過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
オーバー男爵家の当主は、お父上であるコンスタンティン・オーバーだ。その当主が意識を失い、取り戻す見込みが立たなくなると、必然、その代行者が必要になる。この国の法律では、当主の不在を代われるのは、元々指名されていた相手か、その子息のみ。法により男系を是とされている以上、俺にはその権利がない。長女ではあれど、長男ではないからだ。
そしてお父上は、本来兄弟などを指名すべき代行者を選んでいなかった。つまり、まだ齢5歳のレンジが、オーバー男爵代行である。もちろんこれについても、成人とされる15を越えるまでは実権を与えられないため、その姉やおじおば、祖父祖母等が後見人としての権利を与えられる。俺がこれだ。
おまけに、当人との関係性により十分な資格を持つ後見人を得られない場合、後見人は後見人代理を選出することができる。今回の場合だと、俺が成人するまでの間、後見人としての役割を代理で行ってくれる相手を選ぶことができるのだ。選ばれたのは、ルーカス先生だった。
いい所のお坊ちゃんで、ある程度人となりがわかっていて、かつ、何かあった時に守ってくれる力がある。こうして、ルーカス先生の役職に、オーバー男爵家代行後見人代理、の名前が増えた。公爵様の弟、の方が、ずっと立派で力のある名前だね。
そんな代行後見人代理がまず最初にしたのは、住居を移動させること。我が愛しのオーバー男爵邸は、不躾な狼のせいで荒らされに荒らされた後。ついでに俺のお部屋は穴が空いているし、位置的にも、有事の際に守りにくい。
というわけで、俺たちの住居は慣れ親しんだオーバー男爵領から離れ、先生のご実家、ヒンデルマン公爵領の直轄地に移った。領地のことは、フリーダさんとニコラスさんで何とかできる、らしい。なんでメイドと護衛が領地経営できるんですか?……現状維持を続けるだけなら、誰でもできる簡単なお仕事。お父上は経営の健全化をはかるために頑張っていた。そうですか。
何とかなってくれるらしい領地のことはさておき、俺たちの新しい居住環境だ。激こわ公爵様のおうちのすぐ近く、馬車移動で2日くらいの距離にある、先生のお家。下手な貧乏末端貴族の屋敷よりも大きいお家は、当然のように借金男爵家であるオーバー邸よりも大きく、俺たち三きょうだいと、意識のない両親を受け入れてなお、余裕のある家。
ルーカス先生と、自動清掃ゴーレムと、手動家事メイドが数人。それだけで回っていたお屋敷が、俺たちの新しい住居だった。先生いわく、元々養子として引き取る準備をしていた子供の姉弟二人と病人二人くらいなら、なんの問題もなく引き取る準備があったのだと。借金の形にゲームを引き取ろうとしていた悪徳貴族の正体とは、つまり先生であった。貸主でもあった以上、当然と言えば当然である。
ルーカス様に後見していただけるなんて、とっても光栄なことなのですよ、と現状のありがたさをコンコンと説明してくださる、ニュー淑女教育担当社おばちゃんメイド(子爵子女)の話を聞く。俺だって、これがありがたいことだってことくらい、ゲームの才能ありきな対応だということくらい、理解している。確かに先生にとって俺は優秀なモルモットだが、貴族的な扱いは下の下の中だ。子爵子女がメイドになる環境で、俺のような出来損ない男爵令嬢がお客様扱いなんて、普通のものではない。ましてや、両親の保護なんて、本来先生には欠片ほどにも義務のない行いなのだ。
だから、この環境はあくまでゲームのおかげ。男爵代行後見人として、少なくとも俺はその事を理解していなければならない。だから、たとえ自分の分の食事が飛び抜けて簡素なものであったとしても、思うところはない。だって、この屋敷の主は魔法至上主義者のルーカス先生だ。メイドさんたちも当然のように魔法を使っている以上、この地に蔓延る価値観は、簡単に推測できる。絞め殺されないだけ、感謝しなくてはならない。
「キャロライン、検証の時間だ。来なさい」
というわけで、例によって使用人からも不遇な扱いを受けている俺の役目は、これまで通りモルモットだ。今までは先生がいる時だけだったけど、このお家ならおはようからおやすみまで一緒にいられるね。……ほんとにいようとするのやめてもらっていいですか。俺、これでも淑女の端くれなので。少なくともお手洗いは先生用の尿瓶と分けてください。乙女なので。
まだローティーンにも満たない女児ではあれど、モルモットとはいえど、この身は男爵令嬢である。ソンゲンとか、テイシュクとかを大切にしなくてはならないのだ。そう説得して、ようやく俺は自分のパーソナルスペースを確保した。お部屋がある!自分の時間がある!観察の目がない!すばらしい!
ようやく与えられた人権に歓喜しつつ、同時に食事の質が下がったことを嘆く。観察されているうちは、先生が二人分の食事を持ってこさせていたお陰で、俺もまともなものを食べられた。けれど今、一人でいると、固くなったパンとかをもらえる。あとクズ肉スープと切れ端野菜炒め。……
この、観察から逃れて空いた時間に、俺は淑女教育を施してもらっているってわけ。もちろん先生からの命令であるおててぼんやりは常に継続。最初は“出来損ないが無駄な努力を続けている”と冷たい目で見られたが、俺の立ち位置(モルモット)が知れ渡ったことで受け入れられた。文句を言おうにも、やらせてんのあんたらのご主人様だもんね。
教わることは、元々男爵領でフリーダさんから学んでいたことの継続。あのおばちゃんメイドは、どうやら男爵家でメイドをしているのが不自然なほどの教養
ちょっとホームシックになりかけながらおててを光らせて、妹ちゃんや弟くんのメンタルケアに務める。偽ロリ女児擬きな俺でも、自ら諦め受け入れた俺でも、両親が目を覚まさないのはつらい。年齢的にまだロリショタにも満たない二人であれば、その精神的負荷はそれ以上だろう。俺にはお姉ちゃんとして、そんなふたりの心に寄り添う義務がある。
幸い、あの日マーダーベアから助けたことで、妹ちゃんとの関係性は改善できた。ペソペソ泣いていたゲームちゃんを抱きしめ、寄り添った最初の経験は失われていても、やったことは、事実は変わらない。だって俺は、何度も同じことを繰り返したのだから。
「お姉ちゃん。今日ね、先生に影の魔法を教わったの。月光の系統に属していて、暗い場所とか、月夜の夜にいいんだって」
まだ少し、“お姉ちゃん”の言い方に違和感が残るゲームが、自身の影をうにょろんと動かしながら、教わったことを説明してくれる。もう少し練度が上がれば、影を直立させたり、硬度を持たせたりできるのだとか。ということは、これはあれだね。先生がくまさんをやっつけた魔法だね。
やり方を教わって、真似をしようとしてもピクリとも動かない俺の影を見ながら、“今度は私が、お姉ちゃんのことを守るね”と約束してくれるゲームにお礼を言う。ぜひ、そうしていただきたい。この身は貧弱かつ出来損ないなので、誰かを守るようにはできていないのだ。ごめんね、キャリーは守られるだけのお姫様なの。
ちょっと照れ混じりに抱きついてくるゲームに、口でははしたないと窘めつつも、少し嬉しくて表情が緩んでいるのを自覚する。こうして素直に甘えてくれるゲームは、やっぱりただの子供で、俺の妹で、かわいらしい。天才なこの子がいつまで、こうして甘えてくれるのかはわからないが、それが少しでも長く続いてくれるとうれしい。
一人が寂しくなってしまったのか遊びに来たレンジとゲームの二人を撫でくりまわして構いながら、一旦表面上、二人のメンタルに過度な不調がないことを確認する。もちろん、環境の変化による多少の不調はあり。けれど極端な精神的不安定等はなし。心理学なんてまともに学んだことはないが、こんな時は素敵なお口の出番である。……何を持って極端な不安定、と呼んでるんですか?自傷に走らない程度、ですか。そうですか。ちなみに俺はメンタルブレイク一歩手前らしい。あんま信頼できないな、この判定。
二人とスキンシップしながら寝落ちして、一番最初に起きたら、鏡を見ながらいつも通りの、かわいい笑顔の練習をする。大切な妹弟に、心配をかけるわけにはいかない。肉体的、能力的には頼りなくとも、精神的には頼りになるお姉ちゃんで、いなければならないのだ。
キャリーの朝は早い。と頭の中でモノローグを流しつつ、メイドの皆さん達に混ざって朝の支度をする。意識がないだけで体は生きている両親のために作った流動食を、二人の胃に繋がったチューブへ流し込み、ついでお水も流し込む。この世界にはまだ、栄養を直接流し込める点滴は存在しないらしい。生理食塩水を流し込む点滴はあるのだとか。
ご飯と体位変換を済ませて、おしぼりで軽く顔を脱ぐってやると、心なし、両親の表情が和らいだような気がする。もちろん気のせいだ。昏睡状態の二人の表情は、良くも悪くも変わらない。変わることがない。ついでに意識もないのは、俺が口から出まかせを喋っても反応しないことから確かである。
朝のルーティンを済ませて、メイドさんたちとのお食事タイム。綺麗なお姉様方に囲まれた食事なんて、キャリーは前世でどんな徳を積んだのかしら!……多胞体様のお気に召す無様な死に方だね。ちなみに食べているものはお姉様方と一緒のクズ肉スープとクズ野菜炒め。見た目は悪いが味と栄誉はバッチリ。
美味しいご飯を食べ終えて、さあ今日も一日頑張ろう!と気合いを入れたところで、知らない子供を引き連れた先生とこんにちは。相変わらずの無表情でも、言葉を返してくれるのは好印象。昔はガン無視されてたことを考えると、だいぶ仲良くなれたわね。そもよその貴族の子供に挨拶されてガン無視ってのが、マナー的には良くないが、そこは位の高さで許される。大人気ないね。その点公爵様はこんなミソッカス令嬢にも最低限の敬意を払ってくださった。怖いから二度と関わりたくはないが、貴族的には好印象。
「キャロライン、紹介しよう。私の不肖の息子だ。おまえ程ではないが、出来損ないだ」
なんて酷い紹介。せめてお名前くらいは教えてくださってもいいのではなくて?と思いながら、公爵の甥っ子となれば圧倒的に目上な存在。失礼のないように丁寧なご挨拶を披露して、
「俺はお前なんて認めないぞ!」
とっても素敵な言葉を返される。うーん、同い年か年下っぽい見た目なのに生意気だ。しかし、この美少女フェイスを前に敵愾心メラメラな様子だけは認めてやってもいいかもしれないな。
宣戦布告の前に名を名乗れや、と内心思いながら、笑顔を浮かべることで淑女教育の成果を表す。ところで先生、妻子がいる身なのに