過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
夫人と十分打ち解けた頃に、学校にもどる時期がきたキャリーです。キャリー、ペトラさん、と気軽に呼び合える良好な関係。男爵子女と伯爵夫人という前提を考えれば、驚くほどの打ち解けでしょう。自分でもびっくりした。
また来年も会いましょう!と和やかに別れを告げて、輸送された先は学校。なんだろう、常識のある、頼れる大人がいる環境って、精神安定上とても大きなことなんだね。……先生?俺主観だと抵抗しても劇物食わせてきたお方だぞ。自主的に食べるまで慣れて、頭ではもう大丈夫と理解していても、それでも刷り込み的な不信感がある。信じたい気持ちは本物なのよ。
それと比べて、ペトラさんはどうか。作業に熱中していたら飲み物を差し入れてくれて、ご飯を後回しにしたら叱ってくれて、“とかげだけだと栄養が偏るから……”と魔植物(魔獣の植物版)を差し入れてくれる。魔植物は複数回心停止する素敵な劇物だったが、これまで縁のなかった森緑の精霊さんの魔法の味がした。どんな味だよ。
見守って、気遣って、叱る時は叱りながらも尊重してくれる。こんなの、もうママじゃないか。ママ上に甘えられなくなって久しい俺は思わず抱きつきながら号泣し、その晩、元気だった頃のママ上を思いながら目覚めぬ体に涙を落とした。時間が解決してくれることは、口のおかげで知っていても、寂しいものは寂しい。
両親を思ってたまに胸が苦しくなりながら、興味深い論文“自己増幅・蓄積性の付与による、特殊干渉魔法における時間差攻撃の実用化”を読む。昏睡や精神干渉等、特殊干渉魔法と分類される魔法の課題である、“わざわざそんな魔法かけるくらいなら直接殴った方が早いじゃん。この陰湿野郎!”を解消するため、低出力かつ短時間で仕込める干渉魔法、通称“呪い”を作ったよ!という陰険な論文だった。恵まれた素質持ちにも弾かれないように工夫することで、理屈上はおとぎ話の“勇者”レベルの相手でも通用するらしい。単体では無害な形で定着、潜伏し、徐々に成長。最終的には内側から広がるのだとか。がん細胞かな。
俺の両親が目を覚まさないのも、この特殊干渉魔法の影響なんだよなと考えながら、この呪いにある程度の段階から拡散性を付与して、周囲に感染するようにしたらテロれるなとメモを書く。
机上論の概要を書いて先生に見せ、“お前は人の世を終わらせるつもりか”と素敵な突っ込みとともに燃やされる。万が一どこかのマッドな研究人間に見つかって、実現されたら大惨事だから残しておけないらしい。よかった、先生にも僅かな倫理観は備わっていたんだ。……それってつまり、俺には倫理がないってことですか?そうですか。先生未満とかさすがにちょっとショックです。
仕方がないので呪いと特殊干渉魔法について調べ事をしながら日々を過ごしていると、ある瞬間突然の心停止。喋っていないことから、またゲームが死んだと察しつつ、念の為俺の過去の言動が嘘になったわけではないことを確認する。先生の前で突然喋って心停止するだけの簡単な作業だ。
ゲームの死が確定したところで、ひとまず状況把握。今日は雪が積もっている山での過ごし方、注意点、動植物などについて学ぶと言っていたから、そこでの実習中に事故に巻き込まれたとみて間違いなかろう。幸いと言っていいのか、戻ったタイミングは数時間ほど前。心臓止まったのがお昼からしばらく経ってからで、今はお昼前だ。
先生に、今日の予定今から全部キャンセルね♡ と極めて一方的な通知、お昼その他全てを投げ出して、ゲームの元に向かう。先生は授業があるから一旦ひとり、でもゲームの場所だけ教えてね。教員なら実習の場所くらいわかるでしょ?
本当ならワガママあざとロリ畜生ムーブで先生も連れて行きたいところだが、状況がわからないままではいたとしても移動手段くらいにしかならないので、放置。……くらいってなんだよ移動手段甘く見てんのかふざけんな。雪が積もった中一人でこの貧弱ロリボディがまともに動けるわけないだろ。
過去の自分の浅はかな判断を恨みながら途中で力尽きて、休憩中に心停止。移動もままならない体、不便だね。安定のルーカス航空に頼るべく、紙と向き合っている先生の所へ行って、服の端をちょいちょい引っ張る構ってアピール。出会って直後なら恐らく言葉もなく振り払われただろう行動に対して、僅かに目元を緩ませて振り返る先生。これがデレ期か。
寂しいから今すぐゲームに会いたいの。先生、私を雪山に連れて行って!と無茶振りをし、承諾される。授業は休みらしい。客観的に見たら、“ペットのポチが寂しそうなので早退します”と言っている社不行為だな。大人として恥ずかしくないんですか?……大切な家族のためなら恥の一つや二つ、恥ずべきことはない。ですか。真顔で大切な家族とか言わないでよ。からかった俺の方が恥ずかしくなるじゃない。
もちろん、先生とて俺のわがままならなんでも言うことを聞いてくれるわけではない。ただ、これまでの傾向的に、俺が突然ゲームに会いたがっている時は毎度あの子に危険が迫っている時、と理解しているだけである。……お遣いの時に理由聞かれなかったことからもわかる通り、もう未来予知もどきのことは九割方バレてるんだよね。なのに公爵家に出荷されていないのは、明言を避けていることと、明言なしに話を聞いてもらえることによる。つまりこれまでの関係性のおかげってこと。
空飛ぶ成人男性と、それにしがみつく少女というこの世界基準でも若干事案になりそうな絵面で移動して、あとはゲームの回収さえ出来れば問題解決、勝ったながははっ!さあ先生、ゲームを見つけて回収して!と他力100%な解決をしろようとしたところで、教師として真っ当な理由なく実習に割り込むことはできないと梯子を外される。
授業投げ出すのはOKで、邪魔するのはNGって、この人の基準はどうなってるんだよ。と思ったが、話によるとこの実習は魔獣の討伐を目標としており、その出来が成績に直結する代物であるとの事。その性質上、不正防止ために外部からの干渉には厳しく、たとえ教員であっても担当外なら関われないとの事。なんでもかつて、不出来な我が子の成績のために教員を買収する事例があったらしい。
「よって私は介入できない。しようとすれば、すぐさま他の教師陣が駆けつけ、妨害するだろう」
しかしお前なら、と先生は続ける。
「周囲警戒等を目的とした使役獣の使用は認められており、一定以下の素質であれば帯同可能だ。私ではどう足掻いても無理だが、その脆弱な体であれば問題ない。普通に考えたら足手まといでしかないからな」
酷い物言い。文句を言いたいところだが、この素敵なお口がなければいるだけで邪魔にしかならないことは理解できているため、否定はできない。この貧弱ボディに感謝する日が来るとは思いもしなかったが、そういう事情なら仕方がない。
人死に関わる時だけ上げるようにと言われている、授業を中断して教師陣が駆けつける信号アイテムがあるらしいので、俺の役目はゲームの安全確保をしてそれを上げるまでか。あとは、先生とか教師とかがどうにかしてくれるはず。
ここからは好きにしなさい。と防寒着を着せられた上で雪の上に放流され、ゲームを探すためにウロウロして時間切れ。何とかしてみせる!と決意表明していたおかげで放流直前に戻り、先生に方角を確認した後に再放流。
死体が残るタイプのゲームならそこかしこにキャリーの屍が残るくらいには道探しに回数を費やして、何とか見つけたゲームの姿。何者かによって胸から赤い花を咲かせていて、直後俺の心臓も止まる。
心停止の前に見た元凶の姿は、人型だった。人型なのに、人間のそれではなかった。心当たりがあるか先生に確認して、回答は魔獣が成長した果ての姿。魔族、と呼ばれるらしいそれの存在を聞かされて、口にすることで確信を得る。俺が知らない概念を突然敵にするのやめてもらっていいですか?魔獣、魔族と来たらこの先魔王とかでてきそうだな。……いるのかよ。
目的、能力、その他もろもろことごとく不明だが単体で村一つ潰せるくらいには強いというふざけた輩が、今回のゲームの死因らしい。それだけしかわからないなら、あとはトライアンドエラーで情報を集めるしかない。肝心な時に役に立たない先生をその場に残し、ゲームの元に向かう。その場にいるのはゲーム本人と、敵である魔族と、背後に庇われているクラスメイト達。
ガキ共め!明らかに異常事態だろ!さっさと救援信号上げろ!と頭の中で考えて、駆け寄ったところで再度ゲームの胸に赤が咲く。なにか素早いものが魔族の指先から飛び出して、ゲームの胸を貫通した。青白い顔をしたにやけ面がもう一度指先から何かを放ち、倒れ込んだゲームの頭が弾けるのと同時に心停止。
魔法、なのだろう。ただ指を向けて、あとは意思だけで発動できる魔法。言葉に寄らず使用できるという意味では、俺のお水チョロチョロみたいな“放出”も同じだが、起きた現象から察するに、体に染み付いた魔法によるものか。先生が体の一部のように影を操れるのと、同じことだ。
このタイプが厄介なのは、発動の予兆を認識できないところにある。先生の影のように、直接的な展開速度が見てわかる程度のものであればまだいいが、あの魔族のそれは目視してから躱すことのできるそれではない。それこそ、銃もかくやの速度。当然、俺に為す術はない。
それでも何か、わかること、できることがあるはず。戻ってきたタイミング、状況からそう判断して再度向かって、今度はゲームが撃たれる前に救援信号のことを伝える。思い出したように取り出すクラスメイトと、上がった直後にそれを撃ち抜く魔族。先程同様のにやけ面から察するに、圧倒的優位な状況で弱者の足掻きを嘲笑うのが趣味と見た。
ゲームに逃げるように伝える。後ろのクラスメイトを置いて逃げられないと却下される。視線の動きから、狙いはゲームなのだろう。少なくとも、とびっきりのご馳走であるはずの俺には目もくれない。
「お姉ちゃん、私は何が相手でも、もう逃げないって、立ち向かうって決めたの。だって私は、あの日逃げなかったお姉ちゃんの、キャロライン・オーバーの妹、ゲーム・オーバーなんだから!」
震える足で、声で、けれども気丈にゲームは言った。あの日、というのが熊から逃げた日だと言うのは、明言されずともわかる。俺がゲームのために、みっともなく土に塗れながら、地面を転がりながら、先生を待った日だと。
そうして一歩、震える足で前に踏み出して、向けられた指によって、額に穴を開けた。俺のせいで勇気を出したゲームは、その結果としてあっけなく命を落とす。志なんてものに欠片も価値を見出していないだろうにやけ面を見ながら、また心臓が止まる。