レッドラスト〜屈強な女軍人ばかりの流刑惑星に放り込まれたが無事に生き残れるだろうか〜 作:ベニサンゴ
格納庫の隣に建つランナーパイロットの訓練施設の中にシミュレータ筐体も設置されていた。機体そのものが置かれているわけではなく、無数のシャフトに支えられた剥き出しのコックピットだけが二つ並んでいた。窓はなく、内部では実戦さながらの高精細な映像が映し出されるという。全方位から筐体を支えるシャフトは自由に伸縮し、ランナーの実際の揺れや衝撃などを忠実に再現することができる。
「とりあえず小手調べに中型スラッグとアリーナ形式でやってみる?」
シミュレータの側に置かれた端末で環境パラメータを入力しながらユーリはカイの様子を窺う。シミュレータは長年部隊が蓄積してきた実戦データが詰め込まれており、設定一つで様々な状況を再現できるようになっている。彼女が提示したのは、平坦で障害物も存在しないシンプルなステージで邪魔も入らない一対一で戦うシチュエーションだった。
「レッドラストの荒野でどれくらい動けるか確かめたい。そうだな……さっきの蟻の群れ一つぶんと戦う形がいい」
「ええ? いきなりそんなので大丈夫?」
大胆不敵な青年の要求に、エースは思わず眉を寄せる。レッドラストの地は他の惑星とはまるで違う。隙あらば駆動系に鉄錆の砂が入り込み、油断すれば磁気嵐が襲いかかってくる。そこに棲むスラッグたちもまた強敵だ。
前任地で優秀なパイロットとして名を馳せた軍人も、シミュレータで自尊心を徹底的に折られるのが通過儀礼となっている。
「男だからって遠慮すんなよ。いつもと同じ設定でいいんじゃないか」
後方の壁に背中を預けて見守っていたディーロが突き放したように言う。ユーリはぴくりとこめかみを揺らし、シチュエーションを設定する。
「最初は一機でやってもらうけど、助けて〜って叫んだら駆けつけてあげる」
シミュレータは複数台あり、同一のシチュエーションで共同戦闘を行うこともできる。動きやすいスーツ一枚になったカイは、ユーリに軽く手を振りラダーを登っていった。
『補佐します、マスター』
シミュレータ筐体の後部にハルが陣取り、機体との有線接続を行う。ランナーは支援AIによるコパイロットシステムが搭載されている。本来はインストール済みの専用戦術支援AIが全自動で行うものだが、汎用支援AIの名の通り戦術支援までハルが行うようだった。
銀球が収まり、コクピットの扉が閉じる。あの狭い鉄の箱のなかには、実際のランナーと全く同じ操縦システムが備えられている。流石に起動スイッチの位置くらいは分かっているようで、すぐに周囲のシャフトが動いて起動時の機体の揺れを再現してみせた。
「いつもより目線が少し高いな」
「……不整地での安定性を上げるためにデフォルトより脚が少し長いんだよ」
スピーカー越しに聞こえる青年の声に、ユーリは小さく唸る。現地でのカスタムは微妙な変化を生み出すが、それを彼は機敏に察した。そこに違和感を抱くほど、慣れ親しんでいるということだ。
『機体OSと接続。最適化完了。制御系、戦闘支援システム、エネルギー制御システム、オールグリーン』
機体のシステムを掌握したハルがいつでも行けると言う。
コックピットからの視界は、外のユーリたちが見るモニターにも映し出されている。赤い砂の荒野に大小様々な岩が散らばり、風も吹き荒れている。舞い上がる砂塵の奥に、テレアントの巣である歪な鉄塔が見てとれた。
ユーリが何かを言う前に、ランナーは動き出す。滑らかで揺れのない走りは巡航モード。優秀なサスペンションの助けもあり、ある程度の凹凸は無視できる。だが、真っ直ぐに鉄塔へと向かう動きを見てユーリは口元に笑みを浮かべる。
「やっぱり実戦経験はないんだね。まずは一発、でっかいのを撃ち込んで混乱させないと」
巡航モードでは機体上部に積んだ電磁砲が使えない。その反動を車輪で接地している状態では吸収しきれないからだ。しかし距離のアドバンテージがあるうちに大火力を投射し、敵の混乱を発生させるのがセオリーである。
そのため、最適解は稜線の下に姿を隠しながらじっくりと照準を定め、遠距離から狙撃することになる。その際にハブ個体を撃破できればなおいい。
愚直に群れへ飛び込んでいく姿は、もはや滑稽である。
数秒後に青年の悲鳴が聞こえるのを予見して、彼女は隣のシミュレータへと歩き出す。しかし、
「――ブレーキ。反転。砲塔旋回ッ。……今!」
モニターに映し出された映像が異変を示す。急にがくんと大きく揺れたかと思えば、景色がぐるりと巡り、後方を写し出す。そのままランナーは後ろ向きに突き進み続けていた。
カイの奇行にユーリの足が止まる。
一瞬の制動と同時に機体方向を反転させながら、進路方向は変えていな。尻を敵陣に向けながら、更に速度を上げていく。
「なっ。ふざけ――」
ユーリが目を吊り上げてコクピット内に声を向けようとしたその時、轟音が響く。
ぐるりと旋回させた電磁砲が高密度エネルギー凝集弾を放った音だった。それを合図にコクピットの映像は再び揺れる。巡航モードで高速移動中に主砲をぶっ放したのだから、その反動は凄まじい。機体が転がるほどの混乱を、シャフトが忙しなく動いて再現している。
だが細やかに入力された操縦桿がギリギリで重心の逸脱を抑え、機体は砂の上を滑るようにして転倒に耐える。そして、ユーリは思わず息を呑む。
「照準が合ってる!?」
傾いた角度で初弾を放った主砲が鉄塔を折る。それと同時に機体はぐるぐるとコマのように回転していたが、ぴたりと重ね合わせたかのように再び主砲の先端が巣に向けられていた。
手品のような光景に理解が追いつかないまま、再び電磁砲が咆哮を上げる。
一度目の衝撃でパニックになり、地上へと出てきたスラッグの群れを一網打尽にする。更にカイは二度目の砲撃の反動をあえて受け止め、機体の高速移動を強引に止める。
多脚の弱点である大量の関節が軋み、アラートが一瞬鳴り響く。だが、次の瞬間には外部 AIの介入によって沈黙させられた。
「接近しながら二発叩き込むなんて……。でも、まだ終わってないよ!」
瞠目しながらも油断はしない。エースの冷静な部分が警鐘を鳴らす。
壊滅したかに見えるテレアントの群れだが、地下の巣穴にまだ夥しい数がいる。わらわらと湧水のように現れる赤黒い蟻は怒り心頭だ。
ディリリリリリリッ!
ランナーの前後に二門ずつ備えられた副武装の機関銃が唸る。雨のように降り注ぐ弾丸がスラッグを粉々に砕く。だが、ハブ個体を倒さなければ焼け石に水だ。
「砲撃の煙幕で視界が悪い。これじゃ狙いも付けられないよ」
倒壊した塔の下、黒煙と赤い砂塵に覆われたどこかにハブ個体が存在するはずだ。しかし視界の通らない場所で狙撃できるわけがない。更に強襲を受けたテレアントの群れは迅速に迫り、鋼鉄を噛み砕く凶悪な顎で反撃を仕掛けてくる。操縦にある程度の自信があったところで、囲まれてしまえば終わりだ。
どうやってこの窮地を切り抜けるのか。気が付けばユーリは拳を握りしめていた。
「――大丈夫。見えてるさ」
主砲が再び旋回し、照準を定める。無数の蟻に追われ、悠長に立ち止まっている暇はない。高速移動で塔を中心とした円を描きながら。
ある一点へと狙い澄まして引き金が引かれる。
ジジッ!
プラズマが大気を焦がす。
青い燐光の尾を引きながら、帯電した砲弾が煙幕を貫く。
それは吸い込まれるようにして、砂の中に隠れていた大型個体へと叩きつけられた。
「1分3秒。ちょっと惜しかったなぁ」
ラダーからゆっくりと降りてきた青年の清々しい表情。間違いなく、彼が今の鮮やかな戦闘をしてみせた。いくら優秀な戦術支援 AIを搭載していても、操縦桿を握るのはパイロットだ。彼が機体を動かし、瞬く間に勝利した。
立ち尽くすユーリは、その黒い瞳に焼かれていた。