過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい   作:エテンジオール

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先輩モルモットとの邂逅

 ルーカス先生の一番モルモットことキャリーです。キャリーより先のモルモットはいたとしても、キャリーより優秀なモルモットはいないと自信を持って言えます。自主的に論文を書くようなモルモットなんて、俺以外にいてたまるか。俺がモルモット王だ。

 

 最近やたらと構ってくる先生と、ついでに2号の行動に違和感を持ちながら、姉弟揃って餌付けされます。今日のおやつはクッキーです。おいしいね。……今あたらしい論文の概要考えてるから後にして!口元に持ってきてもだめっ!こぼれたら紙が汚れるでしょ!

 

 おそるおそるといった様子でクッキーを近付けてくる先生を一喝し、しつこいので一つだけ受け取って食べる。うん、味はおいしいね。でも満足そうに頷くのはやめろ。俺は動物園のふれあいうさぎか。……先生のモルモットだったね。

 

 俺の用途は愛玩用じゃなくて研究用のはず……とモルモット的不服を抱きながら、親の真似をして差し出してきた2号のクッキーをやけくそ気味に食べる。こっちはココア味ね。バリエーションがあって素晴らしいが、本物のモルモットにはあげないように。大体の動物にとってカカオは毒なのよ。

 

 調子に乗っておかわりを食べさせようとしてくる2号(生意気な後輩)に、受け取ったクッキーを縦方向にねじ込んでやることで先輩の威厳を示しつつ、先生に対してお菓子より先に寄越すものがあるだろとガンを飛ばす。渋々、といった様子で取り出されるのは、今日の分のとかげ。食べて美味しいだけのクッキーより、俺の体にとって有益なものだ。……体調を崩すから有害?でもクッキー食べても増えるのは脂肪だけじゃない。キャリーは成長できないわ。

 

 体調不良が日常化しすぎて、万全の体調だとむしろうずうずしてきて落ち着かない自分に、若干危うさを感じつつ、受け取ったとかげをもぐもぐ。うーん、程よい不快感。気を抜くとクッキーと一緒に吐き出しそう。

 

“モルモットとの距離を縮めるにはどうすればいいか”という先生の相談に対して、モルモット=キャリーと正確な認識をした上で、“おやつを手ずから食べさせるといい”なんてふざけたアドバイスをしてくれたのは学園長らしい。コノヤロウ、いつかしばくと心に決めつつ、お昼の時間もすぎたのにいつまでも授業に向かわないみんなに違和感を持つ。

 

「お姉ちゃん、授業中があるのは今日の午前中まで。もうお休みに入ったんだよ」

 

“一年間お疲れ様って先生がお菓子くれたのに、話聞いてなかったの?”とジト目を向けてくるゲームに、聞いていたと誤魔化すような言葉を返して心停止。仕方がないじゃない、集中していたんだものと伝えてさらに心停止。人の話は聞きましょう、ということらしい。素直にごめんなさい。

 

 とはいえ、休みになったとて生活にたいした違いはあるまい。過ごす場所が先生の屋敷か学校かの違いで、日常的に関わるメンバーが少し変わる程度。なんなら、わざわざ帰らずとも、学校で休みを過ごしたっていいのである。

 

「キャロライン、話を聞いていなかったようなのでもう一度言うが、今年は屋敷に戻る必要がある。準備をして来なさい」

 

 はて、何かあったかしらと考えながら、言われた通りに準備する。とはいえ、俺の私物なんてものは大した量がないので、数分もあれば済む程度だ。着替えとか、身の回りのものとかを先生のキャリーケースに収納して、それで終わり。初回の反省を活かして、発着前に連絡を入れてもらい、シートベルトを着けるような運用に変えれば、道中の快適性と安全性は両立できた。

 

 1シートから4シートに進化したキャリーケースの中で、年下の子達の面倒を見ながら到着を待ち、頭をぶつけて死に戻ることもなく無事到着。憐れな実験動物を見る目から珍生物を見る目に進化した使用人の皆様に見守られて、勝手知ったる他人の家に帰宅。俺の家はオーバー男爵家だからね。いくら慣れても、ここは他人の家である。

 

 少ない荷物をいつも通り部屋に置いて、先生の研究部屋に向かう。そこにあるのは、まだ先生の様子がおかしくなる前に取り貯めてあった大量のとかげミイラ。王都のすかすかなみいらとは違って、名産品は味がしっかりしているね。つまりいつも以上に不味くて、体調不良になる。

 

 量を誤って猛烈な吐き気に襲われながら、先生に呼ばれて食堂に向かう。その先に待っていたのは、見覚えのない赤髪の女性。服装と佇まいから、確実に貴族。俺がほぼ最下位な男爵家ということを考えれば、少なくとも同格か格上である。

 

 自然、俺にできるのは礼をすることだけ。こちらから馴れ馴れしく話しかけるなんてことはできないし、相手が名乗るように促すこともできない。

 

「ペトラ、紹介しよう。私のモルモットだ」

 

 紹介をするなら名前を伝えろ、と毎回思っている他者紹介はさておき、この婦人が来客であれば、相手の方を先に紹介する可能性がある。相手の格と紹介者との関係性にもよるから一概には言えないが、一旦ここは男爵令嬢であることと、紹介者であるルーカス先生には日頃からお世話になっていることを伝えれば十分か。雰囲気的に、先生の身内っぽいし。

 

「キャロライン、紹介しよう。私の妻だ」

 

「ペトラ・ビーデルマンです。こうして話すのは初めてですね、キャロライン嬢」

 

 紹介者の口から名前を聞けないことは、もう諦めた。それはさておき、聞き捨てられない情報が二つほど。まず一つ目、先生の奥様ということは、この人が噂の、口から矢を飛ばせるように改造された先輩モルモットということ……ではなく、向こうから見た俺は夫を誑かした何処の馬の骨ともしれないメスモルモットということ。同じ部屋で生活して、酷い時は二十四時間観察されて、最近はおやつを食べさせられたりしていることを考えると、貴族的には当然だし、平民的にも外聞が良くない。

 

 勘違いされていたら、“この無礼モルモット!”って矢を打たれても文句を言えない状況に、とかげの摂りすぎで元々良くない顔色がさらに悪くなるのを実感。違います!そういう関係じゃないです!と必死にアピールして、お返事は容赦のない平手……ではなく、優しいなでなで。

 

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。この人に性欲がないのは、わたくしが一番理解しているもの」

 

 どこか遠い目なのは、そのせいで色々困難があったからなのだろう。貴族の結婚って、子を作ってなんぼだもんね。性欲のないパートナーなんて持とうものなら、実家からの突き上げが大変だろう。

 

 さぞ大変だったのだろうと他人事ながらに考えて、平手じゃないならなぜここに来たのかと疑問に思う。無表情な誰かさんとは違い、俺の表情は大変わかりやすいようで、夫人は苦笑い。

 

「この人からモルモットとの距離を縮めるにはどうすればいいかって相談があったの。あんまりにも似合わないから詳しく聞いてみたら、意図しないうちに毒物を常食させて、変な癖までつけちゃったから思い直させるために心の距離を縮めたい、なんて言うんだもの。身内の無礼として、詫びなくてはならないわ」

 

 曰く、先生の認識では、当初とかげは不味いだけの素材だった。だから常食させたが、実態は体調不良になると知って仰天。年単位で続けていたことだけに反省しつつ、やめていいと言ったにもかかわらず、それが日常と化したキャリーは逆に催促。モルモットが壊れた!どうしたら話を聞いてもらえる!?と相談した次第らしい。……先生、そんなに気にしてたの?大した理由もなく検証をやめようとするから抵抗してただけなのに。

 

“この検証は既に、先生一人のものではなく、俺のものでもある。こちらが覚悟を決めた以上、そちらが勝手に投げ出すことは許さない。お前が始めた物語だろ”という意図の言葉を、しょんぼりしたぶつける。夫人の翻訳によって一度は聞く耳を持ったように見えた俺からの、全力の拒絶に対して、先生は目を丸くし、夫人もびっくりした様子。

 

「私は、少しでも魔法の素質がほしいんです。どれだけやっても役に立たないかもしれないし、あとから時間の無駄だったと後悔するかもしれないけれど、何もしなかったことを後悔するのは嫌だから」

 

 何もしなかったら、魔法の才能を鍛えないままだったら、後悔することは既にわかっている。何もしなかったら後悔すると口にして死ななかったのだから、確実だ。だから、少しでも素質を高めるべく努力をするのは俺にとって当然のことであり、邪魔をするのは先生であっても許さない。

 

「ルーカス先生が教えてくれたんです。こうすれば、魔法の素質が得られると。これが私にできることだと。なのに、勝手に辞めるなんてしないでください」

 

 あなたには続ける義務がある、と言って心停止。辞めるなんて許さない、と言って心停止。ずっと一緒に続けたい、と言って心停止。ようやく捻り出した心臓に優しい言葉を聞いて、先生は珍しく、無表情を崩した。どうやらこの人にも表情筋は備わっていたらしい。

 

 常に体調が悪いのも、いいものを食べている貴族子女なのに同年代の平民より発育が悪いのも、織り込み済みで俺はとかげを食べている。そう宣言して、証拠とばかりに目の前でとかげを食べて、間隔が短すぎたせいで戻しかける。危なく初対面の人の前で尊厳を失うところだった。

 

 夫人は俺の言葉を聞いて諦めたように首を振り、先生に対して、自分の行動の責任を取りなさいと言う。しぶしぶと受け入れて、俺にとかげミイラを差し出す先生。二人の間にどのようなやり取りがあったのかは知らないが、俺の要望は通ったようだ。これ以上食べると吐くから、とかげはポケットにしまう。

 

 余談だが、聞き捨てられないもうひとつの情報は夫人の姓。ビーデルマンである。この国は当然、夫婦別姓を導入しておらず、先生の兄弟である公爵家はヒンデルマン。名前違うじゃないか。なんで伯爵家の名前を使っているんだと思ったら、先生は既に公爵家から分派して伯爵家の当主なのだとか。数年も一緒にいたのに初耳よ。あなたは他者紹介の前に自己紹介をなさい。

 

 ……この人が責任を取る以上、あなたは実質うちの子!お母さんの代わりだと思って甘えなさい!とお茶目な様子を見せる夫人にお願いしたら、先生の研究成果である仕込み武器を見せてくれた。“はしたないからできれば見せたくないのだけれど……”と扇で口元を隠し、窓を開けるとお口をパカッ!ものすごい勢いで飛び出した何かが少し離れた木まで飛び、見に行くと木製の矢?が深々と突き刺さっている。

 

 不覚にも、失われた男の子の部分が刺激されてテンションが上がった。先生、ロマンってものを理解しているな。




 責任を取る(終身雇用の確保、お見合い相手の調達、充実した福利厚生等)
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