はなんだかんだと仲がいい。
「お嬢様、身体を洗いますか?」
「いや、自分で洗うから大丈夫」
「分かりました」
俺は湯舟から腕を出し、確認する。
……うん。いくつか痣になっている。
それにしてもミラージュは白く細い腕をしているな。男の腕とはやはり違う。どこまでこの身体は筋肉が付くのだろう。
「お嬢様、本日の夕食ですが、『旦那様が一緒に摂るように』と」
「わかった」
せっかく気分良く風呂に入っていたのに。それにしても父は子供には関心がないだけでまだ真面そうだが、母と兄は酷いもんだ。ギャーギャーと煩いやつらだ。
俺は風呂場を出て身体を拭く。リョーサは何も言わず、俺の髪を丁寧に拭いてくれている。
夕食の時間になり、気を重くしながら部屋を出た。
コツ、コツと革靴の音が鳴り響いでいる。
食堂の扉を開けると、いつものように両親と兄が揃って座っている姿が見えた。