過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
キャリーでキャリーされたキャリーです。乗り物の見た目に合わず、旅路は意外と快適でした。先生の飛行速度が一定かつ直進なお陰で、あまりGがかからないのよね。もちろん、支点力点と空気抵抗のおかげで、床はめちゃくちゃに傾いている。どうやらサイズが変わるだけで、異空間的な場所にいるわけではないらしい。
斜めになっているのが気持ち悪くて、途中で固定用の金具を外してリラックス。水筒に入れてもらったお茶を楽しむ余裕だってあった。床が斜めなのは気になるが、クッションのおかげでそこまで痛くはない。
なんだ、キャリーケースに格納されるのも悪くないな。むしろ馬車旅と比較すれば全然快適だ。これをルーカス航空と名付けよう。……なんて思っていたら、突然お部屋がひっくり返ってすってんころりん。結構な勢いで頭をぶつけて死に戻り。
何が起きたっ!と考えながらクッションで衝撃を吸収して、グラングラン揺れる部屋の中で怪我をしないように努める。コロコロぽふん、コロコロぽふんと繰り返しクッションに助けられながら揺れが収まるのを待って、一旦金具のところにもどる。先程までのような揺れが再発した際に、体が固定されていれば安心だからだ。
そう思って金具をつけて、少しするとまた斜めになり、今度はガタガタと振動。何となく親しみのある馬車移動を思い出せば、今のこれが地上を移動しているゆえのものだということはわかる。それであれば、先程のものは空を飛んでいた状態から、減速したゆえの慣性による揺れか。
ガタガタ動いて舌を噛みそうになる、乗り心地最悪な地上搬送を我慢しながら死因に思い至って、そんなものどうでも良くなるくらいの乗り物酔いでグロッキーになる。キャリーは貴族令嬢、お粗相なんてとんでもない!と何とか気合いで我慢して、少しでも吐き気を抑えようとお茶を飲もうとしたところで、タイミング悪く乗り物が跳ねてこぼす。……なんでこのタイミングで揺らすんだよ。かわいいお洋服が濡れちゃったよ。
これ以上の被害を抑えるために慌てて飲み干して、そのまま揺られること数分程度。ようやく動きが止まって、頼りない明かりしかなかった鞄の中に光が差し込む。
まずは、安堵。これ以上揺られることはなく、乗り物酔いすることもない。地上に立つという当然の行為のありがたさを、俺は痛感していた。そして次に怒り。こんなに揺れるものなら、先に言って欲しい。
「固定具の着用は指示したはずだ。普通に考えて、多少の揺れくらいは想定できるだろう」
ぐぅ。“勝手に外すなんて、お前はそんなに愚かなのか?”と暗に言われて、自らの愚かしさを突きつけられたような気持ちになる。……先生は俺を信じて、ちゃんと固定されていたものだと考えている。よってこれは俺を責める意図ではない?迂愚っ。
先生からの信頼を知らず知らずのうちに裏切っていた事実に、なんとも口にしにくい感情を抱きつつ、それはそれとして乗り心地には文句をつける。おそらく飛行中のそれについては、概ね文句はない。ただ、振動についてはこれまで馬車に乗った時よりもずっと酷かった。サスペンションとか、揺れを減らすような工夫はしてくれないわけ?……もうしてるのね。していてこれなのね。それならせめて、柔らかい座面を求めます。具体的にはソファとか!あと、普通に飲み物を飲めるようにストロー!
「そうか。検討しておこう」
俺の大変に熱の篭った言葉が響いたのか、先生はそんな、無視する人の常套句のような言葉を返してくれた。ちなみに、この人はこの返事で本当に検討してくれる。行けたら行くね、で日程調整して本当に来てくれるタイプ。建前って知ってる?使わないか。そのままのあなたでいてください。
ところでこの、容量を無視してものをしまえる鞄便利ですね。どこで買えますか?と聞いて、これが先生の手作りかつ、使用のためには重量制御のため高度な魔法が必要だと言われる。暗に、お前には無理だから諦めろ、と言っているわけだ。
「キャロライン、今更だが、なぜお前は濡れている」
指摘され、理由を答えて、呆れた目を向けられる。もう一度カバンに戻ってお着替えタイム。仮にも令嬢ならその自覚を持てって言うけれど、それならそれに見合った対応をしてほしい。……先生が貴族然としたエスコートをしてくれる?想像したら違和感がすごいな。今のままがいいや。
かわいいお洋服②(①と共に先生が用意してくれた)を身にまとって、楚々とした態度で先生の三歩後ろをついて行く。今の俺は、おそらく学園内のこの場所において、先生の付き人である。例えそれが名目上のものだとしても、そういう体で着いてきている以上、それにふさわしい振る舞いは必須。子爵子女だったメイドさんに教わった、メイドとしての振る舞いと淑女としての振る舞いを思い出しつつ、気分は奥ゆかしい大和撫子。
途中、すれ違う人々に挨拶をした方がいいのか否かを考えながら、ひとまず目礼で済ませつつ先生について行く。従者としては、こちらから挨拶はできないし、格の低い令嬢としては挨拶はこちらから。あるいは壁の花になりながら頭を下げるのがベター。ロール一つで必要な振る舞いが全然変わるの、とっても大変。キャリーには向いていないっ!……一々挨拶してたら教室につかないから、学園内では挨拶は不要or最低限でいいのね。たしかに、一人一人にちゃんと挨拶してたら移動だけで一時間経ちそうだものね。
ついでに、俺は今回教育する側の教師の付き人、時と場合によってはその代理として伝言を伝えるなどもあるため、ことこの学園においてはへりくだる必要はないらしい。むしろ、不要なへりくだりは先生の格を貶めることになるからしないようにとの指示。なるほど、だから出来損ないでも人間扱いが期待できるんですね。
学園長室なる場所に向かって、そこで俺の付き人登録をする。一応、教師でも生徒でもない、部外者である俺は、付き人としての証を身に纏うことで初めて一人行動を許されるのだとか。ちなみに証はスタンプだった。左手の甲にぺったんされた。
なんか、学校の備品にシール貼るやつみたいだなって思いながら、何やらもう一枚申請用紙を提出する先生を見る。……実験用備品の搬入って書いてる。カバンの中に入ってたものにそれっぽいものあったかな?と思い返して、思いつかず、二つ目のスタンプを右手の甲にぺったんされる。
左側、付き人証。右側、備品証。何かの間違いかな、と思って右手の甲を擦って、消えないことが判明。途端にショックを受けて崩れ落ちる俺と、不思議そうな先生。ついでに興味なさげな学園長。
「なにをと言われても、実験用の道具には申請が必須だろう。昔ならともかく、規則によって禁止が明文化された今では、無許可での人体実験には罰則が課せられる」
何を当たり前のことを。といった様子で説明する先生。普段俺でしている“検証”も、広義の意味では人体実験に該当するため、学園内での実施には申請が必要らしい。とかげもぐもぐは狭義の意味でも人体実験に含まれるのではないだろうか、と俺は訝しんだ。
ちなみに、現在禁止されているのは、昔お金に困った学生を実験体にして、問題を起こした学生がいたかららしい。当時の学園側はこれを問題視し、無許可/無申請での人体実験を全面的に禁止したのだとか。
馬鹿なことをする、マッドの卵みたいみたいなやつもいるんだな、と思いながら話を聞いていると、学園長の視線は先生の方に注がれている。ふと思いついた仮説を、試しに口に出してみると心停止はしない。人体実験した外道学生はあなたでしたか。意外……でもないし、解釈一致だわね。むしろ、他にやるような奴がいたら怖い。
「私だけの責任、という言い方は心外だ。私は2、3人いた内の一人に過ぎないし、起こした問題は軽微で責任も取っている」
先生の奥さんって、当時実験体の一人だった下級貴族の令嬢らしい。初めて聞いた話だけど、なんだか親近感が湧く話だな。……“安心しろ、おまえ以上のモルモットはいなかった”って、なんのフォローですか?それを聞いて俺はどうすればいいんですか?モル心をきゅんっとさせろと?
ジト目で先生を見ながら、付き人としての心得と備品としての心得を説明される。付き人の方は、お前の行動の全責任は主人に負わせるから、余計なことすんなよ。というもので、備品の方は、持ち主の許可を得ていない“使用”には拒絶する権利が与えられている、たとえ相手が王族で、自分が平民であろうと、その事実に変わりはない。というもの。ちょっと嫌な予感がするんだけど、付き人は位が上の人に“使用”を迫られたら断れないんですか?……断れませんか。責任を取らせることくらいはできるが、それまでですか。
そんならこれも、俺を守るための“配慮”の一環なのだろう。そう思って納得したところで、学園長から先生へ、“ところでそのおもちゃ、儂にも使わせてくれんかね?”とお伺い。間髪入れずNoを突き付ける先生。マッチポンプ感はあるが思わずきゅんっとする俺。
余談だが、貞操観念が極めて硬いこの国の貴族にとって、“使う”という表現はそのまま人体改造の意である。学園長に使われると口から火を吹けるようになるんだとか。結構ロマンあるな。……先生?先生の奥さんは、口の中に暗器を仕込めるように改造されたらしいよ。口をかぱっと開けて、そこから矢を吐くことも可能だとか。こっちもちょっとロマンあるな。