過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
魔獣たちのとびっきりのご馳走ことキャリーです。トカゲのミイラの後に、ほとんど普通の肉と言われた魔獣肉は普通にまずかったです。普通の人間の肉が魔獣にとってこのくらいの味ならば、そりゃあスッカスカの俺はさぞ美味いことだろう。でもそれって家畜でいいんじゃないかな?
そう思って先生に聞いてみたところ、家畜として扱われている動物たちにも、ある程度魔法の素質は備わっているとの事。俺?家畜以下だってさ。そりゃあ魔獣も目の色を変えるはずだ。なんなら人間だって食べたがるんじゃないか?人間に食われるのはさすがにごめんだが。
かわいいキャリーの魅力はこの辺にしておくとして、クソマズトカゲ検証の結果。屋敷のみんなから程度の差こそあれ、大変不評だった試食会だが、本気で不味そうにしていたのはローベルト少年だけだった。メイドさんたちは慣れているのか、少し顔を顰めながら食べていたし、ゲームに至ってはなにこれーと言いながら二体食べた。レンジは変な味と呟いていた。
先に結果を知っていた俺はともかく、先生はまた新たな知見を得られて無表情のままにっこり。なんで表情変えないまま嬉しそうにできるんですか?……わかる俺がおかしい?たしかにそれはそう。
なぜ俺はこんなに高精度に先生の感情を判別できるのか、と少し考えて、大して意味のないことなのでやめる。そりゃあ、父親との会話のきっかけを探しているローベルト少年であれば、興味を持つテーマかもしれないが、俺はただのモルモット。自身が仲良く?できている以上、その原因をさぐる必要性はあまりない。
そう考えながらいつも通り光量の記録を済ませて、クソマズトカゲを口に入れる。これ、俺にとってはただのまずいトカゲだが、魔獣として見るとかなり危険度の高い生き物らしい。主に夜中の森の中で、全身に影を纏って突進してくるのだとか。軽い鉄板くらいなら貫通する威力から、暗殺トカゲと名高いらしい。オーバー領にいなくて本当に良かった。
死ぬほどまずいのを前提に、けれどもその不味さにもなれるくらいには食べさせられ続けて、周囲からの視線は可哀想なものを見る目になった。客観的に見て、俺は才能もないくせに魔法の練習を強いられて、クソマズトカゲをおやつ代わりに食わされている幼気な少女。そりゃあ、同情もされるだろう。お前なんて認めない!と元気よく鳴いていたローベルト少年すら、鳴き声が小さくなった。
「なんで、お前はそこまで続けられるんだ」
ある日、何かを堪えた様子のローベルト少年からかけられたのは、そんな言葉。“意味なんてないのに”と、続けたかっただろう言葉は、口に出されることはなかった。
「わたし、才能ないんです」
表情から、日頃の態度から、ローベルトが俺に対してどんな思いを抱いているのかは、概ね想像が着く。どんな言葉を求めているのかも、何となくわかる。俺の言葉で、どのような方向に向かうのかも。
「火はまともに付けられないし、水だって、こんなくらいしか流せない。手を光らせたって何も照らせないし、砂だって床を汚すだけ」
言葉にすると、やはり我ながら泣きたくなる低出力だ。この屋敷が水も火も、夜の明かりも魔法で補う環境なことを考えれば、自分のいていい場所ではないとすぐに理解できるほどに。
「でも、先生は教えてくれました。ちょっとずつだけど、魔法の出力は上がるって。わたしが生きているうちには間に合わなくても、きっと来世では、今のわたしより上手に魔法が使えるようになれるのだと」
“それに、この先何回やり直すかわからないし”と思ったのは、胸の内に秘めておく。伝えるのは、言葉にした分だけで十分だからだ。来てほしくない来世が来た時に、俺と同じレベルの惨めな思いをする子供なんて、いない方がいい。
「それに、わたしにはこれしかできませんから。先生の研究のお役に立つ以外に、わたしがここに置いてもらう理由はありません」
これは、ちょっとだけ本心。倫理的にどうかは置いておいて、俺を引き取るメリットは、先生にはない。ゲームに関しては才能があるから保護する価値があるし、レンジだってゲームには劣るが才能の塊だ。わざわざ公爵様の弟が引き取るほどかはわからないが、一般的な男爵子息から外れる才能だろう。
それに対して、俺はどうだろう。貴族どころか人間としてすら出来損ないな、無能の極みである。もちろん多胞体様からいただいた奇跡はあるから、役に立とうとすれば誰よりも便利な道具になれるだろうが、先生達には、お父上以外には、このことは直接伝えていない。
モルモットとしての価値を提供できなければ、俺はオーバー男爵領に置いていかれるのが自然なのだ。男爵代行後見人代理なんて、俺がその場にいなくても問題なく成り立つ。なにか適当な理由をつけて置いていけば、少なくとも大手を振って後ろ指を指させるような人はいない。
俺は、その事を理解していた。そして同時に、護衛対象であるゲームや、それを含めなくても家族と別れるのが嫌だった。最初モルモットを始めたきっかけこそ、ただの成行きだったが、今はやめられない理由がある。おててぼんやりとは違って苦しいトカゲもぐもぐも、理由があれば続けられる。
先生に自覚があるのかは置いといて、俺は既に、家族を人質に取られているようなものなのだ。自分の意思で、自由に反抗なんてできるわけがないし、多少嫌なことでも求められたら断れない。……一日間近ウォッチング?多少どころじゃなく嫌だったし、貴族令嬢の沽券に関わるから全力拒否したわよ。あの先生、貴族的な理屈付けがあれば聞くから。
要するに、わたしは何を言われても聞くしかないんです……でも、先生はこれが役に立つって言ってくれました!だから頑張れます!が、ローベルトへの回答。見事なまでの被搾取無知無垢ロリムーブだね。こんなことを言う同い年くらいの子供に対して、何も知らず“お前のことなんて認めない!”と言ってしまったローベルト少年(11才)の返答を答えよ。
「……」
正解は、何も言えなくなってしまう、でした!幼い子供にこんな思いをさせて、罪悪感とかないんですか?……言葉にできている以上、俺の言葉って本心なのよね。本心しか口にできない以上、公爵様の甥っ子に聞かれた俺はこう答えることしかできないわけだ。言い訳はこれで。
「でも、一人でやってるのは大変だから、一緒に頑張ってくれる人がいたらうれしいです」
そう伝えて、まだ何も言えない様子の少年にごきげんようと別れを告げる。優良モルモットのキャリーには、まだこの後も予定が沢山詰まっているのだ。今日のノルマはあとトカゲ5匹と、終わらないおててぼんやりと、まだまだ続くお勉強。でもそれより先にお昼ご飯で、トカゲ試食会以降ちょっと肉が増えたクズ肉スープをいただく。幼い女の子がひたむきに頑張る姿って、やっぱり人の心に響くんだね。最近メイドさんたちの視線から蔑み成分が減少傾向です。……先生?変わらずモルモット扱いだよ。嬉々としてトカゲ渡してくる。全部自分で取ってきて、干してるんだって。暇かよ。
おててを光らせながらレンジとゲームのメンタルケアをして、一日は終わり。最近は寝ながらもおててぼんやりを維持できている、とは、一緒に寝落ちすることがあるゲームちゃんの談。どこにいるか分かりやすくって便利だって。褒められちゃった。よるんぽ用の光る首輪かな?
朝食、介護、と朝の日課を済ませて、相変わらず意識を取り戻す気配のない両親に悲しくなりながら、先生のお部屋に向かう。いつ寝ているのかわからないこの人は、だいたいどの時間に行っても起きているのだ。そしてそんな先生の部屋で俺を迎えてくれたのは、いるのが当然な先生と、これまでこの部屋で見たことのなかったローベルトくん。
「来たな、キャロライン。紹介しよう、モルモット2号だ」
どことなくご機嫌な様子の先生が、そう言ってローベルト少年の肩を叩く。あまりなかったであろう親子の触れ合いに、少年も嬉しそう。だから紹介時には名前を言え。何のための紹介だよ。
前回の紹介時と同じことを思いながら、真面目な顔でこちらを見る2号に朝のご挨拶。これからよろしくね!一緒にクソマズトカゲを食べよう!と伝えると、2号の表情は引き攣った。無理なら頑張らなくていいのよ、あなたには、キャリーと違ってここにいられる理由があるんだもの。
新しく入った後輩にはまず格付け!と思いながら、お近付きの証にトカゲミイラを一つプレゼント。さり気ない在庫処理に、先生も気付くまい。そんなささやかな企みは目敏い先生から一匹補充されることであえなく砕かれ、腹いせにトカゲの頭は俺の奥歯で砕く。
ローベルト少年は偉大な先輩の真似をしようとして噛み付いて、口から苦悶の声を漏らした。ついでに上手に噛みきれず、口からトカゲを生やしていた。この顎力勝負、キャリー先輩の大勝利である。固くなったパンで鍛えた成果だ。
苦しみも、一緒に味わってくれる人がいるなら少しは和らぐ。妹弟は巻き込めなかったが、モルモット仲間ができるというのは、少し嬉しいことだった。
キャロライン
トカゲミイラを一匹食べる事に、一時間くらい中度の二日酔い程度の体調不良に陥る。まとめて食べると淑女にらしからぬ虹色のお粗相を披露する。