過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
小さな影とかげではなく、大きな火とかげこと仔火竜の心臓(非食用)をもぐもぐさせられたキャリーです。ちょっとずつ食べないとショック死するほど不味いハツの干物は、とかげみたいに気軽にもぐもぐできません。先生ですら思わず吐き出してしまうような劇物を、キャリーがまともに食べれるはずがないのです。
普通に食べることはすぐに諦めて、ヤスリを使って削る。親指の第一関節サイズの欠片を飲み込んで、一時間程意識が朦朧として以降、これをまともに食べるのは諦めた。魔法の素質が俺にとって毒なのだと、改めて実感できた素晴らしい出来事である。
自身も吐き出した以上、あの先生すら、食べることをやめていいと言った劇物を、それでも食べ続けるのは、それをするしかできることがないから。身を守るための短剣も、変わらず練習は続けているが、俺には武術の才能はない。“は”じゃなくて“も”だろって?うるさいな。“武術の才能も魔法の才能もない”これで満足か?
所詮、俺は繰り返す死に戻り能力とかわいいお顔しか取り柄のない出来損ない。かわいい上に死に戻りまでできるとか無敵かな?天は二物を与えたか。……才能をくれたのは多胞体様だけど、お顔はママ上だね。天がくれたのは一つだけだった。
そんなことを考えながら今日の分の削り粉を飲んでいると、先生から珍獣を見るような目で見られる。食べなくてもいいと言われたものを、変わらず食べ続けているのが奇妙らしい。やってること、積極的に体調崩しているようなものだもんね。正気じゃない?自覚はあります。
「キャロライン、お前が最後に休んだのはいつだ」
今日も今日とてうっすら体調が悪い中、何故か学園長から期待されているらしい追加の成果の為、素敵なお口と小さい脳みそをフル回転させながら論旨を考えていると、不意に先生がそんなことを言い出す。休んだのは、今が午後の2時頃だからほんの一、二時間前だな。先生と一緒の昼食ではなく、以前消えたループの中で一緒にお昼を食べた女子生徒たちと。今度こそはと先生と別でご飯を食べた時に、同じように誘われて、何も起きずにお昼ご飯を完遂したのだ。それ以降、たまにこちらからも混ぜてもらいながら一緒に食べることがある。
一緒に食べてなかったからって、キャリーがちゃんとお昼休憩を取ったことすら忘れてしまったのかしら?先生、ボケが来るのはちょっと早いのではなくて?と思いながらその旨伝えると、先生はため息をつく。
「馬鹿者。誰が昼休憩の話をした。休日の話に決まっているだろう」
それと、私の頭脳はまだ明晰だ。と付け加えるように言ったのは、痴呆扱いされたのが余程気に食わなかったのだろう。ちょっとご無礼を働いてしまいましたわ。と思いながら、この位の軽口……軽口?をたたける関係が少し心地よくもあって思わず口元が緩む。この先生との関係も、思えばそこそこ長いのだ。それに最近はいつも一緒にいる。たとえ俺が出来損ないでも、多少は仲良くなれるだろう。
そうして、先生との関係性について考えて和んだところで、言葉の中身の方が一歩遅れて追いつく。きゅうじつ。休日。俺が最も尊いと思うもので、何よりも大切にしたいと思うもの。……家族とか多胞体様は別枠ね。
そんな尊い休日を、他でもない俺がちゃんと取らないはずがない。毎日毎日休日のことだけ考えて生きていると言っても過言ではないのに、忘れることなんてあるはずがないだろう。……二回心停止。ごめん、さすがに毎日は考えてないから過言だし、普通にすっかり忘れてた。
さてそうなると、キャリーが最後に休んだのはいつだったかしら。そう思って、まず考えるのは学校がお休みな日曜日。この世界では太陽の日、なんて呼ばれているが、実質的に日曜日。前世の世界では神様が休んだ日だが、こっちの世界では別に休んでいない。それでも同じように学校が休みなのは、覚えやすくって便利ね。
今日が水氷の日、水曜日であるから、前回の日曜日は3日前である。その日俺は当然のんびり休んで……はおらず、先生に頼まれて生徒たちが書いた宿題の下読みをしていた。現行魔法における詠唱の必要性について800字以内で述べよ、的なやつ。ただ読むだけなら簡単なんだけど、制限を守っているかとか誤字脱字とか、その辺までしっかり見るとそれなりの時間がかかるのだ。俺の仕事は最終評価点を決める以外の全てね。仕事のアウトソースやめてください。それが終わったあとは内容点について先生と議論して、そのあとはいつもの成長検証とか、晩御飯作ったりとかしてたな。
さらにその前、もう一つ前、まだ一つ前、もっと前、と日曜日の過ごし方を思い出して、そのうちの一つも、純粋な休日がないことに気がつく。毎日同じように起きて、同じように学校に来て、同じように働いている。お給金もまともに出ないのに。
この事実に気がついて、おれは思わず発狂した。休みというものは大変に尊いものであり、それを軽視するような愚か者はその報いを受けるべきなのだ。月月火水木金金なんて非人間的な生活はしてはならず、土土土土土土土の安らぎを求めるべきなのだ。にもかかわらず、何だこの有様は。
気がつくと、手に持っていたペンを落としていた。書きかけのメモにインクが染み込んで、白かった一枚が無駄に汚れる。……まだ使えるからセーフ!
「ルーカス先生!キャリーはお休みがほしいです!お休みをください!」
先生の方に駆け寄って、そのまま掴みかかって懇願……しようとしたところで手に付いたインク汚れに気が付いて、綺麗に拭き取ってからゆさゆさと子供みたいな懇願をする。先生は呆れたような目で俺を見て、意外とまだ冷静だな、と呟いた。そりゃあ、偉いお貴族様のお召し物を汚すわけにはいかないからな。
そうして勝ち取ったのは、土日の休み。完全週休二日制どころか、週休二日制すら導入されていない未開の地ことこの世界において、2連休というのは非常に貴重な代物だ。
二日もあれば、なんでもできるっ!と考えながら、浮かれた頭を伴って作業にもどる。すごい、頭痛が止まらないはずなのに頭が軽いっ!と感動して、うっかり口にしたことで先生に不調がバレる。
「キャロライン、体調が悪いなら休んでいなさい。仕事熱心なのはいいことだが、おまえの体が一番大切だ」
トゥンク。鬼畜外道の先生からそんな優しい言葉をかけられると、思わずときめいてしまうじゃないか。でもこの体調不良、先生に食べさせられてるとかげのせいなんですよ。マッチポンプで好感度稼ぐとか、DV彼氏か?
現在の体調は、とかげもぐもぐによる定常的な頭痛(中度の二日酔い程度)と、顆粒火竜による吐き気と腹痛、あと心なし早めの動悸。……こんな状態で練習続けたって、そりゃあ成長するはずがない。
「待て、キャロライン。魔獣食による体調不良とは、その直後のみの一時的なものではなかったのか」
一時間を一時的と言うなら一時的だし、継続的なものと呼ぶのなら継続的である。ここ、キャリー的注意ポイント。どちらとも取れるような言葉を何も考えずに使ってしまうと、後々痛い目を見る。
「脈動のたびに感じる頭痛、動くのが億劫になる程度のもの。頑張れば動ける程度であれば、少し重めの二日酔いくらいか。そんな体調で毎日生活していたのか?」
呆れるような、というかドン引きするような声。あんたがやらせてることだろ!と言い返したくなったが、確かに振り返ってみれば、先生に体調不良のことを真剣に伝えたのは最初の時くらいだったか。それ以降はもう諦めて受け入れていたから、体調不良は俺の内側にだけしかない。……こんなに一緒にいるのに体調不良に気付かないとかある?“私が知っているお前はいつもとかげを食べている”ですか。そりゃ、体調不良の瞬間しか見てなければ気付かないわな。とかげを食べる前は見ていたんじゃないかとも思ったが、当時の俺は純粋なモルモット。協力者でもない出来損ないが、先生から注目されるわけないね。
納得したくない理由で心の底から納得しつつ、ふと、先生も吐き出すような仔火竜の心臓であれば、同じように体調不良にもなるのではないかと思い至る。
可能性に気が付いたら、試してみたくなるのが良いモルモットというもの。断られる前提で先生に仮説を伝えて、このくらいで先生も体調を崩すはず!とエイヤで干物を切り分ける。ふふん、声に出して心臓が止まらない以上、この検証の成功は保証されているのだ。
罪悪感でも感じているのか、いやに素直な先生が欠片を口に入れ、吐きそうになりながら咀嚼する。なんだろう、哀れみを感じるべき光景のはずなのに、何故か胸がドキドキする。俺が普段されていることって、客観的に見たらこういうことなのよね。……これが、恋?
絶対に違う胸の動悸を無視して、何とか飲み込んだ先生の様子を見守る。体調は、とっても悪そう。一体誰がこんな酷いことをしたのだろう。俺だね。きっと今頃、先生は殴られたような腹痛と、立っているのがきついくらいの眩暈に襲われているのではないだろうか。……そういえば先生、次授業だね。大丈夫?だめですか。そうですか。
幸い、次の授業は初等部向けの座学。自信はないが、俺でも何とか代われる程度……のはず。
キャリーに任せて休んでて!大丈夫!上手くできるから!と伝えて、上手くできるか諦めるかの状況を作る。劇物食べさせたの、俺だもんね。タイミングを考えなかったのも。そもそも授業前に体調崩しかねないものを食べた先生の、社会人としての自覚に問題がある気もするが、まあ、細かいことはいい。休みが約束された俺は無敵である。
先生を居室に転がした状態での初等部の授業は、まあ、何とかなった。心臓が止まった回数?10回くらいだよ。