過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
前話の最後、ゲームオーバーなんだから!の箇所、書きながら思わず笑っちゃったよね(╹◡╹)コレガコメディ
全部名前が悪い(╹◡╹)
「キャロラインっ!」
先生の声が聞こえる。俺を呼ぶ声。俺の、注意を引く声。うるさかった。お願いを聞いてくれないくせに、助けてくれないくせに、今度は貴重な時間まで奪おうとするのか。
そんな余裕は、今はないのだ。余計な妨害に気を逸らされるような余裕は、俺にはないのだ。最短でゲームの場所に向かって、どうにか心を折って、逃げさせなければならないのだ。あの魔族は目があまり良くないらしく、動かない相手や少し離れた相手には攻撃しない。その分高速で動くものや近くのもの、自身に攻撃を加えたものに対しては、すぐさま攻撃する。
おそらく、知能の程度としてはそれほど高くない。クマの魔獣よりは賢いだろうが、無力な子供だけになるまで屋敷への襲撃を待っていたあの狼と比べると、明確に上だとは思えない。
もちろん、無力な獲物をいたぶる程度の知能はあるようだが、根本の知恵が足りていなければ嗜虐心なんてものは、無用な隙を作るだけのものだ。よって、少なくとも知力の面において、あの魔族は警戒するに値しない。
少なくとも俺たちの話す言語は介しておらず、こちらの会話に反応はしない。動きを見て、攻撃のために指を向ける際、その方向を予測して偏差撃ちをする技能はある。つまり自身の攻撃の速度と相手の行動に対する予測はしている。攻撃手段は自身の指を超高速で射出することであり、攻撃間に存在する五秒はその指が生え治るまでの時間。飛ばせる指が一本だけかは不明だが、これまでの実績では一本のみ。ゲームが火を放った際には、防御の様子なく受けて、体には焼け跡が残った。たちまち回復したことから有効打とは言えないだろうが、治るまでの間攻撃がなかったのは、回復と攻撃の両立ができないからと仮説。試しに攻撃し続けることで再生のみに力を回させ、攻撃の機会を奪おうとしたところ、火だるまの中から飛んできた指がゲームの額を貫通した。少なくとも、再生せずに攻撃することは可能と判断。
ここまでは、頭の中に入っているのだ。ついでに、火だるまにした直後、ゲームの魔法で積もった雪を舞い上がらせることで目くらましができ、その隙に身軽な人間だけなら逃げられそうな場所にも目処がついている。俺とゲーム、怪我していないクラスメイトだけなら、十分逃げられるはず。なのに逃げてくれないゲームのせいで、このループは終わらない。だから、ゲームの心を折るしか、ない。
「一旦落ち着けと言っている!この馬鹿娘っ!」
不意に大きな声が聞こえて、なれない痛みが頬を走る。ジンジンとする痛み、少し遅れて、広がる熱。固まるように流れていた思考に空白が生まれ、先生の言葉が流れ込んでくる。
「お前が何故、それほど焦っているのか私にはわからん。何を考えて、何を掴もうとしているのかも聞いていない。言わないということは、言えないということは、私が知るべきことではないのだろう」
それを無理に聞き出すことはしないと、先生は言った。理由を聞かなくても、説明がなくても、できることはしてやると。
「だが、その目はやめろ。自身の仮説に固着して、明白な異常から目を逸らすような、仮説を肯定する情報だけを求めるような、妄執的な目はやめろ。視界を広く持ち、時には前提を疑い、得られた情報から真実を導け」
それが学者というものだ。そう言って、先生は一度言葉を止める。
「……
思考の流れを断ち切られて、代わりに流し込まれたのはそんな言葉。俺の努力も、苦労も、諦めも知らず、無責任に外野から投げかけられる言葉。受け取るに足らない言葉だ。この先のことを知らない先生の言葉なんて。
そのはずなのに、先生の“信じる”は、この上なく俺の心に染み入った。他人にも、自分にも厳しくて、論理の穴や想定の甘さを許さない筋金入り。ツッコミどころがあれば、矛盾点があれば、王族の書いたレポートですら“取るに足らない紙切れ”とつっかえす頑固者。歯に衣着せず、上司の論文ですら“まともな可能性が比較的高い”としか信頼しない完璧主義者。
立場とか、TPOとか、外面とか、そんなものを一切気にしない人間だ。きっと緑か紫の血が流れている外道だ。そんな人間の“信じる”がどれだけ重い言葉かは、俺だってよく理解している。理解しているから、無下にはできない。だって、この人がこんなに声を荒らげているのは、初めて聞いたのだから。いつも平坦に、抑揚なく事実を喋るだけの口が、こんなに感情的に話すのなんて、初めて聞いたから。
取るに足らないと、どうでもいいと捨ておけるものでは、なかった。ゲームの心を折ることしか考えられなくなっていた俺の思考に、先生のことが混ざった。
この人は俺を、信じているらしい。状況すら理解していない状態でも、何が迫っているのか知らないままでも、苦しみを知らないままでも、俺ならどうにかできると、信じているらしい。実験結果を見せても二言目には精度は?と聞くくらい疑り深い人間が、俺のことはそんなに無条件に信じるらしい。
正直、重たすぎる信頼だ。だって俺はこんなに何回も繰り返したのに、まだ正解の可能性にすらたどり着いていないのだ。俺自身でも自分を信じられないような状態で、その信頼に応えられるわけがない。
「ようやく、目が合ったな。ふむ、私の知っている、記憶にあるキャロラインであれば、こんなことになる前に解決策を揃えている。となれば、考えられる妥当な可能性は、私の目の前のキャロラインが偽物か、これまで認識できなかった正解への過程か」
先生はそう言って俺の反応を伺い、“後者か”と口にする。追加の情報など出していないにもかかわらず、なぜそんなにも言い当てることができるのか。口にすれば真実を確定させられるわけでもないくせに。
「状況証拠から見て、キャロラインが何かしらの方法で未来を知覚しているのは明白だ。そのうえで、間接的に未来を知っている、情報として知っているだけであれば、緊急事態のはずのお前がこうして私の話を聞いているはずがない。取り返しのつくギリギリで動き始めることと、こうして落ち着いていることを考えれば、自然と選択肢は後者になる」
多方、もう今回は間に合わないのだろう。そう言って先生は、俺を抱え直す。今更だが、人を一人お姫様抱っこしたままその本人にビンタをするって結構器用なことしてるな。
全くどうでもいい思考が混ざったことで、自身がようやく平常に戻ったことを客観視。俺はさっきまで、そのレベルに冗長性を欠いていたのか。それはそうと状況証拠だけでここまで言い当てられたことには恐怖を感じます。……それだけ先生から理解されてる証拠?そう考えると、うん。そんなに悪くない。
バレているなら、先生が今回を“消えるもの”として理解してしまったのなら、これ以上隠すことなんて、俺が転生者ということくらい。というわけで、諦めた今回を相談するために使う。もうどう足掻いても間に合わないのであれば、次回以降のために情報整理に務めるべきだから。
「早速一つ、認識に齟齬があるな。私は確かに今すぐ動けないが、けしてずっと動けないわけではない。試験への介入であれば他教師から妨害されるだろうが、試験中の事故に対する救援であれば問題ない」
けど、救援信号は撃ち落とされる。上げてもらっても、上がった直後に落とされる。そうなったら救援を求めることはできないだろう。俺だって、多少凝り固まった思考かもしれないが繰り返しの中で考えているのだ。当然、先に攻撃を消費させた隙に打ち上げさせることも試した。
「そうなると戻るのがこのタイミング、というのが難しいな。お前の様子から見て、自分の意思ひとつで開始地点を変えられるようなものではないのだろう。もう少し前まで戻れれば、学校からいくつか予備の信号を持ち出すなり、手はあったのだろうが」
少しだけ考えさせてほしいと言って、先生は口元に手をやりながら考え出す。その体勢、俺の頭が肩に押し付けられて呼吸が苦しいので止めてもらえませんか?と思ったところで、一点気付き。
「救援信号って、そんなに予備があるんですか?」
「そこそこ値が張るもの故、全員分はない。が、貴重な貴族の育成場だ。事故が起きにくいように、ある程度以上は余裕を持っている」
何を当たり前なことを、と答える先生を、そんなバカなと驚く俺。そんなの、先に知ってたら方向性全然変わるじゃないか。それこそガトリングみたいに打ち上げられれば、たとえ魔族が連射可能でも撃ち漏らしが出るはず。
まさか戻れるのかと聞かれて、首肯で返す。セーブ地点の一つは先程の場所だが、セーブ漏れの際の巻き戻り地点はもう少し前。……そうか、俺が勝手に袋小路で繰り返していただけで、分岐はもっと前にあったのか。そう気がつくと異常なまでの脱力感に襲われる。
先生が、気付いてくれてよかった。きっとそうじゃなかったら、俺は本当に擦り切れておかしくなるまで、このループから抜けられなかっただろう。そしておかしくなったら、抜け出すこともできず閉じ込められてしまっただろう。そう理解できるから、ありがたさがなおさらに染みる。
先生はやっぱり、頼もしかった。これからも、どうしようもなくなって困ったら、助けてほしい。相談に乗って、意見を聞かせてほしい。俺の誤りを指摘してほしい。
「私に対して相談し続けるのはやめておけ。これでも立場がある身だ。お前の能力に関する情報をループの外に持ち出せてしまったら、私にはそれを報告する義務がある。その力を政治に利用しない選択肢は、ない」
だから、本当にどうしようもない時だけ。俺が自分で自分の精神異常に気が付いて、冷静になりたい時だけ。その時だけ助けを求めろと言って、先生は俺に“魔法の言葉”を教えてくれる。それを言えば、先生は荒唐無稽な状況でも、信じてくれるらしい。先生に状況を信じてもらう過程を省ける、魔法の言葉。
その言葉を胸に刻み込んで、細かな確認をする。そのうえで先生にお礼を言って、別れを告げる。戻ることになったら、少なくとも“この”先生とはお別れだから。
「喜ばしいことではないが、仕方がない。それに、お前が初めて聞いたということは、初めて秘密を打ち明けられたのは他の私ではなく、この私なのだろう。そのことは少しだけ、気分がいい」
そういいながら口元を緩めた先生に別れを告げて、数時間前、ループの起点に戻る。何も知らない先生に救援信号を大量確保してもらって、ゲームの元に向かう。一回分消費しながら到着時間を見積もって、先生が動き始めていい時間を確認。少し猶予を持って伝えて、救援信号を乱発。俺の炎魔法でも起動してくれた信号計11発はいくつかを落とされながらも確かに危機を伝えて、先生と、一歩遅れてほかの教師が駆けつける。
限界が来る直前まで避け続けくたくたになった俺と、背後にクラスメイトを庇ったまま魔法で助けてくれたゲームは安堵でその場に座り込み、先生が魔族の攻撃を無効化しながら追い詰めるのを眺める。……全身影で被ってノーダメージってなんだよ、チートかよ。貫通不可の無効化アーマーやめてください。やっぱやめないでそのまま勝って!
たくさんのとかげもぐもぐの結果、自身の影に猫耳生やしてにゃんこーっ!にゃ〜にゃ〜!と戯れるのがせいぜいな俺との差に悲しくなりながら見守って、先生が勝つのを待つ。負ける可能性なんて、考えていない。俺にとって先生は、呼べさえすれば全てを解決してくれるスーパーマンなのだ。呼びにくいのが玉に瑕。これでもだいぶ動かしやすくなったのにね。
風呂に入ってきてもいいくらい勝利を確信しながら油断して、先生が魔族にとどめを刺すのを眺める。魔獣なんかとは危険度が比べ物にならないゆえ、最初から生け捕りは考えられていない。そして心臓を穿たれた魔族が力尽き、同時に大爆発を引き起こす。一死。
周囲の全員に伏せるように叫んで、自身も雪の中に突っ伏す。爆音と衝撃とが響いて、平衡感覚や聴力がダメになる。心なし、目も見えにくい。コンディションが治るより先に白い波に襲われて、上下もわからない中脱出した後、心臓が止まった。