レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜   作:ベニサンゴ

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第2話「落ちてきた青年」

 威嚇するように鋼鉄の顎を鳴らす大型の蟻を、大口径の弾丸が貫く。ぐしゃりとリンゴが爆ぜるように頭部を失った機械生命体がゆっくりと倒れ、直後の飛び込んできたローバーの強靭な車輪が徹底的に粉砕する。

 歪な鉄塔に群がる金属製の昆虫たちは、次々と踏み荒らされていく。

 

「ひゃははははっ! いいぜえ! いい気味だ! まだ柔らかい奴らばっかだな。面白いくらい潰れるぜ!」

「使い放題とは言ったけど無駄撃ちは承知しないわよ。弾数以上は殺しなさい!」

「俺様をなんだと思ってんだ。エースの力を見せてやるさ!」

 

 激しく揺れるローバーの中で、指揮官アメリは天井にぶつけないよう頭を庇いながら叫ぶ。いくらベルトをキツくして体を押さえつけていても、縦横無尽に動き回るこの状況では焼け石に水だった。更にそこに、規格外の大型機関砲の凄まじい反動まで伝わってくる。車内はミキサーもかくやという混沌へと成り果てていた。

 地上を蚕食する意志なき機械生命体。スラッグと蔑まれる昆虫に似た姿の鉄屑を、ローバーの荷台に陣取るディーロが次々と粉砕していく。分厚いバンパーを装着した車体そのものも効果的な兵器となり、群れを蹂躙していった。

 

「バリ、ポッドは追えてる?」

「もちろん! もうすぐ地上に落ちますよ!」

 

 ハンドルにしがみつくようにして叫ぶ運転手は薄ら笑いを浮かべていた。脳内快楽物質が垂れ流されているようだ。メガネの奥の瞳を小刻みに動かし、四方八方から襲いかかってくる敵を轢き殺しながら、空を落ちてくる白い粒にも気を配る。

 しかし次第に車両に殺到する蟻の密度は増し。装甲に鋭い爪が突き立てられる。

 

「どりゃああっ!」

 

 ディーロは荷台へ登ろうとする不届者を太い足で蹴り飛ばし、背後に迫る別の蟻を架台から持ち上げた機関砲の束ねたバレルで殴り落とす。

 

「ちょっと、敵陣ど真ん中で止まらないでしょうね?」

「お任せあれ!」

 

 多勢に無勢のなか、ローバーは徐々に動きを鈍らせる。窓を突き破らんと鉄脚を叩きつけてくる蟻に顔を顰めるアメリに、バリは平然として応えた。

 

「耳と目は塞いでくださいね!」

「ぎゃあっ!?」

 

 警告の途中、車輪の隙間から何かが転がり落ちる。目を焼く閃光と甲高い音が周囲に拡散し、群がる機械生命体を衝撃が押しのける。ついでに警告を聞きそびれたディーロの目も焼いて耳を潰したが。

 

「ちょっと、ただの閃光弾じゃないわね!?」

「試作品ですよ。ちょうど試したかったんだ。そら、ディーロ、あっちにデカブツがいますよ!」

 

 非難の声を突き上げる指揮官を意図的に受け流し、バリはキラキラと輝く瞳で荷台に呼びかける。

 

「かあああっ! クッソ、てめえ後で覚えとけよ!」

 

 味方を巻き込むことに一切の躊躇を持たない人でなしに怒りを爆発させながら、筋骨隆々の戦士はその激情を敵へと向ける。鉄塔の半ばに登り、こちらを見下ろす一際大きな蟻がいた。体長は三メートルに迫ろうか、重量も相応だろう。組み上げた鉄骨が軋み、曲がり、不穏な悲鳴をあげている。

 ディーロは己の側頭部を強く殴り、脳を揺らす。制御されたシステムは不調を検知し、即座にリブートを開始。ショートした神経は再び接続され、視界に補正が入る。高倍率の鮮明な映像を取り戻し、照準を定める。

 

「鉄屑風情がお山の大将気取りやがって。頭が高けえんだよ!」

 

 憤怒を孕んだ一発が、吸い込まれるように蟻の胸部へと迫る。反応の暇さえ与えずそれは薄い装甲を突き破り、内部に固着していた結晶を破壊する。緋色の破片が周囲に飛び散り、鮮血の飛沫のようだ。

 血の通わぬ乾いた躯体は千切れ飛び、残された脚はバラバラと落ちていく。

 

「ネットワークハブ個体の撃破を確認! よし、あとはただのガラクタばっかり!」

 

 快哉を叫ぶバリ。車両に取り付いていた蟻たちは目の光を失い、弛緩していた。再びエンジンを唸らせるローバーは群れの包囲網を食い破り、その勢いのまま鉄塔に正面から衝突する。

 

「きゃあああっ!? (罵倒)! この馬鹿、何考えてるの!」

「ネストも潰さなきゃあまた湧いてきますよ。やるなら徹底的に、でしょう?」

「最優先事項を忘れてないでしょうね! ローバーが壊れたらあなたが直すのよ!」

 

 ゆっくりと倒れ、崩れゆく鉄塔を背にローバーは赤砂の上を駆け抜ける。荒々しい車輪の痕を刻みながら向かう先には、半分ほど砂に埋もれて突き刺さる白いポッドがあった。

 

「ウチの車両がこの程度で壊れるかってんですよ。それよりもほら、いよいよご対面ですからね。ちゃんと服装整えてますか?」

「タンクトップ一枚の奴に言われたくないわ。ディーロ、残党は任せたわよ!」

「あいよー」

 

 機関砲を担いだ巨躯は車両後方へと姿勢を転換させる。司令個体を喪失したとはいえ、蟻はまだ無数に湧いてくる。ローバーを追いかけてくる雑兵を散らすのも、面倒だが必要なことだ。

 断続的に銃声を鳴らしながら砂の斜面を滑り落ちたローバーは、ついに人員運搬用ポッドへと横付けされる。

 

「ふぅ。せめて弾代が無駄にならない程度に使える奴ならいいんだけど」

 

 悠然と下車したアメリは、白煙を燻らせる銀色のポッドへ対面する。滑らかな流線型には傷ひとつなく、冷却機構も正常に作動している。おそらく、内部にフレッシュなミンチが用意されているというサプライズもないだろう。

 現地駐留部隊の最上位権限者が手首のバンド型認証キーを筐体表面にかざすと、電子ロックが解錠される。気密が解かれ、プシュと緊張感のない音と共に冷気が流れ出す。しかし、灼熱の砂漠ではアメリの肌に届く前に、それも霧散してしまう。

 ゆっくりと鉄の棺の蓋が開かれ、内部があらわになる。

 

「なっ」

 

 それを見たアメリは、細く整った眉を跳ね上げた。青い瞳に混乱が浮かぶ。鉄蟻の群れへ突っ込んだ時でさえ微動だにしなかった彼女が動揺していた。

 

「どうしたんですか、大佐」

 

 不穏を察したバリも運転席から降りてくる。ディーロも最後の一匹を撃ち殺し、やってきた。

 

「これって……」

「おいおい。送り先の住所でも間違えてないかい?」

 

 絶句するバリ。ディーロも首を傾げる。

 宇宙の冷気と共に落ちてきたのは、漆黒の髪と白い肌の人間だ。しかしその体格は、ディーロは当然のこと、小柄なはずのバリよりも更に頼りない。触れれば折れてしまいそうな腕に、すらりとした脚。平坦で肋の浮いた胸。

 

「男がどうしてこんなところに」

 

 部下たちの言葉を代弁し、目をすがめるアメリ。その視線の先で、青年は静かに眠っていた。

 人類が宇宙へ進出して数世紀。各分野の技術発展は著しく、その過程で女性は文明の主導権を奪取した。今や男性とは星間国家の主要都市のみで厳重に守られるだけの繊細な貴重品であり、決して鉄錆に覆われた辺境惑星に落とされるものではないはずだった。

 2.4mを誇る筋骨隆々の戦士ディーロも、分厚い大胸筋の上に豊かな脂肪を載せた女性ではある。痩せぎすと言われる非戦闘員のバリもまた、その体格は男と比べれば十分に勝る。生来の美貌を持ちながら、それを向ける異性を知らぬアメリも当然のこと。

 女ばかりの部隊暮らしに染まり切った三人は、誰一人として動けなかった。目の前の異常な存在に、どう動くべきか判断がつかなかったのだ。

 そうして沈黙がしばらく続いた、その先で。

 

「……う、ぐ」

 

 気温45℃の熱に晒されつづけた青年が苦悶の声と共に瞼を開いた。

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