過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
大変タイミングよくゲームのピンチに駆けつけることに定評のあるキャリーです。心停止を繰り返すレベルのものは少なくても、危険を察知して除いていることはとっくに先生にもバレています。まぁ、本気で隠そうとしていないから仕方がないよね。
“聞いてもどうせ答えないのだろう”と、問い詰めることすらなかった先生から、“私を便利に使ったのだから、多少の見返りをよこせ”と言われて、求められたのは楽しませること。……そもそも先生は研究以外に何をすれば楽しいんだ?人の楽しみとかわかるのか?と疑問に思っていると、とあるものを買ってこいと命令される。
先生にも物欲とか、俗な欲求が備わっていたんだ。と不思議な気持ちになりながら、売っている場所とお小遣いを受け取る。キャリーにも問題なく買えるような、遠すぎない場所のわかりやすいお店。これなら余裕ねっ!お任せなさい!と意気揚々と王都に繰り出して、その二時間後。王都の街中には、途方に暮れる俺の姿があった。
理由はとても簡単。単純に、ほとんど街歩きの経験がなかった俺が、周囲のものに気を取られているうちに迷子になってしまった……のではなく、先生から渡されたお金が足りていなかったのである。道に迷う度に答え合わせをできたから、迷うことはあれど迷子になることはない。
最初、ピッタリだったから買い食いしたせいで足りなくなってしまったのかもしれないと思って、そのまま諦めて帰ったことで心停止。余裕、任せなさいと言った以上、失敗したらそれは嘘ということになる。心臓止まる要件、満たしちゃうんだよね。
そして次に、買い食いを避けてそのまま買おうとする。お金が足りないのなら足らせばいいじゃないっ!ということだ。先生が金額を間違えているとは思えないので、これで間違いなく任務達成!と確信して、“お嬢ちゃん、これじゃあ半分にしかならないよ”と言われて退散し心停止。なんでお金足りてないんだよ。
お次は、先生からお金を受け取った直後に、金額間違えていない?とやんわり確認。心なしいつもより声音の高い先生に、間違っていないと答えられる。確認するまでもなくその回答、さては確信犯だな。お金が足りない時に俺がどういう解決をするのか確かめる、その様が楽しいのか。この鬼畜!マッド!研究者っ!
心温まる確認作業を済ませたら、一旦やりとりの記憶をなくすために、あきらめて心停止。心停止の買えない理由がわかった以上、追加の予算を求めるとか、任せろと言わずにすごすご帰ってくるとか、回避策はいくらでもある。いくらでもあるが、これは先生を“楽しませる”ための任務であり、先生を都合よく利用したことに対するお礼かつお詫びだ。実現不可能なものでなければ、叶えてやりたいのがモル心。……金額の不足は実現不可能なんじゃないかって?俺が何を求めてこの能力を賜ったか忘れちゃった?
原因がお金であれば、増やせばいいのだ。そのための力が、この身にはあるのだから。幸い、ここは王都。以前金策に使用した、不快極まりない愉快な催しが開かれている場所である。なんというか、人間の醜さを詰めたような空間だから近付きたくないんだけどね。この際背に腹はかえられぬ。キャリーは人間の争いより、走竜さんのかけっこが好きです。……それならそっちで金策しろって?公爵様に近付きたくないんだよ。こわいから。
周囲の人達となるべく視線を合わせないようにしながらコロシアムの中を受付まで歩いて、優しいお兄さんから“ガキが賭け事なんかすんな!お家に帰ってきた暖かい毛布にくるまって寝なっ!”と優しい言葉をかけられる。キャリー翻訳によりだいぶ意訳したので、原文だと本当に優しい言い方だ。よかった、優しい(怖い)お兄さんなんて、ここにはいなかったのだ。
持ち主様からお使いを頼まれて、と左の手の甲にぺったんされた証を見せることで身分証明をしつつ、“こんな子供に……”と渋られながら賭けに参加させてもらう。学園の影響力は偉大であり、その教師ともなれば付き人にさえ一定の信頼がある。……学園の教師ってみんな貴族なのよね。貴族の付き人は下位貴族が主であり、下位貴族の付き人でも主は貴族。そりゃあ、信頼も得られる。かくいう俺も男爵子女。平民であってもお金さえあれば参加可能なこの催しに、断られるいわれはない。
一応この国の成人年齢は15歳で、俺は今14。そんな、渋られるほど子供に見えるかしら……?と少し不服に思いながら、受け付けてもらえたので気にしないことにする。受付のお兄さんがもっと嫌な人なら頭の中でボロクソに罵っていただろうが、いい人なのは雰囲気でわかる。なんでこんな野蛮な場所で働いているんですか?
ともあれ、賭けが始まってしまえばあとは消化試合。賭け事で所持金を倍に増やす程度のこと、この力があれば実に容易である。ドキドキもワクワクもない、当然の結果である。そのために何回死んだかって?二回だよ。俺、戦士を見る目がないんだね。
オッズ等の影響もあり2.2倍に落ち着いた手持ち金にほくほくしながら買い食いをして、偶然通りかかった教会で清貧な生活をしている孤児の姿に心を痛める。俺がこうして、お使いの余剰金でアップルパイを食べている間にも、世の中には飢えに耐えている子供たちがいるんだ。
先生に引き取られなかったら、両親が目覚めない俺もああして生活していたのかもな、とらしくもなく感傷的な気持ちになって、それを誤魔化すためにちょっとだけ寄付をする。元手は先生のお金でも、責任をもって増やしたのは俺だ。あまり分を好きに使う権利くらい、あるだろう。
アップルパイを食べた以上今更な言い訳を自分にしながら、シスターらしき人に話しかけて、寄進をするにはどうすればいいか尋ねる。“こんな子供が?”という顔をされながら余剰金の入った袋をジャラジャラ鳴らせば、それなりの額であることは伝わったのだろう。少なくとも、見た目通りの子供のお小遣い分ではない。
奥の部屋にお連れされて、そこで改めて袋を開ける。先生が俺に持たせたのが、超高給取りである先生のお賃金二月分ほど。それの2割分くらいだから……うん、子供が気軽に出す額じゃないわね。
そもそも高給取りの2ヶ月分を気軽に預けるな、という話なのだが、そこはこう、先生から俺に対する信頼、ということにしておこう。これでも期待や信頼を裏切った経験は少ないんだ。……出来損ないだから、最初から信頼されていないだけ?なにそれ、つらい。
口にしてしまったことで不都合な世界の真実に気が付きつつ、シスターさんに変な情報を残すわけにはいかないので巻き戻し。ちょっと戻りすぎたな。もう一回初対面からやり直して、今度こそお金を渡す。これで子供たちに、美味しいパンでも食べさせてあげてください。……危ないお金とか汚いお金じゃないですよ。おつかいのお金をギャンブルで増やしたあまりです。とっても綺麗なお金ですよ!
人のお金をギャンブルに突っ込むギャンカス少女みたいなことを言って、“こんな子供が……”と世を儚むような視線を向けられながら、余ったお金を押し付ける。もちろん、多少は俺の取り分も残して。
慈善活動もして、いい気分になりながら丁重に送られていると、建物に入ってきたのは先程の受付お兄さん。さっきの子!さっきのお兄さん!と再会を喜んでいると、シスターさんからご紹介。この教会孤児院出身の人で、子供たちのお兄ちゃんみたいな存在らしい。自らが働いて得た収入の大半を、恩のあるここに返しているのだとか。へー、近場でお給料がいいからあんな場所で働いてたんだ。賭けの場には似合わないなーって思ってたのよね。
お兄さんの視線からギャンカスへ向ける憐れみの色が若干薄れ、関心が混ざったのを確認したところで、この場は別れを告げて立ち去る。せっかくだし今からお茶しない?なんてナンパをするような強心臓も、お兄さんへの関心も持ち合わせがないからだ。
そんなふうに寄り道を挟みながら、本来の目的であるお使いのお店に行く。頼まれたのは、先生の研究に使うらしい魔獣のパーツ。なんでも、魔獣というのは魔法を行使する際に触媒として使うこともできるらしく、つよつよ魔法使い向けに売られているのだとか。俺が森林放火した時に、火打石を使いながら魔法を使った時と同じ、なのかね。そこに籠った精霊との縁を利用するという意味では似たようなものか。……俺?いい素材を触媒に使用しても、実用に足る今日どの魔法は使えなかったよ。
お目当ての一品は、乾燥させた仔火竜の心臓。討伐難易度が高い火竜の、一つしかない希少な部位である。それも両親から守られていたはずの幼体ともなればその希少さも増す。先生的には、成体がよかったらしいが、サイズが大きすぎるので俺では運べないだろうと諦められた。
先生四ヶ月分の高級素材を丁寧に梱包してもらい、持たされたリュクの中にしまう。背中に感じるずっしりとした重み。……ロリボディにはバランス悪いな。もっと小さくできない?無理か。
荷物を背負いながらえっちらおっちら歩いて、途中休憩を挟みながら居室にもどる。“遅かったな”と言いたげな先生が、お椅子に座りながら何かを書きつつ待っていた。
見てっ!先生の無茶ぶりに応えたよ!と自信満々に背中の成果物を見せて、お使いは終了。余ったお金は、俺のポケットの中でいいらしい。足りなかった分を増やしたのだから当然だ。
「よく買ってきた。
中身を見た先生が、満足そうに頷いて、言った言葉はそんなもの。……ちょっと何言ってるか分からないな。キャリーはお金が足りなかったから、ギャンブルで増やしたのよ。値引きなんて少しもしていないわ。
呆気にとられながら返すと、先生も同じように呆気にとられてくれる。表情変わらないからわかりにくいね。俺じゃなかったら気付けないよ。
「あの店なら、私の名前を出すなり、お前の書いた論文の話をするなりすれば半値以上引いてくれるだろう。何のために提携店を伝えたと思っている」
“おつかい用の金でギャンブルとか、お前は馬鹿か”と罵られながら、わざわざあの店舗を指定した理由を聞かされる。へー、研究の補助目的で、買った半分は後で学園から保証される仕組みになってたんだー。知るか、そんな裏事情。先に教えておけ。……知らなかったら一度帰って来るはずだから問題なかった。あまりにも自信満々だったから知っているものと思った。正論言うのやめてもらっていいですか?
つまるところ、先生が困っている俺を見て楽しもうとしているなんてのは、ただの誤解だったのである。実際は貴重な仔火竜の心臓を食べさせて、どの程度俺の魔法が強化されるのかを知りたかったのだと。結局、先生の楽しみは研究でしかなかったのか。
余談だが、賭けでお金を増やしたことは普通に怒られた。ポケットマネーですらなく、研究費だったらしい。研究費の私的利用は立派な横領なので、怒られるのも残当。