過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
労働とは、つまり罰である。この世に存在する全ての生き物に、生まれながらにして課せられた義務であり、罰である。おぎゃあと産まれた瞬間、肩をトントンと叩かれて言われるのだ。“かわいそうに、生まれてしまったんだね。誕生という罪には罰が必要だ。働け”これを極厚なオブラートに包んだ言葉が“おめでとうございます、元気な〇の子ですよ”である。オブラートなら子供でも飲み込めるように薄くしろ。
“そんなことはない、心の底からの言葉だ!”と訴える、純粋な人もいるだろう。大丈夫、君は何も間違っていない。ただ、まだ飲み込めていないだけなんだ。あるいは、言っている本人も分厚いオブラートを本体だと思い込んでいるんだ。そうでなければ、一体誰が産まれたての赤子に対してそんな惨いことを言えるだろう。神か、悪魔か。
『なんだか、ひどい風評被害を受けている気がしますね。大丈夫、ただの言祝ぎですよ』
うるさい、外野は黙ってろ。話を戻そう。労働は罰である。しかし、その罰は全ての生き物に等しく与えられるものではない。刑罰と一緒だ。罰金で許されることもあるし、何年も労働を続けることもあるし、命でのみ贖えることもある。それと同じで、ただ泳いでプランクトンを食べていればいいこともあれば、日光で光合成を続けることもあれば、見世物にされることもあれば、月100時間の残業を定常的に続けることもある。
あんまりな労働の格差に、俺は泣いた。叶うなら、俺も置物としてそこに“ある”ことだけを求められる労働が良かった。何が悲しくて、休日を自主返納しながら記録に残らない労働時間を重ねなきゃならんのだ。かつての旧友が一桁の残業時間で俺の倍の手取りを得ているのに、俺の人生はこんなものだ。この労働格差はなんだ。頭の違いか。生まれの違いか。そんなものを許すなんて、神は居ないに違いない。この悪魔のような現状こそが、神不在の照明である。きっと俺みたいに、労働に殺されたに違いない。天地創造なんて、きっと休みのない重労働だったのだろう。
『勝手に殺さないでください。空に、海に、大地に生きるものの労働環境なんて私が知るわけないじゃないですか。どうでもいい。こちらの仕事は世界間のバランスを取ることです。そんな微視的な箇所に興味なんてありませんよ』
うるさい、ナチュラル上位存在は黙ってろ。ミジンコにはミジンコの価値観と信仰があるんだよ。俺の望みは、働かなくて済むことだ。生存自体が労働だとしても、その負荷が著しく低い事だ。お茶を飲みながらおしゃべりするだけで、周囲が動いてくれるような至れり尽くせりな環境だ。人に決められた目標のために粉骨砕身して自己犠牲を続けるような労働ではなく、自分の目標を自分の意思で決められるような生き方だ。欲を言えば、一時期だけ頑張ってFIREできるような能力と生き方だ。もっと欲を言えば親の金で生まれながらにFIREが約束された生き方だ。
『実に清々しい欲求の塊ですね。都合がいい。その願い、叶えてあげましょう。生き方は決められずとも、才は与えられます。神様ですからね』
うるさい、自称神様はだまっ……え、叶えられるんですか?
『やっとこちらを向きましたね。叶えられますよ。まだ死んでいない、神様なので』
ひえっ、うへへ、これは大変失礼しました。どうかこれまでのご無礼をお許しください。そうですよね神様ですもんね。ちっぽけな人間風情の、矮小な経済活動なんかに興味を示すはずがありませんよね。俺、私たち人間だって、腸内細菌のどれが頑張っているかなんて見もせず、乳酸菌ぶち込みますもんね。あ、靴お舐めしましょうか。
『うわっ、突然卑屈。残念ながら舐めさせられる靴はありません。神様なので。ところで、現状把握はできていますか?』
そう言われて舐める御御足を探したが、確かに目の前には見つからなかった。見つかったのは、人の形ですらない何か。いや、多胞体はそもそも形ですらないから、ただの多胞体。さすが上位存在様、三次元生物風情の限界を超えてらっしゃる。つまり、神を人型とした全ての神話は嘘だったのだ。そう結論付けて、俺は全ての信仰を捨てた。嘘つきの戯言なんて、信じている余裕はないのである。
続いて、現状の把握について。三次元では表現不可能な存在を前に、それを理解したい衝動がむくむくと湧き上がってくるのを感じながら、それを押さえつける。神様のお言葉だから、何よりも優先しないといけないね。だって上位存在の言葉なんだもの。
早速逸れた思考を戻す。俺の名前は江夏 白妙。“変わった名前だね”“女の子みたいな名前だね”と言われながら、20と4年を生きた成人男性であった。高校卒業と同時に就職し、普通に働いていたはずがあら不思議、翌年には会社が潰れ、何とか見つけたあたらしい勤め先で月100時間の残業生活が始まったのだ。(給料が)安い!(休憩時間が)短い!(空気が)不味い!の三重苦を前に、3年だけ立ち向かおうとして5年間逃げられなかった哀れな生物である。辞めるにも貯金はなく、逃げるにも頼れる実家はなかった。同時期に仲良く無職になった父親が、再就職に失敗して預金を食いつぶしていたのだ。助けを求めたら逆になけなしの10万を奪われた時、俺の心は折れた。おかあさん、どうしてぼくをうんだの?
『長い。50文字で』
過労死ラインオーバーでそのまま過労死しました。頼れる人はいませんでした。もう働くのは嫌です。助けて。
『一文字余りですが、句読点なので許しましょう。かっこつかない存在じゃなければピッタリでしたね。残念』
かっこよければ括弧が付いてピッタリだったのか。やかましい。“あんたの名前って並び替えると過労死越えたなのよ”って腹を抱えていた母よりもやかまし……くはないな。ところでお母さん、本当になんで俺を産んだの?白妙って名前、変わってるけど気に入ってたのに、あれ聞いた瞬間大嫌いになったよ。
『名は体を表す、を体現した死に方でしたね。私は好きですよ。それを気に入ったから、あなたを選んだのです。実に愉快でしたから』
そういえば、俺死んでるんだった。死んでいない神様とは違って、俺は死んでいた。過労死だ。にもかかわらず、この素敵な多胞体様は、まるでこの先の俺に生があるかのようなことを、先程言った。ようやく課せられた罰を終えて、救われたはずの俺に、また罪が待っているようなことを言った。
ゆるしてください。白妙は、労働さんが嫌いです。お仕事さんも嫌いです。残業さんはさらに嫌いで、サビ残さんはもーっと嫌いです。自分のお名前よりも、ずーっと嫌いなんです。
『それほどまでに嫌がるのであれば、強制はしません。生まれ変わるのはあなたでなくとも良いし、その時は本来の定め通り、あなたは等活地獄へ落ちてもらうだけです。おめでとう、懲役1.7兆年の殺し合いですよ』
嫌です!白妙は、懲役さんがこわいです!人生さん大好きです!……ところで、神様なのに死後の世界は仏教方式なんですね。
『素直な子は好きですよ。輪廻を取り入れた宗教でしたから、参考に作りました。
どうやら地獄はお釈迦様が作ったらしい。余計なことをしやがって。そのくせ自分はいちはやく解脱しているのだから、ゆるせない。俺も早く労働の円環から解脱したい。
『私の与える役割を果たしたあかつきには、特別に解脱させてあげましょう。あなたの意思さえ持つならば、必ず達成出来るおまけ付きです』
……神様、俺、頑張るよ。あんたのためなら、なんでもやるよ。
『そう言ってくれると信じていました。やってもらうのは、それほど難しいものではありません。ただ、一人の女の子が死なないように守って欲しいだけです。適した能力と、あとおまけを与えられますが、何か欲しい力はありますか?』
自分の命すら守れず、労働ですり切らした俺に対して、人の命、それも女の子のそれを守れだなんて、神様は随分と無茶をおっしゃる。けれど、それをするか地獄かの二択であれば、選択肢はないも同然だ。
ぜひ、俺にやらせてください。俺を地獄から救ってください。そのためなら女の子の一人や二人、死なせず守ってみせましょう。ところで能力って、未来予知とかできるやつですか?
『限定的にであれば、似たようなことはできます。直接的な時間への干渉は、三次元の生命体には負荷が大きすぎますからね』
やったぜ。未来さえわかれば、元手しだいで金はいくらでも増やせる。投資でも、ギャンブルでも、預言者ムーブでも。労せず、確実に、安定してお金を得ることの偉大さを、俺は過労死によって学んでいた。
お金さえあれば、休むことができたのだ。お金さえあれば、逃げることができたのだ。お金さえあれば、両親を恨まずにいることが、嫌わないでいることができたのだ。体を壊すことなく、幸せにすらなれたかもしれない。
それに、女の子を守る、という点においても、資金は欠かせない。己の身一つで誰かを守りきるなんてことは所詮創作だけに許されているものであり、現実的ではない。どれだけ化け物みたいな身体能力があったって、ミサイルを打ち込まれたら死ぬだろうし、24時間365日一人で守り続けることなどできるはずがない。力があってもサメには勝てないし、ゾンビにだって抗えないのだ。けれどお金さえあれば、安全な核シェルターの中で100年を過ごすことだってできよう。
『金銭への異常なまでの信頼。まあ良いでしょう。あなたが生まれ変わるのは、護衛対象の姉、オーバーさんのお家の長女キャリーちゃんです。金の亡者にぴったりな名前ですね』
おんなのこ、つまり未使用な相棒とは、これでお別れらしい。いや、現時点で肉体はないから、既にお別れしていたのか。そう思うと少し寂しくはあるが、俺は相棒と一緒の等活地獄よりも単身での来世がいい。
あばよ相棒、お前のことは忘れて幸せになるぜ。ところでオーバー夫妻、ネーミングセンス大丈夫?確かに下手な宝くじのキャリーオーバーどころではない額を稼ぐつもりだけど、子供につける名前じゃないよね。現……前世のマザーといい勝負、ではないね。息子の名前を過労死超えたのアナグラムにした人間と比べるのは、来世両親に対して失礼だ。
『それでは、立派に役目を果たしてください。大丈夫、諦めなければ、全ての成功は約束されています』
断言されると心配になってくるな。未来を知っている上位存在様には、全部わかっているのかもしれないが。