過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
モルモット1号ことキャリーです。一般的に、モルモットは増えれば増えるほど一匹あたりの比重が減るでしょうが、当研究所はそうではありません。モル数によらず、全てのモルに課せられる検証は一定、あるいは増加傾向です。確認したい内容は増える一方だし、サンプル数はいくらあってもいいからね。データは多ければ多いほど信頼出来るもの。……なんだよモル数って。6.02×10^23かよ。
もるもる、わたしわるいモルモットじゃないもる。とアピールを続けてようやく作った仲間、ローベルト少年は、本人の意向通り先生とお話する機会が増えて嬉しそう。俺は一緒に苦しんでくれる仲間が増えてちょっとハッピー。先生は2号が1号ほど高性能じゃないことに少し不満げ。サンプル数が増えたんだから大人しく喜んでください。
そもそも普通の子供が、体調崩すほど体に合わないものを食べ続けたり、その状態のまま勉強を続けたり、人生の役に立たないことがわかりきっている練習を続けるなんて苦行、できるわけがないじゃない。それ以上に大切な外発的要因があれば、俺のように続く可能性もあるが、ローベルト少年のモチベーションは父親とのコミュニケーション。これを続けるには、ちょっと弱い。
ダメなのよ、異常転生少女の俺と、通常誕生少年のローベルトを一緒にしちゃ。むしろ、彼は十分に頑張ってくれているの。こんな、賽の河原みたいな虚しくなる作業、よっぽどの暇人じゃなければやらないのが、逃げるのが当たり前なのだ。けしてこの子が不真面目なわけではない。
「なあキャリー、お前いつも、こんなことやってるのか?」
そんな生活を続けたある日、少しメンタルに不調の兆しを見せ始めたローベルト少年が、黙々と魔法の練習とお勉強を同時進行していた俺につぶやく。それに対する答えは当然YES。いつ終わるかわからない、そも終わりがあるかすらわからない努力を続けるのが、俺のいつもの行動だ。正直少し辛くはあるが、続けているうちに慣れてくる。
「父様の研究の手伝いって、もっとワクワクすることをやるんだと思ってたんだ。魔法の上手い使い方を確かめたり、弱い出力でも戦える道具を考えたり、未知の魔獣の脅威を解き明かしたり」
そんなことを考えてからの現状であれば、ガッカリするのも仕方がなかろう。期待に対して、実態があまりにしょぼすぎる。いや、研究者視点で見た研究のテーマとしては、既存の定説を覆すようなワクワクの塊なのだが、子供の視点から客観的に見たら地味だ。
先生の論文を見ると、昔はそういう大衆受けしやすいテーマも研究してたみたいだけど、今はこれに夢中な様子。俺は中身が大人だから共感できるし、共感できることも我慢できる理由の一端にはなっているのだが、この子にとってこれはそうではない。もっと、実利に繋がりそうな動機は用意できないものか。
そう、少しの間考えて、俺の頭では難しいと諦める。かつて少年だった身としては、この年頃の子供が好みそうなものは何となく想像できるが、こと実利という意味で、俺に与えられるものは何もない。せいぜい、かわいいかわいい幼なじみと一緒に過ごした思い出、くらいだろう。これは大人になったら勝ちを持つかもしれないが、今のローベルト少年ではその尊さに気がつけまい。
自然、なにかないかと相談できる相手はルーカス先生。俺とは違って学校に通っているらしい少年が宿題のために離席している間に、何か面白いものがないか先生に聞いてみる。この人はいつも期待に応えてくれないので、正直あまり期待はしていないが、他にできる相手もいないのだ。……なんで決めつけられるかって?そんな人が他にいるなら、親とのコミュニケーションを求めている健気な少年を助けるに決まってるからだよ。
「面白い研究内容、か。お前が気にいるかはわからないが、古代における自傷魔法の原理と効果、という論文があるぞ。出力の限界を縁説で説明した際の基本と、その突破による恩恵についてまとめられた総説論文だ」
縁説、というのは、魔法の出力は精霊さんとの仲の良さに依存するから、より関係の深い魂ほど強大な魔法が使えて、その深さに応じて限界が決まるという説。俺がはじめ、ママ上から教えてもらった説明と一緒ね。なんでも傍流な考え方らしいが。
つまり、ママ上は俺に偏った思想で教育を施していた……?と、気が付かなくていい事実に気付きかけてしまうが、一旦気付かなかったことにする。俺が口に出して心停止しなかった以上、例えどれだけ支持されない考え方であっても事実なんだよ。この体はそういうふうにできている。
先生の教えてくれた総説論文、自傷魔法に戻ろう。これは縁説を前提に、本来ゆっくり育むはずの縁を前借りすることで、当人の出力以上の魔法を行使できるという手法、らしい。その縁に相応する“取り立て”が直後に起きることから、実用性は皆無、との事。
うーん、俺の視点ではだいぶ興味深く、面白い話ではあるが、これローベルト少年が聞いても全く楽しめないだろ。個人的に興味はあるので論文はお借りして、寝る前の時間にゆっくり読むことにする。紙が貴重かつ手書きメインなこの世界で、子供に対して論文を貸すってちょっと覚悟がいることよね。先生からの信頼を実感できて、1号はちょっとうれしいです。
個人的には収穫があったけど結局期待には応えて貰えなかったやり取りを済ませて、家族ニウムが不足したことを理由にゲームのお部屋に遊びに行く。淑女として当然ノックはして、入っていいかの確認もする。授業中でないことは、既に把握済み。
想定通り部屋にいたゲームの返事を聞いてからお邪魔して、さあかわいいこの子を撫でくりまわそう!と思ったところで、本来この部屋にいないはずの異物、ローベルト少年の姿があることに気がつく。淑女の部屋に二人っきりで入るなんて、貴族的には大問題だ。……まだ子供だからいいんじゃないかって?ゲームは子供でも最低限の淑女教育を受けているのよ。ローベルトだって、先生の息子である以上貴族教育は受けているはず。
すわ逢引か、俺はおじゃま虫か!と思いながら、見てしまった以上ほんのりと“身分差があるからあまり感心しないよ”と伝える。ラブロマンスものではないのだから、男爵令嬢ごときが公爵家の人間と結ばれることは難しい。伯爵家の出来損ない令息くらいなら、縁談先に困って結ばれることもあるかもしれないが。
「お姉ちゃん!?違うの!ローベルトとはそんなのじゃないの!」
慌てた様子で否定するゲーム。否定の仕方が浮気を咎められた不貞妻みたい。お姉ちゃんは認めません!と、男爵代行後見人としての立場を乱用しようかとも思ったが、それより先に気になることが一点。呼び捨てで呼ぶって、随分仲良くなったのね。
天才男爵令嬢のゲームと、身分こそあれど貴族の出来損ないなローベルト。果たして仲良くなる要素はどこにあるのだろうと考えると、少し不思議。ローベルトの状況を考えると、仲良くなるどころか劣等感を拗らせて嫉妬に溺れていてもおかしくはない。なにせ、相手は才能を見込まれて義妹になるかもしれなかった少女だ。親からの関心を求めてやまない少年から見れば、俺以上に目の上のたんこぶだろう。……才能ないから見てもらえないのに、自分以上に才能ないくせに見て貰えるやつの方がムカつく?なんで俺じゃダメなんだって思う?それはそうかも。ごめん。
どっちの方が気に食わないか論争はさておき、少年の言い訳を聞く。ふむふむ、休み明けから貴族学校に編入するゲームのために、学び舎における心得をレクチャーしていたと。なにそれ、わたし聞いてないんですけど!これでもゲームの、ほごしゃ?なんですけど!
これはどういうことだと確認するため、二人で密室にいたことをすっぽり頭から放り出し、先生の元へ確認のため向かう。今更だけど、二人で密室〜とか言うならまだ子供なゲームたちより、成人男性とロリ未満な俺たちの方がやばいよね。先生に光源氏疑惑がかけられても不思議ではない。……あの人の心なし人間が光源氏?ないな。むしろどうやって子をこさえたかの方が疑問だ。性欲とかあるのかな?知人男性の下の話なんか聞きたかないけど。
「何かと思えば、そんなことか。ゲームは近いうちに学校に通わせる。当然、レンジもだ。本人たちとは会話済だから、問題ないだろう」
先生を問い詰めると、だからどうしたと言わんばかりに平然と返される。もちろん、問い詰めたのは下の方の話ではなく、ゲームの学校について。
ゲームだけでなくレンジもなんて!どっちもわたし聞いてない!と文句を言うと、先生は冷静に、貴族にとって学校に通うことがどれだけ大切なことなのかを説明してくれた。学びの場であり、社交の場であり、自領にこもって山猿の長にならないよう教え込む場所でもあるのだと。家では常に特別扱いされているガキ共に、普通の人間関係を与える意味でも、必要なのだとか。
そんならなんで、俺は学校に通っていないのか。年齢的に考えて、ゲームやレンジより先に俺が通うのが筋だろう。そう先生に伝えると、とっても残念なものを見る目で見られる。
「キャロライン、お前が今学んでいることは、同年代の子供が学校で学ぶ内容より進んでいる。一つ届いていないのは魔法の使い方だが、これについては通ったところで変わらないのだから無駄だ」
これまで通わなかったのは、貧乏男爵家たるオーバー家にそのお金がなかったから。これから通わないのは、通ったところで得られるものがないから。……同年代の友達とか、作れるかもしれないじゃん。俺だって友達欲しいよ。
「学校は当然、貴族の場所だ。ローベルトは出来損ないだが、それなりに身分があるからまだ通える。しかしお前は、最低レベルの身分と、最低を大きく下回る出来損ないだ。学校においてまともな人間扱いは望めないぞ」
ぐうの音も出ないこき下ろしに、思わずうぐっと声が漏れる。優しい人とか、いない?学校の教師陣とか、守ってくれない?……守ってくれませんか。先生の差別意識は学校でのデフォルト水準ですか。ほんとに人間扱いされないどころか、声かけても無視されるやつね。
それでも、家族と離れるのは、妹弟と離れるのは嫌だ。そう伝えると、先生は少しだけ考え込むような素振りを見せて、学校に連れて行ってやると約束してくれた。やったぜ。ひとりぼっちは、さみしいものね。