レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
赤い砂塵を巻き上げて着弾したのは鋼鉄の蜘蛛だった。メタリックブルーに塗装された機体は傷ひとつなく、鮮やかな活力に満ちている。ブルーブラストエンジンの青い燐光をほのめかせながら八本の脚を広げて立ち上がる姿は見る者の視線を釘付けにする。
高さ三メートルの位置にある先鋭型のキャノピーから、青髪の少女が強気な瞳を向けていた。
「色々聞きたいことはあるけど、まずはコイツらをお掃除しないとね!」
頸椎に埋め込まれた端子により神経レベルで接続された機体は、操縦者の意のままに動く。機体前後に二門ずつ備えられた機関銃が全方位に弾丸をばら撒き、彫像のようなスラッグの群れを立て続けに砕く。
だが全てを掃討し切る前に、敵は動き始める。一方的に蹂躙された怒りを発憤させたように、巨大な蜘蛛型戦闘機へと殺到する。
「アリンコは何匹集まったってアリンコなのよ! 纏めて死になさい!」
長い機械脚が伸ばされ、鎌のように振るわれる。次々とスラッグが絡め取られ、呆気なく上下を分離させた。
縦横無尽。そんな言葉を体現したかのようだった。
アメリたちを乗せたローバーを守りながら、ユーリはあっという間にスラッグの群れを薙ぎ払っていく。
「ユーリ、楽しむのもいいけど効率も考えてください!」
ローバーの運転席から頭を出したバリが叫ぶ。軽やかに踊るように動く鉄蜘蛛だが、その足元にいるローバーは生きた心地がしなかった。彼女の訴えは無事にコクピットまで届き、青髪の少女は蜘蛛の背に積んだ大筒を一点へ向ける。
「エネルギー充填までの時間稼ぎだよ。メンテ終わったばっかりですっからかんなの!」
そんな言い訳と共に、巨砲の後部と機体を繋げるケーブルが青い光に染まる。
八脚の安定性と柔軟な姿勢制御により実現される高精度の照準固定。戦闘支援AIによる自動操作も介入し、遠方に下がっていたネットワークハブ個体がロックオンされる。
「主砲エネルギー充填完了。――ばこーんっ!」
少女の声に合わせ、巨砲の先端から極光が放たれる。弾道周辺の雑兵を薙ぎ払い赤い砂漠を抉りながら大気を貫き、その先に立つ大型スラッグを寸分の違いなく貫く。直後、スラッグの溜め込んだエネルギーにまで誘爆し、それは赤黒い花火となって地上で乱れ咲く。
それだけでは終わらず、ユーリは次々とエネルギー弾を射出する。機械生命体に最も効果的な高密度エネルギー凝集弾は、電磁誘導の強力な推進力を得てプラズマを纏いながら熱風を切り裂く。周囲に立つハブ個体が立て続けに爆散し、目に見えて群れは瓦解する。仲間の支援を得られなくなれば、スラッグたちは文字通りの鉄屑と化す。
自身の活動続行が危ういと判断した鉄虫たちは、ガシャガシャと慌ただしく逃走を始める。その流れは瞬く間に全域へと広がり、赤黒い鉄の群れは潮が引くように消えていった。
「ありがとう、ユーリ。助かったわ」
「ああ……塗装し直したばっかりの機体がこんなに……」
ローバーから降りたアメリが、同じくコクピットから地上へ降り立った少女を労う。モスグリーンの軍服に身を包んだ少女は勝ち誇った笑顔で、素直にその言葉を受け取る。
隣ではすっかりボコボコになってしまった鉄蜘蛛を見上げて、バリが膝から崩れ落ちていた。
「ありがとう。パイロットさん」
「あなたが新入りね! 入隊早々災難だったけど、私が駆けつけてラッキーだった、わ、……ね?」
ローバーの後部座席から降りてきた見慣れぬ顔にもユーリは物怖じせず破顔する。だが、そんな彼女も徐々に異変に気付いて尻窄みになっていった。
一息ついたところで、アメリたちも改めて新入りの姿をまじまじと見つめる。黒髪に黒い瞳という落ち着いた風貌で、身体つきは華奢そのもの。レッドラストの刺すような日差しに白い肌が赤みを帯びて、息苦しそうにしている。
「ね、ねえ大佐、コイツ……もしかして」
「ええ。男性よ」
ぐいぐいと軍礼服の裾を引っ張るユーリに、アメリは頷く。己の予想が正しかったと理解したパイロットは丸い目をさらに大きくして驚愕した。
「どっ、どど、どうして男が!? こんな女くさい辺境の掃き溜めみたいなところに!?」
「女くさい辺境の掃き溜めで悪かったわね。――コントロールからの追加の説明は全くないし、まだ彼の名前くらいしか分かってないわ」
あたふたと戦闘時よりも取り乱すユーリを見ていると、アメリたち三人はすっと冷静を取り戻す。しかし、青年が無防備な微笑を讃えて手を差し出すと、そうも言っていられなくなった。
「カイです。この時代のことはあんまりよく分かってないんだけど、よろしく」
「ひょえっ!? よ、よろしく、って……あ、握手していいの!?」
「えっと、無礼じゃなければ」
「無礼なんて! えへ、うへへっ」
反応に困惑するカイの手に、わきわきと指を動かしながら迫るユーリ。その後頭部に鉄拳が落ちた。
「下心丸出しで失礼なことするな」
「カイが良いって言ったのに!」
「いきなり呼び捨ても失礼でしょ!」
宙を掴んだまま立ち尽くす本人を置き去りにして、アメリとユーリが激しく言い合う。困り顔のカイは助けを求めるように、隣の大女――ディーロへ話しかける。
「あの、俺何か変なことした?」
「妙っちゃ妙だな。男が自分から女に触れようとするなんて物好きなもんだ。しかもこんな砂まみれの汚ねえ奴なのに平然として見えるなんてな」
「はぁ……」
一歩引いた遠巻きに見るような遠慮のあるアメリたちとは違い、ディーロはこの砂漠に吹き抜ける風のようにからっとしている。そのラフな構えがカイの警戒を解いていた。
「握手くらいなら大丈夫かと思ったんだけどな。……やっぱり、結構常識も違ってるのか」
己の手を握ったり開いたりしながら呟く。
「こんな美人の女性ばっかりってのも驚きだしな。他の男の人はどれくらいいるんだ?」
「はぁ?」
カイの問いかけにディールは頓狂な声をあげる。
他の男など、部隊どころかこの惑星に一人として存在しない。そもそも男性のほとんどはごく少数の星に匿われており、大多数の女にとっては一生を通して数度遠目に見られれば良い程度の存在である。
そんな常識を踏まえれば、青年の疑問は的外れにしてもやりすぎなほどだった。
「カイ君。さっきこの時代のことはって言ってたけど、詳しいことを聞いてもいいかしら」
気を取り直したアメリが指揮官として追及する。他の男とは違う奇妙な青年の正体を知っておく必要があった。
カイは困り顔で眉を寄せ、ローバーの荷台に振り返る。そこにはポッドから運び出された小型コンテナに紛れて、白い鉄球が転がっている。
「詳しいことは姉さん――いや、姉じゃないんだけど、姉さんがハルに入れてくれてるはずなんだ」
ハルと呼ばれた鉄球は、確かに流暢な機械音声で話していた。だが、今は文鎮のように沈黙し続けている。
「どうやらエネルギー切れみたいですね。さっきのフラッシュで力尽きたのかな」
技術者のバリが軽く鉄球を眺めて分析する。
ならば、基地に戻らなければ詳細な説明は望めないだろう。
カイはどう説明したものかと言葉を迷いながら、居並ぶ四人の女軍人に己の出自を明かした。
「俺は――どうやら何千年か前の時代から来たみたいなんだ」