レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
斜面に伏せて稜線の下に身を隠しながら、双眼鏡が前方を見据える。ランナーの救難信号を追って移動した一行は、第13地区ネストの中枢と言うべき巨大な構築物に辿り着いていた。
ファクトリー。部隊内で共有される通称の通り、それは大規模な生産工場だ。金属資源をかき集め、それを元に新たなスラッグが生み出される、増殖のための基盤。カイが見たのは、歪な蟻塚のような形をした背の高い建造物だった。
キャリッジスレーターがモゾモゾと無数の足を動かしながら蟻塚の下部に開かれた穴の中へと入っていく姿が見える。その周囲には赤い鎌を下げたブレイズエッジマンティスが何匹も集まって周囲を警戒している。ネストが巨大化するほどにスラッグは社会的な行動を洗練させていく。ダレス荒野の中でも有数の巨大ネストであるポイント-13の厄介さが、その警備網にも現れている。
「これは、日を改めた方がいいんじゃないですか?」
砂の熱に辟易としながら双眼鏡を覗いていたバリが、現実的な提案を述べる。今回の機体回収任務で想定されていた状況から、現実が乖離している。ネストの基盤とも言えるファクトリーを襲撃するとなれば、あまりにも人員が足りない。一度拠点に戻り、人員と装備を増強したうえで作戦を練り直し、改めて攻勢を仕掛けるのが妥当だ。
しかし、アメリは難しい表情で沈黙していた。彼女の明晰な頭脳が、何かを天秤にかけている。
「ランナーのコクピットとエンジンが運び込まれたのはかなり最近のことよ。まだファクトリーの辺縁部に置かれてる可能性は高い」
「そうは言っても、敵の本陣ですよ!?」
放棄地点には脚が残されていた。キャリッジスレーターでも一度では運ぶことができず、分割されたとアメリは考えたようだった。ならば先に運ばれたコクピットも、まだ手が届く場所に置かれているかもしれない。何より、今も救難信号を発し続けている。
そんな考えを披露した後で、アメリはもう一つの理由を続ける。
「ランナーにはスラッグ避けの忌避剤が塗装されてるわ。それなのに機体が分割されて持ち帰られた。この理由をはっきりさせないと、今後が苦しくなる」
ランナーだけではない。忌避剤は基地の防御陣地にも使用され、スラッグの侵入を阻んでいる。仮にそれを無力化する手法をスラッグたちが確立していたり、忌避剤の効かない種類が誕生していた場合、〈鉄喰らう狼〉への脅威となり得る。
状況は逼迫していると指揮官は判断していた。
「なにもファクトリーをぶち壊そうってんじゃねえ。ちょっと覗いて、盗まれたブツを取り返すだけさ」
既にやる気に満ち溢れた獰猛な笑みを浮かべているディーロ。斜面の下方では、コバルトレインが機体を暖めて待っている。
「制限時間を1時間に設定するわ。それまでに帰還できなかった場合、すぐに退却する」
「わ、分かりましたよう」
アメリの目に覚悟の光が宿っている。それを見たバリは引き下がる他なかった。
すぐに人員の選定が行われ、バリと歩兵4名を残して、それ以外が潜入班になった。
「カイ君も行くんですか?」
「俺のランナーになるんだろ。後ろで指咥えて待ってるわけにはいかない。それにハルが何か役に立つかもしれないからな」
『マスターから離れる行動にはプロテクトがかかっております。何度も解除を試みたのですが、お姉様の技術力には遠く及ばず……』
潜入班の中には青年も加わっている。アメリたちも当然難色を示したが、本人の強い希望だ。自身の実力よりも、汎用支援AIの性能を売り込んだ。
「自分の身くらいは守れるさ。訓練は受けてきてる」
入隊から今日までの数日、一通りの戦闘訓練はディーロから受けている。それで十分であるはずもないが、カイは腰に吊ったハンドガンをぽんと叩いて見せた。
「安心しな、カイは俺が守ってやる」
「当然。救護優先度は私と同等と考えてちょうだい」
「心配ならコバルトレインのコクピットに来てもいいよ。ちょ、ちょっと狭いけど。ふへっ」
無論、潜入班の他の面々はカイに銃の引き金を引かせるつもりはない。ランナーを回収してそのパイロットを失うなど、本末転倒もいいところである。何よりも彼にかっこいいところを見せたい。
露骨にやる気を漲らせる面々を見渡して、バリはため息をつく。彼ひとりで士気が爆増するのならば、むしろ安全かもしれなかった。
「ではお気をつけて。ローバーは私たちが守ります」
「頼んだわよ」
留守を守るバリと他4名に見送られながら、アメリが出撃を発する。カイたちは早速、赤錆の砂丘の斜面を滑るように降りはじめた。
「まずは手前の岩陰まで行くぞ。着いてこい!」
「おう」
先頭を走るのはディーロ。歴戦の彼女が道筋を見出し、突き進んでいく。
ファクトリーの周囲にはブレイズエッジマンティスが集まり、うろうろと徘徊している。幸い彼らはそこまで目が良くないようで、ある程度の近距離まで近づかなければ勘付かれることもない。
「音には敏感だから、気を付けてね」
岩陰へと転がり込むようにして一度止まる。アメリがカイを抱き寄せ、周囲を見渡す。
「キャプチャービーは基本的にキャリッジスレーターの中にいるから心配しなくていいけど、鳥に見つからないように」
「鳥?」
先ほどの交戦前にもディーロが警戒を促していた。
カイは思わず赤く焼けた空を見上げて影を探すも、それらしいものは見当たらない。
「飛行型スラッグはあんまり数はいないけど厄介よ。常に警戒していてもいいわ」
「分かった。気をつける」
カイはまだ、対スラッグ戦闘が身に染み付いていない。実戦の中、ディーロたちの動きを見て、アメリの声に耳を傾け、情報を蓄積していく。全てはこの過酷な世界で生き残るため。生き残って、生き延びるためである。
遮蔽物から遮蔽物へと渡りながら、少しずつファクトリーの入口へ距離を詰めていく。だが、当然のことながら近づくほどにスラッグに見つかるリスクも跳ね上がっていく。
そしてついに、どう動いてもブレイズエッジマンティスに出会うほどの距離にまで迫ってしまった。
「誘導する。バリの奴がいいもの持ってたんだ」
にやりと不敵に口角を上げるディーロの手に手榴弾があった。彼女の大きな手のひらと比べるとブドウほどにも見えてしまうが、リンゴほどはある。
「なんだそれ……?」
「カイを拾った時にも活躍した奴さ」
ディーロはピンを引き抜く。
次の瞬間、剛腕が唸り、閃光弾が高く遠く投げられた。ディーロの筋肉は爆発的なエネルギーを炸裂させ、投石機の威力を発揮していた。バリ特製の閃光弾が、立て続けに白い閃光と爆音を轟かせた。
「走れ!」
声に合わせて、一同は勢いよく駆け出す。目指すはファクトリーの入口。そこには、光と音でセンサーを麻痺させた巨躯のカマキリが立っている。混乱しながらも異常を察知した彼らは、熱刃を乱暴に振り回す。狙いは付いていないが、掠れば致命傷だ。
「止まるな、行け行け行けぇえ!」
ディーロが叫ぶ。
直後、青い光の矢が進路上のブレイズエッジマンティスを貫いた。
「道は開けてあげる! さっさと行くよ!」
遮蔽物に隠れることのできなかったコバルトレインが、砂丘の向こうから主砲を現していた。再充填を始めながら、鉄脚を動かして駆け降りてくる。その速度は人の足の比ではない。
間もなく追いつく頼もしい鉄蜘蛛と共に、カイたちはファクトリーの中へと飛び込んだ。