レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
ローバーは二重三重の防御陣地を通過して基地の中へと入っていく。途中、ユーリはランナーを格納庫へ収めるため、泣く泣く離脱していった。
「本当に女の人しかいないんだな……」
「当たり前だろ。こんな辺境の地獄に好き好んで来たい男なんていねえさ」
車窓からは、基地の周辺で活動している〈鉄喰らう狼〉の隊員たちの姿が見える。事前の説明を受けてもまだ半信半疑のカイだったが、そこにいるのが女性ばかりの現実を目の当たりにして納得する他なかった。
「あんまり顔を出さないように。できるだけ身を縮めなさい」
「ぐえっ」
興味津々で窓から身を乗り出そうとする青年を、アメリが強引に車内に押し戻す。その鬼気迫る表情は真剣そのものだ。
「こんなところに男性が来るなんて、飢えた野獣の群れに羊一匹を放り込むようなものよ。せめて少しずつ情報を小出しにして慣らしていかないと、最悪凄惨な光景が……」
「いくらなんでもそこまでではないだろ。ははは」
「カイ君、貴方はこの時代のこの星の女たちの凶暴性を知らないのよ」
過剰に思える心配を笑い飛ばそうとした途端、アメリはカイの両肩を掴んで強く訴える。男性が圧倒的な少数となったこの時代、もはや彼らと触れ合えるのは一部の特権的階級に属する女だけである。自分には縁がないものと諦めてきた
そもそもこの部隊は性質上隊員たちの士気も規律も高望みはできないのだ。用心してもし過ぎるということはない。
アメリが滔々と女の危険性を説いていたその時、不意に運転席側の窓が叩かれた。
「伏せて!」
「うぎゅ」
現れたのは銃を携行した歩哨だった。濃緑の軍服に身を包み、筋肉質ながらむっちりと女性的な柔らかさも感じさせる体付きは屈強そのものだ。彼女は退屈そうな表情で義務的に誰何する。バリも慣れた様子でそれに答え、すぐに検問は終わるはずだった。
「……大佐、何やってるんですか?」
しかしその隊員は他よりも少しだけ真面目だった。ローバーの後部座席にまで目を向けて、たまたまそこで不自然にうずくまる指揮官の姿を見つけてしまう。軍服のぱっつりと張った大ぶりな尻をこちらに向けて座席側に顔を向けるような形で座るのは、違和感よりも困惑が勝る。
「え、えっと、これは……」
咄嗟に青年を隠そうと彼に覆い被さった、などとは言えずアメリは口ごもる。もぞもぞと身じろぎすると、柔らかな胸の膨らみが青年の頭を飲み込んでいく。
「ちょ、アメリさん、苦し……」
「静かに。あっ、う、うごいちゃだめ――っ!」
「そう言われも、これは不可抗力というか」
ずるりと座席から滑り落ちそうになるのを、足を動かして耐える。その表紙にむっちりとした太ももが青年の腰を挟み込む。アメリの凹凸に富んだ肉体が柔軟に形を変えて密着して、蒸れた女の汗の匂いが青年に染み付いていく。
必死にカイの存在を隠蔽しようとするがあまりに妙なことになっている指揮官を、荷台と運転席の部下たちは冷めた目で見ていた。
「……誰かいるんですか?」
「いや、えっと……」
「じーーー。――はっ、例の新入りですね! 私も一言挨拶させてください!」
歩哨のくせに今更指揮官たちが外に出ていた理由を思い出した隊員がぱっと表情を明るくする。顔はよく見えないが、アメリの尻の下から飛び出した足はずいぶんと細い。とんだモヤシが来たもんだ。どうせならガツンと言ってやろう。そんな魂胆が見え見えだった。
「ひゃんっ!? ちょっとカイ君、じっとしてって――ひぃっ!」
「げ、限界だ! 窒息する!」
「……は? 男?」
顔面を深い谷間に囚われ、四肢をずっしりとした重みに拘束された青年は死の危険を覚えた。無我夢中でもがいた手が何かを触り、急に視界が開ける。ようやく流れ込んできた新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだその瞬間、車外の隊員の声が耳に届いた。
カイと向かい合う形で彼の膝に座るアメリの顔からさっと血の気が引く。彼女が弁明のため口を開くも、時すでに遅し。歩哨はくるりと背を向けて、基地中に響き渡る大声を放った。
「男が来たぞぉおおおおおおおおっ!」
〈鉄喰らう狼〉本拠地はその日、直近三十年で最速の情報伝達が行われた。基地襲撃を受けた時以上の俊敏を見せた隊員たちが、四方八方から地響きを立てて迫ってくる。その様はさながら水牛の群れの渡河のようである。
「(罵倒)!」
「こきゅっ!?」」
たまらず車外に飛び出したアメリが、カイの理解できない言葉と共に歩哨の首を折る。膝から崩れ落ちる女を蹴り飛ばしながら、青年の腕を引いた。
「とりあえず基地の中に入るわよ。私の執務室なら、とりあえず安全だから」
「え? うわああっ!?」
アメリは見た目以上の剛力を発揮して、細身とはいえしっかりと筋肉のあるカイを軽々と持ち上げるとそのまま横抱きにして走り出す。さながら姫を守る王子のように、颯爽とした疾駆であった。
「あいつか!」
「うっひょー、美男子!」
「こりゃ私が直々にしごいてやらんとなぁ。げへへっ」
「指揮官が逃げたぞ! 追え!」
「男を独占するなど言語道断! 謀反じゃ!」
ローバーから陽光の下に出てきたカイの黒髪はよく目立つ。隊員たちは目の色を変えて物騒な言葉と共にぐんと加速する。
「ディーロ、バリ、足止めしなさい!」
「こりゃ大佐の不手際でしょうに」
「あんな密着しなくていいじゃないですか」
ローバーに残った隊員たちはため息を吐きつつも命令に従う。彼女たちも自分が助けた青年を同僚たちに食い荒らされるところなど見たくはない。
「げえ、ディーロがいるのか!」
「バリが乗ってるぞ! 爆発に気を付けろ!」
「ああっ、大佐が基地の中に!」
「追え!」
荷台から飛び降りたディーロがその勢いのまま軍人たちを剛腕で薙ぎ払う。隣ではバリが眼鏡を光らせて特製閃光弾を次々投げる。安全なはずの基地内部で、内乱じみた戦闘が勃発していた。
その混乱を目眩しにして、アメリはカイを抱えたまま基地の中へと飛び込んだ。
「覚悟!」
「せいっ!」
「ぐべぁっ!?」
ドアの影に隠れていた美女が、アメリの蹴撃で吹き飛ぶ。
壁に大穴が空いて屈強な身体がめり込むのをカイが唖然として見ている間にも、アメリはまっすぐに走り続ける。
「ごめんなさいね、部下の躾がなってなくて」
物陰から飛び出してくる軍人を薙ぎ払いながら、アメリが恥ずかしそうに陳謝する。
「君がどの程度のことを聞いているかは分からないけど、この部隊に送られるのは軍の厄介者ばかりなの。下手に実力はあるから扱いにくい奴らの流刑先よ。だから士気も低いし、上官への忠誠心も――ふんっ!」
「ぎゅぺっ!」
また一人、壁のシミと化す。
「レッドラストは見捨てられた星なの。スラッグ掃討任務は何十年も前から出てるけどユーファレシアは本腰を入れるつもりはないし、戦線もここしばらくは拮抗したまま……。今さらだけど、本当にこんなところに来てよかったの?」
元々は豊富な鉱物資源に当て込んで、それを食い尽くすために入植が始まった資源採集惑星である。だが序盤に起きたナノマシンの暴走は手を付けられなくなり、早々に活動は頓挫してしまった。今でもなお軍事部隊が形骸化しているとはいえ掃討任務を実行しているのは、この惑星の近傍に大規模な都市惑星が存在するからである。
カイのような男が来るような場所ではない。ここに来て得られるものなど、何もない。他ならぬ駐留部隊のトップが赤裸々に語る。
にもかかわらず青年は彼女に抱かれたまま頷いた。
「俺を保護してくれた人――姉さんが言ってたんだ。この星のどこかに、俺と繋がる過去の記録があるって」
実の姉ではないんだけど、と補いつつ。
アメリはカイが初めて明かす目的に首を傾げる。レッドラストはたしかに人類が宇宙進出した黎明期に見つかった星ではあるが、人類誕生の地そのものではない。二千年も眠り続けてきた青年との接点などないだろうに。
「カイ君、そのお姉さんって――」
「大佐ァ! 覚悟ぉおおおっ!」
問いかける前に、欲に目が眩んだ愚か者が飛び込んでくる。アメリは素早く腰の拳銃を抜いて襲撃者の足元へ弾をばら撒き、怯んだ隙に拳を叩き込んだ。白目を剥いて吹き飛ぶ輩を睨みつけながら、再びカイの身体を抱き上げる。
「詳しい話は後ね。そこに入れば安全よ!」
悠長に話している暇はない。
アメリはようやく辿り着いた己の執務室のドアを蹴破り、荒々しく飛び込んだ。後ろ手にドアを施錠した直後、ドンドンとけたたましい衝撃が叩き込まれる。いかに屈強な軍人たちとはいえ、非常時にはシェルターにもなる扉を破壊するのは困難だろう。
ようやくほっと胸を撫でおろしたアメリは、自分にぎゅっとしがみついているカイを床に下ろす。彼の体温が少し名残惜しいが、指揮官としての威厳を保つのが最優先だ。
「そ、それじゃあカイ君、ここでゆっくりと話を――」
『説明は弊機がしましょう。マスターは大気圏突入と上官によるセクハラ被害で衰弱していますからね』
「きゃあっ!?」
二人きりとなったところでごくりと喉を鳴らしながら向き直ったアメリに、予想外の機械音声が応える。肩を跳ね上げて後ろを見れば、ドアの隙間から滑り込んだらしい白銀の鉄球が、表面に光点を点滅させながら浮遊していた。