過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
魔法至上主義なルーカス先生は出来損ないのことなんて眼中にないので、たまにお水ちょろちょろしてるゴミがうろついてるな〜くらいにしかキャリーを認識していませんでした。もちろん流量も知らないです。
ただ、記憶の中のそれと比較し、確かに今の方が増えているような気がする、という一点でキャリーの言葉に耳を傾け、具体的に挙げられた水量と直接確認したそれが一致していることから、出来損ないの妄言に一定の信頼性を見出しています。
ルーカス先生から名前を呼んでもらえるようになったキャリーです。これまでは人間とすら認められていない出来損ないでしたが、今はかわいいモルモット。おうちでお水ちょろちょろしていると、いつの間にか視線を感じて、振り向くとそこにはじっと見つめるお目目がふたつ。熱視線に照れちゃうわ。きっと、キャリーがかわいすぎるせいね。
このかわいさ、もはや罪っ!と考えながら手を振って、ピクリとも動かない鉄面皮が返ってくる。せっかくのファンサに対して塩対応なことこの上ないが、大丈夫。無表情キャラの相手はフリーダさんで慣れているのさ。きっと先生も、キャリーの魅力にメロメロよ!……わかってる。先生が興味を持っているのは、かわいいかわいいお顔ではなく、カッスカスな才能だけ。より正確には、元が限りなくゼロに近いおかげで変化量が定量化しやすい才能と、その無才を嘆くことなく努力を続ける精神性だけ。
だから先生は、俺がおててからお水をちょろちょろしていても、“少女のおてて水!飲ませろ!”なんて言ってくることはないし、手が濡れたまま近寄ると普通に嫌そうな顔をする。
「キャロライン。検査の時間だ。こちらに来なさい」
先生に呼ばれて、いつも通りお水をちょろちょろ流してみせる。定期的に水量を確認することで、成長の度合いを明確に数値化したいのだとか。まだ始めたばかりだから効果らしい効果も確認できていないようだが、俺は満足していた。事実上、この家において当主である父よりも権力を持っているのは先生で、使用人もそちらにはしきりに気を使う。
その一例をあげると、俺がこれまで冷遇されていた理由の一端は、ルーカス先生に嫌われているからだった。もちろん彼ら彼女らの主義主張もあっただろうが、それでも偉い人間が直接罵倒を浴びせるというのは、周囲が慮る理由としては十分なものだったのだ。
あの子は、あの人に嫌われているらしい。あの子は、あの人に蔑まれているらしい。それならきっと、あの子がなにか悪いのね。だって、出来損ないですもの。そんな、緩くてふわふわした理由で、俺は冷遇されていたのである。なにも、悪いことなんてしていないのに。ただ、人よりずっと、魔法を扱う才能に恵まれなかっただけなのに。
とまぁ、ここまでなら、ただ俺が先生を嫌う理由だけだ。けれど、実際には満足している。それが何かと言うと、答えは目の前に現れる。
与えられたのは、小さな砂糖菓子だった。現代日本よりもずっと甘いものが貴重なこの世界で、暴力的なまでに味覚を殴りつける甘さ。一口分の小さなそれは、先生の仮説検証を手伝っている俺への報酬だ。あとついでに、権力者からの態度が和らぐと、使用人からの扱いも良くなる。
本当なら、このような手間のかかる証明なんて挟まずに、ただ一言つぶやくだけで答え合わせは完了する。けれどそうしないのは、なるべくこの暮らしを守り続けることができるように、秘密を打ち明けないでいるからだ。
二択の正解がわかるよ!というのと、私が口にできる言葉は真実だけど伝えるのでは、やはり大きな差がある。前者であれば便利な特技、後者であれば便利な道具。現時点で潜在的あるいは顕在的な差別主義の皆様から、出来損ないとして認識されている俺の事だ。伝える相手を間違えれば、この身の安全が保証されないことくらい十分に理解している。だから公爵からも逃げたわけだしね。
そして、仮説検証に励んでいる先生だが、絶好の研究対象を観察しているとは思えないほど、表情は優れない。……いつも無表情だから優れないんじゃないかって?正解っ!でも観察され続けていると、いつの間にかなんとなくの雰囲気くらいは伝わるようになるのよ。もちろんフリーダさんもだが、意外と感情豊かなのだ。もっと表に出せば、ゲームやレンジも怖がらないだろうに。
「キャロライン。水の魔法は日常的に維持するのに向かない。光の魔法を使いなさい。男爵達には、私の方から話を通しておく」
悲報、お水ちょろちょろ、リストラされる。もはや俺の代名詞、お水ちょろちょろのキャリーと呼べるくらい馴染んだちょろちょろが、計測時のばらつき抑制のためにリストラされた。……どうでもいいけど、お水ちょろちょろのキャリーっておもらしっ娘みたいだね。あんまり呼ばれたくないな。
代わりに選ばれたのは、コソ練に向いていなかったことで使われずにいたおててぼんやり。蓄光くらいの、僅かな光を手に宿す、お水ちょろちょろより使い道のない魔法だね。体積を測るしかできないお水とは違い、光は光量を測る魔法と規格が存在するのだとか。便利なものだね、魔法使いってやつは。
先生の言うことにゃ、少し育ったお水とは違い、限りなく初期状態に近い光であれば、よりゼロに近いから確認しやすいはず、との事。言われてみれば納得だし、家族の前でもできるのであれば、お水にこだわる必要はない。もちろんお散歩中とかは今まで通り続けるけどね。
こうして誕生したのは、一日中両手が蓄光で光るゆるふわ金髪少女。初期状態な現在は赤色です。いつかは光量を上げて、色合いも増やして、1600万色に光るゲーミングおてて少女を目指しましょう。
そんなことを、まだ太陽光の下では光っていることすらわからないお手てで考えながら、定期的にルーカス先生に暗い部屋へ連れ込まれる。もちろん変なことをしている訳ではなく、暗室で光量評価をしているだけだ。ルーカス先生みたいな大人が、まだ一桁のキャリーに興味を持つわけないだろ。ロリコンと一緒にするな。
おててぼんやり生活は、意外なことに困ることがなかった。他にまともな光源があれば光っていることにすら気付かれないし、まともな抗原がない状態で歩き回るようなことは、まずない。お布団の中で自分の手を見たい時は便利だよ。役立たずだね。
昼間は基本、先生はゲームの面倒を見ているから放置されつつ、主に先生のお仕事終わりに拉致られる日々。研究対象割りで、家庭教師の月謝が少し安くなったことに、お父上は安心の表情と申し訳なさそうな眉を見せてくれた。両立出来るって器用だね。まあ、お父上からしたら娘をモルモットとして提供する代わりに減額されている以上、売っているようなものだ。ゲームの時はあんなに拒絶したのに、キャリーは簡単に売るんだね。……なんて言ったら、お父上の心がめちゃくちゃになっちゃうからだめよ。
「キャロライン、喜べ。お前の成長が確定した」
キャリーも得られるものがあるから気にしなくていいのよ!うぃんうぃんなのよ!とお父上には伝えつつ、元気に生活していたある日。いつも無表情なルーカス先生は、珍しく喜色をあらわにしながら、俺に一枚の紙を見せる。ふむふむ、書かれている内容は、光量の増加と波長について。乱雑に書かれた実験ノートは、本人以外が読むには少々難解だが、概要を理解している俺であれば読解可能。
というかこの世界、光の波長とエネルギーについての理解とかあるのね、とナチュラル異世界軽視思考をよぎらせながら、中身を確認して要旨を理解。なんと驚くことに、このまま成長すれば、俺はあと10年で白い光を出せるらしい。光量については……スマホの一番画面が暗い状態くらい。実用性は相変わらず皆無なのね。ところで先生、ここの単位書き損じじゃないかしら。
さらっと流し読みしながら誤記の指摘をしつつ、内容を噛み砕く。一年間、じっくりねっとり観察を続けたことで、概ね一次関数で表現可能な成長曲線を作成できたこと。単純なばらつきでは説明しきれない成分が残ることから、追加検証が必要なこと。具体的には、夏の間の成長性が高く、不天候続きでもやしっ子生活の間は低いことから、魔法行使時の日光曝露量と成長率に相関性がある可能性が示唆されたこと。
メモっぽい書き方の文と、まとめのためなのか論文っぽい文章が混ざることで、形容しがたい読みにくさをかもしている実験ノートにダメ出しをしつつ、モルモット的にも内容に違和感がないことを所感として伝える。突然のダメ出しに、目に見えてご機嫌だった先生はしゅんとなって、内容に頷いていた。ちゃんと先生に届いてくれたみたいで、モルモットはうれしいです。
赤から紫までの波長を表現できるようになるまでにかかる時間が10年、蓄光で光るゲーミングおてて少女計画は早くも頓挫する。実験結果から見るに、このままじゃできたとしてもゲーミングおてておばあちゃんじゃんね。追加検証の成功に期待するしかないな。
おててを橙色に光らせながら、結果について先生とお話する。この先生、初めて会った時こそ出来損ないは人間じゃねえ!ってスタンスだったが、モルモットとの心温まる交流によってだいぶ絆された。メモ書きに口を出されても受け入れるくらいだから、その打ち解け具合は明らかだろう。
そんな、仲良さげな先生とモルモットの様子を、扉の上で聞いていた人の存在を、この時の俺はまだ知らない。