レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
物資運搬用大型ローバーとそれをはるかに超える巨大な鉄蜘蛛が連なって赤い荒野を進む。八本脚の鉄機だが、巡航モードでは脚先に車輪を出して軽快な走行を見せた。
「とりあえず、自己紹介をしておきましょう。私はアメリ、〈鉄喰らう狼〉の現地指揮官よ」
後部座席に座ったアメリが、胸元の徽章を示しながら名乗りをあげる。カイは大胆に迫り上がった膨らみに少し狼狽えながらも、なるほどと頷く。徽章の示す階級などの知識はないが、彼女が中心的な人物であることは理解していた。
「整備士長のバリです。普段はランナーの整備が仕事の非戦闘員なのに、こうして戦闘に巻き込まれています」
「第一歩兵部隊長のディーロだ。ランナーは小難しくて嫌いだが、銃は好きだぜ」
「第一機甲部隊のユーリ! 〈鉄喰らう狼〉の最強エースって覚えていいよ!」
指揮官にならって一言ずつ添えていく隊員たちの名前も反芻して記憶していく。彼女たちはこの惑星レッドラストで暴走したナノマシンとそれに感染したスラッグの掃討任務を担う、ユーファレシア連合国の部隊だ。彼女たちの主力となっているのが、ローバーの後ろを付いてくる蜘蛛じみた威容の大型陸上戦闘機――ランナーであった。
ユーリの駆るランナー"コバルトレイン"が圧倒的な力でスラッグの群れを薙ぎ払う姿は、カイの脳裏にしっかりと焼きついている。
「コントロールからの通達によれば、君はランナーのパイロット候補ということみたいだけど……」
惑星近傍で地上を見下ろすコントロールステーションは実質的な司令部だ。とはいえ、そこの仕事は真面目とは言えず、不満も多い。現場のトップであるアメリに送られた新規入隊者の通知についても、ほとんど目ぼしい情報はなかった。印刷すればメモ用紙で収まりそうな情報量から一つを拾い上げ、アメリは怪訝な顔をする。
「何千年も前の古代人というのはどういうことなのかしら」
「そうだな……。一言で言えば冷凍睡眠で眠ってたんだ」
カイの言葉にアメリはぽかんとする。先に反応したのは技術畑のバリだ。
「コールドスリープの患者がまだ見つかるなんて珍しい。しかも無事に解凍できるレベルだったのはラッキーでしたね」
人類が宇宙へと進出する前夜。技術の発展に希望を託して冷たい眠りにつく者は少なからず存在した。しかし、最初期のものは冷凍の精度が足りず安全に解凍することができないことがほとんどだ。更に言えば、技術的に冷凍睡眠者を安全に解凍できる算段がついたところで、それを目覚めさせる意味が問われる。血も涙もないが天涯孤独で知識も古い者を目覚めさせたところで利用価値がない。
カイは二千年ほど前の時代に生まれたという。時間的には地続きであっても、地平線の更に先の過去である。彼の知識はまだ人類が月にやっと手が届いたようなところで止まっており、さまざまな常識が使いものにならなくなっている。
そんな骨董品の冷凍睡眠装置が後生大事に保管されていたことも幸運ながら、彼が解凍されたこともまた驚くべき奇跡だった。
「なんか眉唾だなぁ。二千年モノにしてはほとんど体つきも変わらないようだし」
"コバルトレイン"を自動追従モードにして自分はちゃっかりローバーに乗り込んだユーリが眉を寄せる。彼女も実際の男をこの距離で見たことはないが、カイの体付きは現代人の目から見ても違和感はない。むしろ遥か遠くで垣間見た男のなよなよした姿と比べれば幾分
「生物的な進化の速度は技術発展に反比例するらしいですからね。むしろ健康的でとても……こほんっ! と、とにかく大佐が言いたいのは二千年前の男がランナーに乗れるのか、というところですよね!」
「端的に言えばそうね」
薄いスーツ越しに浮かぶカイの胸板に視線を吸われそうになったバリが、その引力に抗って上官に向き直る。
ランナーは強力な兵器だが、屈強な女性の搭乗を前提としている。通常の機動をするだけでも、カイは三半規管を狂わせてもおかしくはない。
「一応、シミュレーション訓練はしてたよ。それにハルもいるし」
カイは解凍後、しばらくの間は支援者の下でリハビリを受けていたという。その際に補佐役として与えられたのが汎用支援AIのハルであった。現在はエネルギー切れにともない沈黙した白い鉄球が彼の膝の上に置かれているが、身の回りの世話からランナーの戦闘支援まで広範に活躍する高性能なAIという話だった。
「シミュレーションと実戦は違うぜ新兵。まずお前は筋肉が足りん!」
「うひゃあっ!?」
先の戦闘の余波で砕けたリアウィンドウの隙間から、ゴツい腕が伸びてくる。無遠慮に青年の肩を弄る指に悲鳴があがる。
「ディーロ! 何やってるの!」
「なっはっはっ! せっかく貴重な男が入ってきたんだ。こういう役得はあってもいいだろ?」
「役得って……。馬鹿なこと言わないで!」
車内のアメリたちがどこか線を引いたような距離感なのに対し、荷台に収まるディーロの方はズカズカと踏み込んでくる豪快さがあった。アメリは呆れ果てて頭を抱えるが、カイにしてみれば彼女のフレンドリーな態度の方が気が楽なところもあった。
「ディーロってセクハラで飛ばされたんだっけ……」
「セクハラするような相手が近づくわけないですよ」
ユーリとバリも戦々恐々としてカイの様子を窺う。今や圧倒的少数となってしまった男性は、基本的に厳重に保護されている。軍に所属する男もいないわけではないが、医療従事者や事務要員、もしくは広報といった役職がほとんどである。戦場の天使ともてはやされる彼らだが、下心から手を出して告発されようものなら待っているのは破滅である。
カイがさほど不快感を示していない様子を見て、二人はほっと胸を撫で下ろすのだった。
「まあ、ランナーに乗れるかどうかは追々ね。まずは基地でどう生活してもらうか考えないと」
彼の所属先以外にも問題は山積みだ。差し当たり、今すぐ考えなければならないのはその寝る場所であろう。
〈鉄喰らう狼〉の拠点で衣食住を共にするのは男日照りの女軍人たち。しかもこんな辺境に飛ばされるような者である。仮に適当な個室をあてがうだけなら、一晩で扉は破られ彼の貞操は奪われる。
「私が守らないと……」
アメリは獰猛な部下たちの顔を思い浮かべて決意を固める。
ちょうどその時、車列の向かう先に目的地が見えてきた。見晴らしのいい赤砂の荒野に突然現れる台形の巨岩の上に築かれた砦。スラッグを警戒し見張りの塔が立ち上がり、質実剛健な威容を誇っている。
惑星レッドラストに駐留する〈鉄喰らう狼〉の本拠地であった。