過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
学校では人間扱いされないことが確定しているキャリーです。先生からは、“なぜ虐げられるとわかっている場所に自ら赴くのか理解できない”と言われてしまいましたが、答えは簡単、寂しいからです。俺は家族が大好きで、家族と話すのがもっと大好きなんだ。両親の介護を手伝ってくれたメイドさんも、もう少し好きなことをして生きていいのだと言ってくれた。ならば俺は、あの人に両親を託して妹弟たちと一緒にいたいのである。
両親のそばにいてあげられない親不孝を心苦しく思うのを、ゲームを守るのが俺の使命だからと言い聞かせることで誤魔化しながら、先生にお礼を言う。今までお世話になりました。三人分の学費を払ってくれてありがとうございます。いつか、このお金は返してみせます。
「おまえは何を言っているんだ、キャロライン。私が払う学費は二人分、ゲームと、レンジの分だけだ」
呆れた様子の先生から、お礼に対して返されたのはそんな言葉。嘘だろおいおい、俺を学校に連れていってくれるって言ったじゃないか。まさかとは思うが、“見学に連れていったからもう満足だな、ガハハッ!”なんて言って済ますわけじゃないだろうな。
卑怯な大人の騙し討ちは認めないぞ!と心停止しないよう言葉を選びながら伝えつつ、威嚇する猫のようにふしゃー!と睨みつける。キャリーは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の先生を許さぬと決意した。嘘つくなんてサイテー!先生のこと許さないもん!
「話は最後まで聞きなさい。学生にしないから学費を払わないだけで、学校には約束通り連れて行ってやる」
説明を聞くと、高位の貴族子息も通うことから、身の回りの世話をする付き人が一人、学園では許されているらしい。一人分の生活費は当然負担しなければならないが、学校には着いていける。そして付き人は世話のため、授業中にも傍にいること、一緒に授業を受けることが許されているのだとか。
「教材などは支給されないが、おまえの理解力があれば最低限理解はできよう。貴族としての入学でない分、他者と話す機会も少ない。そして、この私が後見するのだから、話を無視されることもなくなるだろう」
せんせい……ちゃんと考えてくれたのね。きゅんっ。とモルモット心をくすぐられて、勘違いだったため先生を許す。その瞬間に当然、俺の心臓は止まった。心臓は止まって、ふしゃー!と威嚇した瞬間に戻った。途端に威嚇をやめ、きゅんっ!と説明を待つ俺。突然の変化に気味悪そうな先生。
なんだー、ただ通わせるだけじゃダメだからって、そんなことまで考えてくれてるんだ。せんせーってなんだかんだで俺の事気に入ってるよね。俺も、家族の次くらいに先生のこと好きよ?と思いつつ口をにまにまさせて、説明の続きを待つ。聞かせてもらおう、ルーカス先生が俺のために考えた、最高で最善の方針を。
「結論として、キャロラインは学校生活によって生じうる不都合を最低限に抑えながら、学び舎に通い、姉弟たちと共に過ごせる。だから学費を払わず、私の付き人として連れていくのだ」
うんうん、さっすが先生、言い方キツかったり人の心ないけどいざと言う時は頼りになるー!と、思ったところでひとつ小さな違和感。なんか、最後の方がおかしくない?なんで俺、先生の付き人になってんの?
何かがおかしくありませんか?と尋ねると、おかしいのはお前の頭だろうと切り捨てられる。おっけー、浮ついた頭をクールダウンして、冷静に考えてみよう。まず、前提として俺は男爵令嬢。立派な木っ端貴族だ。そんな身分があってもまともに人間扱いして貰えない場所で、男爵令嬢の付き人になったくらいでまともな扱いを望めるだろうか。うん、無理だね。それで望めるなら最初から入学しても問題ないものね。
続いて、公爵甥っ子(出来損ない)の付き人の場合。これも無理ね。身分があるから人間扱いされているやつの付き人なんて、下手すれば天才男爵令嬢のそれに劣る。それならゲームの方がいいわ。
かわいい年上幼なじみ(未来形)メイドに傅かれるローベルト少年得の展開はさておき、そうなるとたしかに、残った選択肢は血筋と才能と権力を持ち合わせた人のお気に入り(付き人)だろう。虎の威を借りることで人間扱いされて、立場がある人間の付属品が故にある程度の自由は許される。なるほどこれは完璧な解答だ。前提条件として、“先生が学校へ自由に出入りでき、かつ付き人を連れることが可能”という事実を知らなければ解けないことを除けばね。問題文の不備を理由に特別点をくれてもいいのよ?
というか先生、学校の先生だったのね。なんか普通にゲームの家庭教師やってたから、そんな仕事があるとは思ってなかった。そう伝えたところ、しばらく休職していたと回答をもらう。個人でやってた研究に夢中になって、仕事なんかやってられるか!と放り出し休職、ある程度目処がたち満足したところで奥さんから“しごと……しよ?”と言われ、ちょうど公爵様から寄子の寄子に天才が生まれたっぽいから家庭教師やれと申し付けられたことでうちに来たと。へー、元々学校の先生だったんだね。そんで、俺たちを引き取ったことで家庭教師から保護者にかわり、同時に無職になったと。
先生としては、貯金も十分にあるし、興味深いモルモットも近くにあるから、復職の予定はなかったと。けれどかわいいキャリーがどうしても学校に行きたいって言うから、しょうがなく復職して付き合ってあげる!ということらしい。もちろん、かわいいキャリー云々は俺視点の話。先生視点ではせいぜい、ワガママモルモットだろう。
先生が移動するのは少し後との事で、年下三人組を見送って、2、3日はそのまま過ごす。三人は信頼できるメイドさんの一人が送ってくれるため、間違いなく安全との事。マーダーベアくらいなら余裕で勝てる戦力、との事なので、俺が関われないところで心停止するリスクは低いだろう。……何そのスーパーメイド。うちにもいてほしかった。男爵家じゃ無理だね。知ってた。
キャリーにちょっとお肉多めのスープをよそってくれるメイドさんの不在を残念に思いながら、ご飯を食べたりお勉強したりして過ごす。先生も、復職の準備で忙しいらしく、最低限の記録を取る以外、俺は放置されていた。
仕方がないので先生に借りた総説論文を読んでいたのだが、これがまた面白い。結論として、縁説が確かなら自傷魔法に寄らない出力の向上も存在するはず、と締められているのだが、これはまさに先生が俺をモルモってる研究だ。 おててぼんやりとか、とかげもぐもぐもしかり。
読んでみて、知識として脳みそに蓄積させると、試してみたくなるのが少年心。興味があって、知識があれば、あとは実践だけだ。テルミット反応の存在を知ってアルミを削る経験は、きっと全ての少年にあるだろう。ある!……心停止。ないか。みんな少年心と無謀さが足りてないのではなくて?ちなみに俺は着火用のマグネシウムが入手できなくて諦めました。理科室から盗む以外の方法を思いつけなかったのよね。ついでに今となっては、ヤスリで削った程度の粉末でよかったのかも気になる。無理な気もする。
事前準備として、セーブポイント確保のために、メイドさんの前で“キャリーは今からお部屋で魔法を使いますが、誰にもバレません!”と謎の宣言。意味不明なことしてごめんね、この記憶もなかったことになるから許してね。
「この身に宿るは火のさだめ」
チョロッと、小さな火種が生まれる。火の魔法は何かあると危ないから練習できておらず、ママ上に教わった時からほとんど進歩していない。まずこれが通常の魔法、その中での簡易詠唱。
「この身に宿
マッチ程度の火が生まれ、マッチと同じくらいの燃焼時間で消える。簡易詠唱の調整によって、現在形から未来形にすることで、精霊との縁を前借りする。総説論文ゼミで習った通りだ!とその効果にきゃっきゃし、直後魔法の起点とした指先から広がる痛みに気が付く。
見ると、キャリーの白魚のようなかわいいお指は、じっくり炙られていくかのように、先端から赤くなっていき、右手の全体が包まれる。手首付近まで広がったそれは、明らかに火傷であり、お水ちょろちょろで痛みは若干楽になる。
なるほど、自傷というのはその呼び方の通り、自らにダメージが残るのか。そう確認したところで、前借りした分増したはずの縁を頼りに簡易詠唱を使用すれば、怪我した甲斐あって現れるのはマッチ程度の火……ではなく、本来のちょろ火が心なし大きくなった?程度の火。自傷までして前借りしても、残る縁はこの程度ですか。
繰り返し自傷魔法を使って、右の手が痛くなくなるまで火傷が進む。次第に焦げた匂いがするようになって、キャリーのかわいいお手手は生焼け肉に進化した。このおててではもう、ものを握ることすら叶うまい。
そこまでして、おてて一本を犠牲にして、得られた成果はちょろ火が少し大きくなったくらい。具体的には、使い捨て百均ライターの最弱状態から中状態くらいまでサイズアップ。なお、肝心の持続力は変わらず一秒程度。手を犠牲にしてこれなら、たしかに役たたずとして廃れるな。正直、期待外れだ。もっとこう、最後の必殺!みたいなスペシャルさがほしかった。なんの役に立つのよ、これ。
体感、数ヶ月の魔法行使で叶いそうな程度の成長にがっかりしながら、メイドさんに会いに行って心停止。片腕を生ゴミにして魔法がバレないわけないから、当然の結果ね。
念の為、戻った後にもう一度簡易詠唱をして、火が成長したままであることを確認。この練習方法、もしかしたら俺に向いてるかもっ!と思いはしたが、あまり極端な成長を見せると先生の記録に対して有害だと気が付きやめる。痛い思いはしたくないし、俺は善良なモルモットだもの。
総説論文の内容を振り返ったり、その他のことをもるもる考えたりしているうちに、先生の出発準備はできたらしく、呼ばれる。このお屋敷ともしばしの別れ、もちろん両親ともだ。
返事が、意識がないことを前提に、けれども声をかけ顔を拭い、荷物を持って先生の元に向かう。きっと、2、3日の時間なんて無視できるほど高性能な馬車と馬で、急いで向かうのだろう。もちろんおしりが痛くならないようにクッションも準備済みだ。
そう思って玄関から出ると、先生はキャリーケースのようなものを一つもって、待っていた。そこには馬も、馬車も、もちろん走竜もいない。これでどうやって向かうんだよ。それ以前にそのキャリーケースはなんだよ。
「キャリーケース?ああ、車輪付き鞄のことか。なかなかいい呼び名だな。その通り、これはお前や荷物を格納して運ぶための道具だ」
パカッと開けられたそこには、六畳間ひとつくらいの広い空間。流されるままに突っ込まれて、カバンは閉じられる。違うのよ、キャリーを入れるケースってことじゃないの。
ちなみに、先生本体は空を飛んで移動するらしい。