レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
大きな磁気嵐も発生せず、雲も少ない快晴は珍しい。スラッグも落ち着いているこの好機を逃す手はなく、基地の各所では〈鉄喰らう狼〉の隊員たちが日頃なかなか手が付けられずにいた仕事をこなしていた。
中でも基地の外縁部にある大型の格納庫ではシャッターが全開にされて巨大な鉄蜘蛛が引き摺り出されていた。仮設の足場に登って傷や凹みの有無を点検しているのは、機体付きの整備士たちである。
「陸上機動多脚戦闘車両R.U.N.N.E.R.か。改めて見るとやっぱりデカいな」
『レッドラストの不整地にも対応し、三重の防護シールドによって磁気乱流にも強い耐性を発揮する独自のカスタムがされていますね。現場での試行錯誤がよく分かります』
忙しそうに歩き回る整備士たちの邪魔にならぬよう、こっそりと物陰から覗く青年がひとり。カイはアメリが不貞の部下たちに鉄拳を落としている隙に、基地内の見学を行っていた。
「あんまり離れるなよ。汗まみれの女共に襲われたいなら勝手だけどな」
引率を任されたのは戦士ディーロである。隊内でも随一の巨躯を誇る彼女が近くで目を光らせていれば、いかに男に飢えた軍人達といえどおいそれと手は出せない。
「ははは。興味はあるけど、今はランナーをよく見たいかな」
「……あんまり迂闊なこと言ってるとマジでヤられるぞ」
ディーロは一見するとガサツだが、実のところ面倒見のいい性格のようだった。のほほんとしている青年に呆れ、彼の声に耳を尖らせていた整備士たちが一斉に作業着を脱いでタンクトップ姿を晒しだす露骨な動きにボリボリと頭を掻く。
日差しの下で汗と油に塗れて機体整備をしている女達を見て警戒心のない男など、希少を通り越して絶無だろう。「こりゃ毒だな」と歩兵部隊長は小さく呟く。彼女の心配など露とも知らず、青年は無防備にも整備途中のランナーへと近づいていった。
「脚だけで俺よりも身長が高いな」
『全長5.8m、全高は伏勢時で2.1mです。マスターが遭遇した"テレアント"よりも大きさでは優っています』
無骨で古傷も目立つ重兵器を前に声を上擦らせる青年に、随伴する支援AIが詳細な解説を添える。テレアントとはカイたちを襲った蟻型スラッグの通称である。
「デカいぶん弾も燃料も食い尽くす厄介モンだよ。しかも動かしてる奴らは勘定もできねえアホ揃いだ」
「そ、そこまで言わなくてもいいんじゃないか……?」
格納庫の前というランナー乗りの本拠地で不遜に言い放つディーロに、カイの方が狼狽える。先ほどまで青年に視線を向けていた整備士たちが、一斉に殺意の籠った目を隣の巨女に集中させた。だが分厚い筋肉はそれを跳ね除け、ディーロはふんと不敵に鼻を鳴らす。
「作戦の面倒なところは全部歩兵に任せて、美味い所だけぶん取って来やがるからな。カイもランナーなんて木偶の坊に乗るより、俺と一緒に鍛えたほうがいいと思うぞ」
ディーロが腕を曲げるとがっしりとした筋肉が浮き上がる。鋼の肉体はもはや芸術的ですらあり、その美しさには熱さえ感じるほどだった。
「妙な勧誘しないでくれる? 貴重な黒一点を飢えた野獣の巣窟に放り込めるわけがないでしょ」
「うわっ!? ゆ、ユーリ?」
むんむんとポージングを決めながら迫るディーロから守るように、カイは背後から抱きしめられる。背中に押しつけられるのは分厚い軍服越しの柔らかな感触。耳元に吐息を感じて思わず肩が跳ね上がる。
慌てて振り返れば、命の恩人でもあるランナーパイロットのユーリがにこやかな表情で立っていた。
「どさくさに紛れてセクハラしてるんじゃねえよ、ガキが」
「むさい筋肉達磨に迫られてる子を保護してるだけよ」
歩兵部隊長のディーロとランナー乗りのユーリは折り合いが悪いらしい。開口一番に罵倒する巨女に、基地の女性にしては小柄なほうのユーリも臆せず返す。剣呑な雰囲気のなか二人の女性に挟まれたカイは、困った顔で呻くことしかできなかった。
「男の子にクソ暑い砂漠を歩かせるわけにもいかないでしょ。装備重量何十キロよ」
「たったの150キロだよ」
そのやり取りだけで、カイは自分に歩兵部隊は向いていないことを悟る。この時代の女性達が自分の知識にあるよりもはるかに屈強とはいえ、酷暑の砂漠を150kgの荷物を背負いながら歩き通した先で戦えるのは、かなりの鍛錬を必要とするはずだ。
話にならないと肩をすくめて首を振ったユーリは、むぎゅ、とカイの胸元に回した腕を強く締める。小柄とはいえ、カイよりも少し背の高い彼女に抱かれると、まるで人形かぬいぐるみにでもなったかのような気持ちだった。
「カイ君はウチが責任を持ってお世話しまーす。筋肉バカはあっちでプロテインでも飲んでなさい」
「いよいよ遠慮がなくなって来やがったな、こいつ。機械に甘えて骨までスカスカのテメェに本物の筋肉の良さは分からんか」
野良犬でも追い払うかのように手を振る少女。二人の立場が違うとはいえ、同じ部隊の仲間ではあるはずだというのに仲が悪すぎる。周囲を見れば薄着の整備士たちが「またか」と言わんばかりの顔で眺めているあたり、昨日今日から始まった話でもないのだろう。
「そもそも俺はこんなシナっとした男が入隊するのも納得してねえぞ。歩兵もできねえ奴がランナーに乗ってりゃ使い物になるって考える方が甘いだろ」
「む」
容赦ない言葉の応酬の末、ディーロは青年に指を突きつける。
部隊の女たちと比べて線も細く見た目からして虚弱な男に、過酷な戦いに身を投じるだけの資質があるようには思えなかった。せめて衛生兵科や事務方に押し込んだ方がまだいいだろう、と彼女は告げる。
カイが執務室で語った目的を、彼女達はまだ知らされていない。
「一応、ある程度の訓練は積んでるよ」
「シミュレータで遊んだだけだろ。実戦とは違う」
カイの抗弁もねじ伏せられる。百戦錬磨の戦士であるからこそ、彼女は厳しい態度を崩さない。男は銃後に控えて女を支えるべきだという。
「つまり実力を示ればいいんでしょ。口で言って分からないなら、とりあえず模擬戦すればいいじゃない」
ディーロに張り合うようにカイの前に立ったユーリがばっさりと切る。
「ウチのシミュレータはレッドラストの環境に合わせた実戦想定だよ。これでやり合えば納得できるんじゃない?」
基地内にも訓練用の設備は整っている。特にシミュレータは惑星の環境やこれまで蓄積したスラッグのデータを取り込んで、秘伝のタレのように継ぎ足されてきた〈鉄喰らう狼〉の大きな資産だ。一般的なシミュレータに慣れただけでは扱い切れる代物ではない。
ユーリの主張に一定の説得力を認めたディーロは腕を組んだまま低く呻く。第一機甲部隊のエースパイロットは破顔して腕の中の青年にぎゅっと密着する。
「しかしユーリ」
「何よ?」
まだ文句があるかと言いたげに睨む少女に、ディーロは呆れる。
「"コバルトレイン"の座席に爆弾仕掛けられたくなかったら、そろそろ離れた方がいいぜ」
首を傾げるユーリの周囲では、遠巻きに眺めていた整備士たちの殺意が立ち上っていた。