レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
なだらかな稜線をローバーの分厚い車輪が踏み崩す。赤褐色の乾いた大地に突然巨大な建造物が現れた。
「あれがネストか……」
高さおよそ20メートルのずんぐりとした丸みを帯びた鉄塔である。カイが初めて目にしたテレアントの鉄塔が5メートルにも満たなかったことを考えれば、あまりにも大きい。
しかし車窓に額をつけてまじまじと眺める彼に、伴走する"コバルトレイン"から先輩風を吹かせた声が届く。
「一応言っておくけど、あれは第13地点ネストの外縁部だよ。本丸はもっと向こうにあるんだからね」
事前のブリーフィングでも聞かされていた情報を思い出す。ダレス荒野は22の地域に分割され、それぞれに主要なネストがひとつ存在する。広大無辺な土地を占有するだけあって、それぞれのネストの規模も非常に大きい。
第13地点のネストを構成するスラッグは、数十万規模という概算も共有されていた。
目の前に聳える尖塔はあくまで見張り台なのだ。領土の辺縁に建てられた無数の監視施設の一つであり、国境を跨ぐ侵入者に目を光らせている。
「今から回収しようとしてるランナーは、ここからもう30分ほど走ったところにある。けれどあの塔に近づけば、いつどこから襲われてもおかしくないわ」
車列はアメリとカイの乗る指揮車両を中心に据える形で陣形を作り、"コバルトレイン"が先頭に立つ。敵地へと踏み入った瞬間から、周囲の空気が一変したのを青年も肌で感じた。
「ポイント-13以外にも言えるけど、大規模ネストは前みたいにテレアント単体で構成されてるわけじゃないの。色々な種類のスラッグがお互いに役割を持って、組織的な行動をしているように見える。だから、群れが大きくなればなるほど、その厄介さは爆発的に増していく」
「まあ最初は蜂か鳥に気を付けろ。そいつらに見つかったら、すぐに警備員が駆けつけてくるからな」
初めての実戦参加ということもあり、アメリや荷台のディーロが細やかに説明を施す。カイもそれに耳を傾けながら、乾いた大地を見渡した。
部隊は警戒態勢のまま鉄塔の横をすり抜け、奥へと進む。境界を越えた瞬間にスラッグの群れに襲われることも予想していたカイにとっては少々拍子抜けだった。異音が聞こえてくることもなく、ローバーのエンジン音だけが低くくぐもって大地に響く。
「し――」
静かだな、とカイが思わず呟きかけたその時。
「蜂だ!」
「銃を構えろ!」
指揮車両の右前方から声が上がる。咄嗟に青年が目を向けると、上空5メートルほどの高さを飛翔する黒い粒が見えた。
「"キャプチャービー"の集団を発見。十五匹。こちらへ直進中!」
「見つかってるわね。迎撃準備!」
胡椒の粒のようにしか見えなかったものが、瞬く間に近づいてくる。体長80cmほどとかなり小さい金属製の蜂である。薄い翅を敏捷に動かし、ジジジジジと不快な音を発している。
何より異彩を放つのは、通常は針が存在する尻の先端に、五つの爪が円型に並んだ歪な手があることだった。
「外に出るなよ。あれに掴まれたら人間の首は捩じ切れるぜ!」
背筋の凍るような忠告を放ち、ディーロが荷台に据えられた機関銃の引き金を引いた。周囲の車両からも次々と弾丸が撃ち出され、静寂は強引に破られる。投網のように勢いよく投げられた鉄の雨が、鉄蜂の集団に降り注ぐ。
金属同士が衝突する甲高い音と火花が散る。だが、撃墜には至らずキャプチャービーの集団は薄く広がった。
「小物はやりにくいんだよね。はああっ!」
群れの中から逸脱した一匹を、ランナーの前脚が叩き潰す。主砲を使うまでもない相手だが、単純に小さくすばしっこいという特性はランナーには不得手であった。
「硬い殻にこもってる癖に蜂に刺されて死んだらお笑い種だぜユーリ! わははははっ!」
逆に手慣れた様子で迎撃を行うのはディーロ率いる歩兵部隊の面々である。ローバーに取り付けた機関銃で群れを分断し、はぐれたものを強烈な狙撃で次々と撃ち落としていく。お互いの役割をそれぞれが完璧にこなし、ひとつの狩猟者として機能しているようだった。
豪快でデリカシーの欠片も歩兵部隊の隊員たちだが、こと戦闘となるとその目付きは変わる。瞬く間に"キャプチャービー"の群れは壊滅してしまった。
「すごい……。ディーロたちって強いんだな」
「伊達に地獄で生き残ってるわけじゃねえからな。この程度で死んでるようじゃ、弾除けにもならねえよ」
ものの数十秒で戦闘は幕を下ろし、再び静寂が戻る。
カイが感激して荷台を見上げると、金髪の戦士は得意げに鼻を鳴らした。
「油断しないの。働き蜂が来たってことは、すぐに兵隊も出てくるわよ」
「わぁってるよ。カイ、こっからが本番だぜ」
戦闘は終わったが、周囲は緊張感を保っている。特に主力を務めるユーリはすでに巡航モードを解除し、いつでも走り出せるように身構えていた。
"キャプチャービー"は鉄屑を探し集め、ネストへと集める役割を持った小型スラッグである。数が多く獰猛で好戦的だが、強いわけではない。問題となるのは彼らが目となり、侵入者の存在を認知し周囲に報せるところにある。スラッグは環境構築ナノマシンの暴走によって生まれた機械生命体だ。彼らはネットワークを構築し、相互に通信を行う。"テレアント"などはそれに特化した種であり、ハブ個体によって広域にそのネットワークを広げることができる。
そして、"キャプチャービー"は機能喪失時にアラートを発する。
「来たぞ、"キャリッジスレーター"だ!」
赤砂を押し除け、巨岩を破砕しながらこちらへやってくる巨大な何か。もうもうと舞い上がる砂塵に包まれ正体は定かではないが、明らかにこれまでとは様子が異なる。
歩兵部隊は装填を終え、架台に銃を載せる。ユーリの駆る"コバルトレイン"が鋭い脚先を大地に突き刺して主砲を旋回させる。
「一発でぶち抜いてあげるよ!」
躊躇なく、電磁砲の青い閃光。敵との距離500メートルを刹那に貫き、砂塵の向こうの影へと衝突する。
だが、着弾の瞬間青い尾を引く高密度エネルギー凝集弾は硬い壁に弾かれ明後日の方向に吹き飛んでいった。
「節穴め!」
「下手くそ!」
「水鉄砲で遊んでるんじゃねえぞ!」
途端に周囲の歩兵たちから非難轟々が突き上がる。
「うるっさい! そこまで言うなら君らがやれよ!」
ユーリも負けじとそれに返し、罵詈雑言が飛び交う。
そんななかでカイは前を見つめていた。ランナーの主砲さえも弾く分厚い装甲で身を固めた、巨大な甲虫。無数の短い脚を小刻みに動かし這うようにこちらへ迫る姿は重戦車のよう。
その背中から、次々と無数のキャトルビーが飛び出してくる。
「あれは厄介よ。なんとか倒さないと、いくらでも敵が湧いてくるわ」
アメリの言葉通り、前方には瞬く間に機械蜂の黒い靄が広がり始めていた。