過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
「だって私は、あの日逃げなかったお姉ちゃんの、キャロライン・オーバーの妹、ゲーム・オーバーなんだから!」
その言葉を最後に、ゲームの額に穴が空く。声のかけ方を変えても、言葉選びを変えても、引くように、逃げるように伝えた瞬間、ゲームはそう言って、そして死ぬ。
何度、その言葉を耳にしただろう。前後の文脈は多少変わったとしても、変わることのない言葉。俺に、俺なんかに憧れてしまった妹が、繰り返すことのできないその生を無為に終わらせる前の言葉。
逃げろと言った。周囲なんて、クラスメイトなんていいから、俺にとって大切なのはゲームだけだから。逃げてほしいと言った。下がってほしかったはずのゲームの足は前に進み、ゲームの額には穴が空いた。
魔族に対して手に持っているものを投げつけて、注意をこちらに逸らした。俺なら、何度でもやり直しがきく俺なら、たとえ不可視の攻撃であろうと切り抜けられると思ったから。幸いと言うべきか、魔族の攻撃は連続して放てないらしく、一発凌げば五秒は間が空く。逃げるには全然足りず、体制を立て直すのすらやっとの、僅かな時間だ。時間稼ぎに励んだ俺が死に続けながら、最後に動けなくなるまでに稼げる時間が五分。先生が全力で飛べばギリギリたどり着けるくらいの速度だな。けれどその先生も、
ゲームを生かすための工夫は、多岐にわたった。逃げさせようとしたり。一緒に逃げようとしたり、戦わせようとしたり、一緒に戦おうとしたり、ひたすら囮になったり。そのどれもが望んだようには進まずに、最終的には額に穴が空く。足とか、胸とか、お腹とかの時もあるが、とどめを刺すためなのか、最後には額に穴があくから変わらない。せいぜい、ゲームの苦しむ時間が長引くかどうか、くらいの差だ。
「キャロライン・オーバーの妹、ゲーム・オーバーなんだから!」
自分の思考によって、自らが今まともな精神状態でないことを察する。俺が苦しむのは今更で、もう諦めていることだ。けれど、ゲームは違う。自分で選んだわけではなく、死の覚悟を決めているわけでもないゲームが苦しむのは、間違っている。そんな当たり前なことが、今の俺は一瞬理解できていなかった。ゲームが苦しむ時間なんて、可能な限り短く、可能な限り苦しまないようにするべきなのに、多少の増減であればどうでもいいと思っていた。
先生の前で唐突に両手ビンタをすることで気合いを入れ直し、ゲームの命は大切だ、と当たり前のことを言い聞かせる。先生は俺の奇行に驚きながら、何を当たり前なことをと感想を零した。俺も、そう思う。
不審な目を向けられながらまた向かって、無為に散らされる。また、あの言葉を聞く。けれど、無駄ではないのだ。無駄には、しないのだ。最も安価なチップである俺の命だって、無価値なものではない。繰り返しの末になかったことになる犠牲だって、捨ておけるものではない。たとえ砂粒一つみたいな些細な成果であっても、何かを持ち帰らなければ、持ち帰れなければ、俺は失敗の中で命を落とした全てと向き合えない。
だから何度も繰り返して、何度も助けようとして、同じ言葉を聞く。やけくそみたいな繰り返し、勝ち筋の見えないやり直しにだって、きっと奇跡は起きるはず。猿でさえ無限にいればタイプライターでシェイクスピアをかけるのに、人である俺が、途中までの正解を覚えていられる俺が、その奇跡をつかめないはずがない。
「だって私は、あの日逃げなかったお姉ちゃんの、キャロライン・オーバーの妹、ゲーム・オーバーなんだから!」
最初聞いた時は、ちょっとだけ嬉しかったんだ。俺にとっては繰り返しの末の、やっと掴んだ惨めな勝利だ。その結果以外、何も誇れるところがない、不格好な成果。それがゲームにとって、かっこいいものだったのなら、先達として、姉として、これ以上の喜びはない。そんな、かっこいいおねえちゃんであるためなら、これから先だってどれだけでも頑張れると。
そのはずなのに今、その言葉が苦しい。それがなければ、その思いがなければ、大人しく引いて、逃げてくれれば。きっと少しは簡単に、あの魔族をどうにかできるのだ。俺が集めてきた情報の中で、まだ試せそうな手があるのだ。ゲームが逃げてくれさえすれば、大人しく守られてさえくれれば、まだ打つ手は、ある。
「だって私は、あの日逃げなかったお姉ちゃんの、キャロライン・オーバーの妹、ゲーム・オーバーなんだから!」
ゲームは逃げなかった。また、失敗した。
「お姉ちゃんの、キャロライン・オーバーの妹、ゲーム・オーバーなんだから!」
ゲームは逃げなかった。また、なにもつかめなかった。
「キャロライン・オーバーの妹、ゲーム・オーバーなんだから!」
ゲームは逃げなかった。ああ、なんて。
「ゲーム・オーバーなんだから!」
忌まわしい、憧れだろう。