過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
A.公爵の持ち物になったら、先生は貴重なモルモットと離れ離れになってしまいます。そんなことよりも、有意義な使い方があるからです。だから、明言という言い訳できない開示を除けば、先生はキャリーを売りません。公益よりも研究、研究者の鑑にして人間のクズですね(╹◡╹)
僅かに差し込んでいた月明かりが、消えた。真っ暗ななにかに包まれて、気が付いたら後ろに感じていた気配がなくなる。
「キャロライン、お前に与えていた役割は家での留守番だ。そこに関しては、魔獣の襲撃という予想外の事象に対し、弟の力を借りながらも打ち勝った。この点は、お前の極めて低い能力に見合わぬ偉業であり、手放しな賞賛に値する」
まるで散歩でもしているかのように自然な様子で、先生はそう講評を述べる。ホグワーツならグリフィンドールに10点とか言いそうな様子。俺がグリフィンドール?このざこざこボディでこんなに勇気を出して頑張ったんだからいいだろ。
あまりの自然さに、直前まで命懸けの攻防……逃防?をしていたのが嘘みたいだ。俺はたしかに、ゲームを守ろうと頑張って、これまではどこかで行き詰まって諦めていた。何度もやり直した先が訪れた、ループから脱することに成功した安堵で、腰が抜けて立てなくなる。
「だが、褒められるのはここまで。その後の行動には一つも、褒めるに足る要素がない。偶然、私があの火に気がついて、戻って、間に合ったから良かったが、そうでなければお前はただ魔獣に食われるだけだ。自身の不出来を理解しろ」
それとも、お前は魔獣の餌やり体験が目的で森へ入ったのか?と、いつになくキレのある言葉で続く叱責。これ以外にゲームを守れなかった、抜け出せなかった俺としては、言いたいことがいくらでも思い浮かぶ叱責だが、客観的に見たら全てその通りなので黙る。これが繰り返しの果ての、奇跡のような現状だということは、他の誰でもない俺が一番理解していた。
「……一つも、とは言ったが、一つだけ褒められることがあったな。私がたどり着くまで、よく耐えた」
全面に反省の色を出している俺を見て、なにか思うところがあったのだろうか。先生はそう言って、らしくもなく俺の頭に手を伸ばす。俺としては記憶も曖昧になるくらい前に、後ろから頭を掴まれて以降初めての身体的接触は、けれど前回のそれとは異なり、優しい手つき。
泥にまみれて、本来のふわふわさを失った髪を、大きな手が撫でる。ずっと求めていた救いの手が、暖かい手が、俺を労わってくれる。そのことに、心の底から安堵した。目からお水が次々に生まれて、服の端に跡を残す。泣き虫キャリーは、安心のあまりないてしまったのだ。見た目通り、子供みたいに、大きな声を出しながら泣いた。ずっと、ずっと、怖かったから。先生はそれ以上何も言わず、優しく撫でてくれた。
「痛っ!」
たぶん、2、3分は泣いていただろう。不意にゲームが大きな声を出して、こちらの気を引く。大泣きしている所を見られた恥ずかしさ半分、怖かったのはゲームも一緒だろうに、慰め係を独占してしまった気まずさ半分。
あらあら、ゲームも先生によしよしされたいよね、おねーちゃんばっかりごめんね、と内心まくし立てることで恥ずかしさを誤魔化そうとしながら、何があったのかを聞く。
蜘蛛に、噛まれてしまったらしい。それでびっくりして、思わず声が出てしまったのだと。かわいらしい、かまって欲しいがゆえの言い訳かな?と一瞬考えて、先生の様子が変わったことで冷静になる。
「ゲーム、ひとつ確認させなさい。噛んだという蜘蛛は、手のひらくらいの大きさで、赤紫色の体に白い筋が三本入ったものか」
ゲームが小さく首を振り、小指の先くらいの小さなものだったと言う。先生はそれを聞いて難しい顔をして、すぐに屋敷に戻ることを決めた。
いつの間にか月明かりが戻っていた森の中に、一筋の光が打ち上がる。青色の光は先生が打ち上げた帰還信号のようなもの、らしい。目標であるゲームを見つけたから、急いで戻るようにと。本来俺たちを見つけてすぐにあげるべき合図を、まだ送っていなかったのは、実は先生が俺たちに甘い、という事実の表れだろう。きっとそう、そう信じてる。
ちょっと嬉しくなりながらルーカス先生を見て、その目をやめろとあしらわれる。仕方がないので、まだ素直さの残っているゲームの手を引いて、先生の後ろを歩く。
「お姉ちゃん、今までずっと、出来損ないとか言ってごめんなさい」
しょんぼりゲームは、ちっちゃな手でそれより少し大きい俺の手をぎゅっと握って、ごめんなさいの言葉を口にした。出来損ないでも、キャリーでもなく、お姉ちゃん。さっきぶりの呼び方だが、こうして素直に呼ばれると嬉しいものだ。やっぱり、俺の妹ちゃんはかわいいのである。
お姉ちゃんにも、先生にも、父様にも母様にも迷惑をかけたから、いっぱい怒られる……と気が重そうなゲームの手を引きながら、なんと言って慰めるか考える。やっぱり一番は、怒るのは心配だったからで、大切だから、とかだろうか。
「大丈夫、お父様もお母様も、きっとちょっと怒るけど、最後には抱きしめておかえりって言ってくれるわ」
これさえ伝えておけば、俺から伝えるべきことは十分だろう、そう思った瞬間に、心臓が苦しくなって心停止。何が起きたのかと思って同じ言葉を口にして、再度心停止。これが嘘、ということらしい。
それならなんだ、お父上とママ上が欠片ほども怒っていなくて、抱きしめてよしよしするだけで許すのか?と思って口にして、変わらず心停止。何も言わない、と口にして、鼓動維持。
嫌な予感がした。とても、とても、嫌な予感がした。みんな無事だと口にして、心臓が止まる。両親が無事だと口にして、変わらず止まる。どちらかは無事だと口にして、同じく止まる。二人とも死んだと口にして、心臓は止まらない。
ゲームは、とてもショックを受けたような顔をした。彼女にとっての姉が、こんな状況でそんな不謹慎なことを言うのが信じられない、といった顔だ。俺だって言いたくないし、信じたくない。
だって、つい少し前まで、少なくとも俺がレンジで検証をした時には、まだみんな生きていたのだ。そのはずなのに、もう、二人とも生きていない。そんなこと、受け入れられるはずがない。
だから、この回のことは諦めることにした。俺があんなに泣いていなければ、すぐに動き出していれば、ふたりは無事だと“確認”できたから。せっかく掴み取った生存も、努力の果ての勝利も、両親ほど大切なものではない。もう1回繰り返す程度のことで取り戻せるのなら、熊と再度対峙することだって怖くない。
諦めて、レンジの元にもどる。何度もやり直して、そして再び、先生に間に合ってもらう。両親は、まだ生きていた。急いでお母様の元に向かって、まだ生きているお母様に会う。続いてお父上の元に向かって、頭を失った死体と対面する。諦めて、お父上の方に先に行く。意識を失い倒れていたお父上を回収して、お母様の元に。
お母様も、意識がなかった。そして先生が言うには、原因となる蜘蛛の魔獣のせいで、再び目覚めるのはかなり先になってしまうらしい。受け入れられずに諦めて、レンジで確認する。意識を保ったままのふたりと再開することが、俺に可能か。
答えは、否だった。いや、正確には、ただ会うだけなら簡単なのだ。代わりにゲームを救えなくなって、俺の心臓は自動で止まる。逆に言えば、俺はそれ以外に、元気な二人と再会できない。
それは、嫌だった。嫌だったからこの未来自体を諦めて、戻ることを考える。幸い、今の俺から見たセーブポイントは沢山あって、多少戻れば、ゲームが家出をした事実ごとなかったことにできる。ゲームがお姉ちゃんと呼んでくれた事実も一緒になくなるが、そんなことよりも、俺は元気な両親に会いたい。
だから諦めて、ゲームが家出をするきっかけ、俺の余計なお節介を、無かったことにした。それさえなければ家出が起きないことは、レンジで確認した。
これで、今度こそ解決。そう思って数日過ごした後の夜、先生のいない夜に、屋敷が襲われる。マーダーベアを主体とした魔獣の群れの到来を、お父上は“氾濫”と呼んだ。本来棲み分けがされている領域を越えて、魔獣たちが襲ってくる現象のことらしい。
みんなで、抵抗した。意味はなかった。意味があるなら、最初から先生以外でも良かったのだから。意味もなく命は無駄になって、俺は食べられる。食べられなかった時は、ゲームが先に食べられる。サメ映画の冒頭みたいに呆気なく、みんな死んだ。
だから、先生がいてくれるようにお願いして備えた。あの人がいてくれさえすれば、熊が何体来たって怖くはない。タイミングを合わせて使用人たちもみんな集めて、守ってもらおうと企んで、けれど襲撃はなかった。先生が帰った次の日に、そのタイミングは移った。
ルーカス先生が帰らなければいいのではないか。先生にはやることが多かった。ゲームの家庭教師以外にも、仕事はあるのだから。先手を打って先に討伐すればいいのではないか。ダメだった。そのためには先生の協力が必須で、協力を得るためにはこの能力の開示が必要だ。上手く動かすことはできず、結局襲われる。
レンジを使って、確認する。どうにかして、みんなを助けることはできないか。できなかった。この現状は既に、袋小路に陥っていた。その袋小路振りあまりにも不自然だったので、また確認する。これは、誰かの悪意により仕込まれている。
心臓は、止まらない。狙われているのは、ゲーム。心臓は止まらない。あの子が生まれた瞬間から、いつかこうなることは決まっていた。心臓は止まらない。両親を諦めれば、ゲームは守れる。心臓は止まらない。あの瞬間、あのループの果てにしか、正解はない。心臓は、止まらない。
おかしいとは、思ったのだ。巻き戻るのは何も、あの瞬間、大人たちが家を出たあとでなくても良かったはずだ。ただ見つけるだけならば、みんなが家を出る前に、あっちの方な気がする!と伝えるだけでも良かった。先生が信じてくれずとも、俺の“直感”を知っているお父上であれば、その勝ち金で借金を返したお父上なら、一考するはず。そして、俺の言葉を聞かない先生でも、便宜上雇い主になっているお父上の話であれば、耳を傾けるはずなのだ。それで済めば、俺が狼の相手をする必要はなかった。
あれしか道はないのだと、理解する。だから俺は、諦めることにした。大好きな両親の、優しい笑顔を。諦めても、命だけは諦めたくなかった。たとえ、目覚めるまでに短くても数年かかると“知って”いても、死んでしまうよりは、マシだと思ったのだ。
体感しばらくぶりに、ゲームにいらぬお節介を焼く。そして狼と再会し、殺す。先生に救援を求めて、助けが来るまで熊から逃げる。5回目ともなれば、慣れたものだった。少し間が空いたとはいえ、相手の動きはすぐに思い出せたから。
両親を保護して、屋敷に戻る。レンジは無事だった。使用人たちは、三人減っていた。お父上を諦めれば、三人は死ななかった。俺が、命を選んだ。
ゲームは、意識を失った二人の前で、取り乱していた。同じくらい取り乱すべき俺は、涙を流すことすら出来なかった。
大きな手が、頭の上に載せられる。先生は、何も言わなかった。目の前でゲームが、蜘蛛に噛まれたと言っているのが、遠い世界の出来事みたいだった。