レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
第13地区ネストの深層を目指す大規模作戦の決行は二週間後に設定された。〈鉄喰らう狼〉の大部分を動員する大掛かりな作戦である以上、これでもかなりの無茶を押し通した形である。
「この程度でへばってるようじゃ深層でやってけねえぞ! オラ、さっさと立って走りやがれ!」
「ぜぇ、ぜえ……。死ぬ、作戦前に死んじゃう……っ!」
各所各部隊がそれぞれに準備を押し進めるなか、カイの所属する第一機甲隊は練度向上のためのトレーニングに身を費やしていた。屈強な女軍人たちが地面に身を投げ出して死屍累々の惨状が広がるなか、誰よりも重量を多くして先頭を走り続けていたディーロの喝が飛ぶ。
どうにか立っているのは数人だけで、その中にはユーリがいる。エースの名にかけて、気合いだけでなんとか立っていた。なおカイに至っては最初の50km走で力尽きている。
「やっぱり凄いな、ユーリたちは」
『マスターとは身体構造レベルで違います。あまり比べすぎるのも良くないでしょう』
「そうは言ってもお情けで第一機甲部隊に入れさせてもらってるんだ。追いつけるくらいは鍛えないと」
鉛のように重たい体を恨めしく思い、青年は唇を噛み締める。
〈鉄喰らう狼〉の機甲部隊は第一から第七まで。それが序列となっているわけではないが、やはりユーリというエースを抱えるこの部隊には誇りが感じられた。彼女の推薦だけで配属されたカイにとっては、気後れしてしまう。
『ランナーパイロットならば身体能力の違いは微差であると、"お姉様"も仰っていましたよ』
「確かにその面はあるだろうけどな」
カイがランナーを求めたのは、そこならば彼女たちと同じ土俵に立てると理解していたからだ。必要なのは判断力と観察力。鋼鉄の騎兵に乗ることで、身体的格差は乗り越えられる。
「でもやっぱり、こんなところでへばってる訳にはいかないだろ。――よし、行ってくる!」
『マスター……。弊機も応援しておりま――マスター!?』
気合いを入れて立ち上がるカイを、ハルは感激の様子で見る。だが、おもむろに彼が服の裾を捲り上げた瞬間、その精密な思考回路に情報が輻輳した。
後方の彼をチラチラと見ていたユーリたちも、ハルの絶叫に思わず振り返る。
「カイ!? な、ななな何やってんの!?」
ユーリが顔を真っ赤にして絶叫する。両掌で顔を覆いながら、わずかに開いた指の隙間から瞳孔を完全に開いた青い目が覗いていた。
「何って……暑いから脱いだだけだが?」
「男の子がなんて格好してるの!」
存分に汗を吸った軍服はじっとりと濡れて重たい。せめて少しでも軽くしようという青年の思いつきだった。
しかし、ユーリたち第一機甲部隊の面々は赤面しながらも真っ直ぐに彼を見つめ、ディーロはゲラゲラと大笑いしている。
『マスター! 破廉恥なことはおやめください! 何度もレクチャーしたでしょう。二千年前とは文化が違うのです!』
きょとんとするカイの身体を衆目から遮るようにビュンビュンと飛び回りながらハルが叫ぶ。
「流石に下半身は脱がないさ。これくらいなら問題ないだろ?」
『大アリです! 女が胸を出すのとは訳が違うんですよ!?』
「ええ……」
カイも入隊前に一通り現代の文化規範は教え込まれている。しかし、まさか汗を拭うために服を脱いだ程度でここまで言われるとは思いもしなかった。ハルに追い立てられるようにまだ汗まみれの軍服を着ると、ユーリたちがどこかほっとしたような、それでいて残念そうな顔をする。
「俺からしてみれば、ユーリたちがそんなに肌を晒してる方が恥ずかしいんだけどな」
「ぼ、僕!? そんなに変な格好してないと思うけど」
200kgを超える装備を背負って長距離を走り抜いたユーリや他の隊員たちは、早々に重りを捨てて身を解放していた。通気性が良いとはいえ、ぴったりと肌に張り付く薄いパイロットスーツは、彼女たちの凹凸と曲線豊かなボディラインを惜しげもなく晒している。
カイにしてみれば己の細い身体よりも、彼女たち美女揃いの艶めいた肉体の方がよっぽど目の毒である。
しかし何気なく言われた青年の言葉は、ユーリたちに電撃のようなショックを与える。
「ユーリの身体に、まさかエッチな気持ちになってるのか?」
「カイって実は結構むっつりなんじゃ……」
「あー、なんか暑くなってきたわー!」
一斉に胸元を緩め、谷間を覗かせ始める隊員たち。そんななかユーリは顔を真っ赤にして狼狽えていた。実戦の中では勇敢で恐れ知らずな少女のそんな姿は新鮮だった。
「よぅし、お前らも元気が有り余ってるようで何よりだ! もっとキツくしてもいいってことだな?」
「げえっ!?」
「違うんす。これは違うんっす」
弛緩した空気を、ディーロが満面の笑みで引き締める。恐れ慄く隊員たちが慌てて胸元を閉めていく。
『マスターも、みだりに肌を晒すものではありませんよ』
「今後は気をつけるよ……」
チクチクと言葉の針を刺してくるハルにうんざりとしながらカイは頷く。かなりこの時代の価値観にも慣れてきたように思っていたが、まだまだだと思い知った。
「というか、露出度で言ったらディーロの方が上じゃないか」
「うん? お前も妙なことを言うようになったな」
唇を尖らせるカイの言葉を耳聡く捉えたディーロが振り返る。彼女は下こそ生地のしっかりした濃緑色の軍服ズボンだが、上は薄いタンクトップ一枚である。しかも溢れんばかりの筋肉とむっちりと豊かな双丘により、今にも張り裂けそうな悲壮な状態にある。
ディーロはそれに恥じるどころか、むしろ丸太のような二の腕を見せつけるようにポーズを取る。
「俺の身体の美が分かる奴はそういねえ。軽く看護夫に話しかけただけでセクハラどころかパワハラで訴えられたからな」
身長2mを超えるディーロは横にも前後にも厚みがある。たしかに今の時代の男にとっては魅力よりも恐怖を覚えさせるのかもしれない。だが、カイは彼女の豪快ながら人情に篤い性格をよく知っている。その研ぎ澄まされた肉体美も、好ましく写っていた。
「カイってこんな筋肉ダルマがタイプなの!?」
「そんな……教官にNTR……」
「うぅ」
頬を掻いて目を逸らすカイの様子に何を思ったか、再び隊員たちが騒然とする。当のディーロも予想しない展開だったのか、珍しく虚をつかれたように瞬きをした。
「ふんっ。お前も物好きだな」
「いや……。ディーロは美人だよ」
素直な言葉だけに、それは厚い胸板も容易く貫く。鬼教官にして近接最強の戦士であるディーロでさえも防ぎきれない。
「言うようになったじゃねえか。よし、今夜は俺の部屋に来い!」
「だ、ダメーーーー!! カイが死んじゃうでしょ!」
「生かさず殺さずヤってやるさ! ガハハ!」
慌てて飛び込んできたユーリが、カイの腕を抱きしめる。余裕のない敵意さえこもった目に、ディーロは快笑を放つ。
そんな二人に挟まれたカイは、グラグラと脳を揺らされ意識が朦朧としてくる。
「あなた達何をやってるの!」
目を吊り上げたアメリが銃を片手に飛び込んできたのは、それからすぐのことであった。