レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
執務机の前にふわりと浮き上がった白銀色の球体。表面に光点を明滅させながら、なめらかな機械音声で言葉を発する。カイと共に地表へ落ちてきたそれは、彼が支援者から与えられたという汎用支援AIと呼ばれる存在だった。
スラッグの群れを麻痺させる強力な一撃を放った直後に、エネルギーを枯渇させて沈黙していたはずである。
「ハル、目が覚めたのか」
『この基地には無線給電システムが備えられているようでしたので、拝借しました』
さらっと盗電を自白する汎用支援AIだが悪びれる様子はない。カイが嬉しそうにしているので、アメリも深く追及することはなかった。
それよりも、知りたいのはカイがレッドラストへ送られてきた理由である。彼はハルの中に詳細な情報が詰められていると言っていた。
『では単刀直入に説明しましょう。――マスターがこの星へやってきたのは、最初の移民船の記録を探すためです』
「最初の移民船?」
聞き覚えのない言葉だった。アメリが首を傾げるのを見て、ハルは順に説明を進める。
『かつてレッドラストへ入植した、移民船団の第一号。マスターの血縁がそちらに乗っていた可能性があるのです』
レッドラストは資源開拓惑星として、人類が宇宙進出を始めた黎明期に発見された。この地に最初に降り立った人類といえば、甘く見積もっても千年以内の人物であるはずだ。対してカイは、彼の言葉を信じるならば二千年以上前の時代の人物だ。例え血縁関係のある人物が移民の中にいたとしても、その人物とは更に千年ほどの隔たりがある。当然、面識などあるはずもない。
「俺は別に遠い未来の子孫に会いたいわけじゃないよ」
アメリの表情から察したカイが苦笑する。彼はどうしても自分と生物学的に近似した人物を探したいのだと言う。
「今の俺はアメリ大佐達から見れば古代人だ。一応、免疫なんかはある程度ワクチン接種で補っているけど、どうしても身体はアップデートしきれていない。だから自分の進化系の先にいる人物の遺伝子情報を足掛かりにして、身体を補強させないと生きることができないんだってさ」
二千年の隔たりはやはり大きい。アメリ達と同一の種族であるかと問えば、賛否両論が返ってくるだろう。
しかし千年前の人物ならば、まだ距離は近い。更に血縁であればなおさらである。
『欲しいのは、移民船にある記録です。バイオデータの中には船員個人の詳細なゲノム情報も記録されています。それを元に復元融合治療を行うんです』
「そんなことができるの?」
ゲノム保管により転写復元治療は現代において一般的なものだ。健康な状態を外部の記憶装置に"セーブ"しておくことで、何か問題が生じた際に"ロード"することができる。
とはいえ万能ではないし、本人の情報を適用するのが大前提となる。
『無茶は承知で、しかしこれしか望みがないんですよ』
苛立つように明滅を繰り返しながらハルは突きつける。
穏やかに笑みを浮かべるカイを、アメリは思わず見つめてしまう。突然二千年後の世界へとやってきた彼の苦悩は、きっと筆舌に尽くし難い。藁をも掴むような話であることは全て了承の上で、彼は生きるためにやってきた。
「いわゆる不治の病というやつでね。余命半年って言われてた。死ぬつもりで眠ったら何故か目覚めて、そっちはあっさり一晩で治っちゃったわけだが、よりデカい問題が出てきたってことだ」
冷凍睡眠を行うのはどういう境遇の人物か。彼は一度、確かに死んだのだ。
「しかし……何もカイ君が直接来なくとも……。それに移民船が今も残っている保証もないのに」
「俺がいないのに、あるかどうかも分からない遺伝子情報を探しに、残っているかも分からない移民船を探す任務を受けてくれるのか?」
真っ直ぐな問いかけにアメリは口を噤んでしまう。
この星は軍の厄介者たちを送り込む体のいい流刑地のようなもの。一癖も二癖もある軍人達の士気は低く、忠誠心は望めない。そもそも衛星軌道上から見下ろすコントロールさえ真面目とは言い難い。
彼の言葉に頷くことは、指揮官としてもできなかった。
「ごめん、ひどいことを言った」
この時代には珍しい、心優しい言葉。顔を上げるアメリを穏やかな笑みが見つめ返した。
「幸い、余命は随分と伸びたし身体は健康そのもの。すぐに必要ってわけでもない。身体をアップデートしないと子供ができなかったり、ちょっと免疫が低かったりする程度だと思ってくれたらいい。当面は新入隊員として真面目に働くつもりだ」
「こどっ。――お、男の子がそんなこと、あんまり言っちゃダメよ」
異性からの明け透けな表現にクールな指揮官は赤面する。まだこの世界の常識を理解しきれていないカイは、困ったように首を傾げた。
『とにかく、マスターは大変かよわいお方なのです。玻璃に触れるような慎重さを保つように!』
ハルは随分とカイに心酔しているようで、彼の上官にあたるはずのアメリにも強気のままだ。そんな態度に本来なら毅然と返すのが指揮官の務めだったが、アメリ自身もなかなかそうはいかない。
男が部隊に入り部下となるなど、前代未聞のことなのである。
「ハルの言ってることはともかく、俺も精一杯やる。どうか、導いてくれ」
「っ! わ、分かったわ。……あなたの命、私に預けてちょうだい」
差し伸べられた手を、アメリは覚悟を決めて握り返す。
女のものとは違う、柔らかく繊細な指の感触に思わず声が漏れそうになるが、隣で睨みつけてくるハルの手前迂闊なことはできない。指揮官の威厳を保ち、胸を張り、握手をした。
そして、
「うおおおおっ! 大佐が男を連れ込んでやがるぜ〜!!」
「こりゃ風紀違反ってやつだなぁ!
「軍事法廷だ! 軍事ほーてー!」
窓の外でシュプレヒコールを突き上げるバカ軍人たちに鉄拳制裁を与えることを決意した。