過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
せっかく魔族討伐までは達成できたのに、思わぬ死に方をした俺は、それが雪崩によるものだと理解した。全く周囲を認識できていなかったから、一体どれだけの範囲がやられたのかはわからないが、おそらく先生は無事。宙に浮いたまま魔族を追い詰めてたから。
そして俺も、一度雪から脱した以上、無事だったと言っていいだろう。となると無事ですまなかったのは、少なくともゲーム。他にも教師陣とかクラスメイトとかもいるかもしれないが、一旦は気にしないでおく。
先程の焼き増しのように先生の救援まで待って、同じように爆発するまで待機。繰り返しにおいて一番避けるべきことは不正確さであり、この状況においては、余計なことをすること自体がそれである。一度、同じように行動して、勝利と、爆発と、雪崩とが再現することを確認。
雪崩が起きるなら、自分が無事に生き延びれるなら、ゲームをこちらに呼び寄せればいい。同じように流されてくれれば、同じように生き延びることができるはず。そう思って手を掴み、一緒に流されようとする。雪の中で、強い力が働く中で、腕一本を頼りに人一人を繋ぎ止められる程、俺の体には筋力がない。
一緒の場所に流されるどころか、俺自身すら最初と違う場所に流される。同じ場所から出て、おそらく10メートル以上は離れた漂着地点。近くを探して見つかってくれるはずもなく、時間の経過とともに心臓が止まる。
ゲームから絶対に離れないように、思いっきり抱きつきながら流される。流された先で、酸素が足りなくなり窒息する。逆に、ゲームの方に向かって一緒に流され、失敗。ゲームがどこに流されているのかすらわからないまま、回数だけが重なっていく。
先生が浮かんでいる位置が、ちょくちょく変わって見えることから、俺自身の漂着先も定まらない。本人が動いている可能性もあるが、きっとシンボルマークとして動かずにいてくれてるはず。そうに決まってる!……動いてますか。そうですか。それはそうとして俺もちゃんと?動いているのね。
物理的な意味で浮いている先生に保護してもらえば俺もゲームも巻き込まれず安心!なんて安直な解決策は真っ先に考えて、先生といえど子守りをしながら魔族討伐は困難だったことで失敗。先生って苦戦するんですね。何が相手でも一歩も動かず蹂躙できるものだと思ってました。……私とて学園長が相手なら傷も負う、ですか。傷を負っても勝てるのね。ひょっとして我が国の最高戦りょ……結果を知るのが怖いな。
そんなつよつよ先生でも子守りできないということは、この魔族はかなり危険な存在ですね。正直俺視点だと何が相手でも勝てないことに変わりは無いから、相手の実力とかよくわからないのよね。
とりあえず、先生を頼れないことだけは判明。そもそも魔族との遭遇自体をなかったことにするため、冬季実習自体をキャンセル出来ないか考えて、体調不良くらいでは回避不能なことを知る。後日延期にすることはできても、延期した日程でゲームは襲われるらしい。さてはこの魔族、俺のゲームを狙い撃ちしてるな?……当たってほしくなかったな。
それでは、先生以外の追加戦力を確保することはできるか。……教師陣はダメ。学園長は無理。学生たちは犠牲者を増やすだけ。一番戦力になる学園長には期待していたのだが、おいそれと学外に出ることはできないらしい。もし何かの間違いで学園が襲撃された時に、守れる人材が必要なのだとか。単体だと学園長と先生、それ以外だと副学園長二人が必要らしいよ。そんなトップクラスの人材二人なんて、おいそれと連れ回せないな。片方いるだけで普通なら十分だろうし。
さらに前からやり直すのは不採用、強力な助っ人を呼ぶのはできない。となるとまた、俺は自力で頑張らなきゃいけないわけね。でも大丈夫!キャリーには先生っていう精神的支えがついているから!どうしようもなくなったら意見をもらって、参考にさせてもらえばいいのだ!それまでは正確に状況を認識できるようにすればいい。何も分かっていなかったら相談すらままならないからね。
そうして幾十か繰り返して、わかった僅かなものを先生に伝える。先生に教えてもらった魔法の言葉を伝えれば、すぐに俺の言うことを信じて、受け入れてくれた。そして貰った素敵な意見は、
状況がわからなさすぎたのだ。わかっていることが、ほとんどなかったのだ。爆発することと、雪崩が起きることと、先生がそれを止められないこと。流される先は毎回少しズレていて、ゲームがどこに行くのかも分からない。そんな情報だけ与えられて、さあ何とかしてっ!と振られたとて、応えられるはずがない。
俺自身も、無理だと思った。どうにかできるようなことではないと。こんなカスみたいな情報だけで答えを導き出せるのであれば、先生は名探偵を超えた大天才だ。きっとアカシックレコードにでも接続しているのだろう。
先生と一緒にゲームを掘り起こす方針も、なし。位置決めは俺の口があれば余裕なように思えたが、毎度変わる前提と、時間の経過とともに停止する心臓、外に出るまでにかかる時間を加味すれば、現実的なものとは言えない。
冴えた解決策はひとつも思いつかなくて、最後に残ったのは、上手くゲームと遭遇できるまで繰り返すことだけ。俺の試行回数がとんでもないことになりそうなことを除けば、理論上何でも叶う素晴らしい手段だな。ランダム要素に対する、最も安直にして効果的な暴力は回数である。
出来ればやりたくなかったが、他に方法を思いつけなかった以上、やるしかない。もしかしたら繰り返しているうちにいいアイデアが思いつくかもしれないから、考えることだけは辞めず、回数を繰り返す。
十進法の両手で数えられるうちは、試行回数は覚えていられた。折り返し込で片手で十数えられる間は、ちょっとあやふやなだけで済んだ。多分一度や二度の数え間違いくらい。数え方に二進法が必要になってからは、もう正確な数はわからなくなっていた。
たどり着いた頃には、半ば諦めかけていた。本当はここはもう袋小路で、もっと前に戻らないとどうにもできないのではないかと。けれども戻るべき場所が、手に入れるべき道具が思いつかなくて、ただ回数だけを重ねた。
最初に感じた違和感は、体の上にあるはずの重みを感じなかったこと。雪崩に巻き込まれた以上、雪の重みを感じていなければいけないのに、それがなかった。かと言って、奇跡的に難を逃れて地上にいる訳でもない。眩しいはずの太陽を、全く感じないのだ。
ひとまず周囲の確認をするために
これまで何度やっても遭遇できなかったゲームに会えたことで、俺は少々テンションがバク上がりしていた。今までいつも、窒息と推定される死亡時間だったことを考えれば、それを免れたことによる時間的猶予は大きい。きっと先生は俺たちを心配して探してくれるだろうから、それまで生き延びることができれば、いいのだ。
ゲームの意識を確認する。あかりが弱すぎて確実ではないが、明瞭には見えない。お姉ちゃんが何とかする、もう大丈夫だよと伝えて心停止。どこからどう見ても大丈夫じゃないものね。そりゃそうね。大丈夫、とは伝えず、何とかするとだけ伝えておく。返事はない。
吉報としては、ひとまずここをセーブ地点とできたこと。ゲームの意識がなければどうしようもなかったが、不明瞭でも“ある”ことは、先程俺の心臓が止まったことから確か。そして、意識があるゲームに対して、何とかすると言った以上、何とかできなければ俺はこの瞬間に戻ってこれる。
ついでに、手段を選ばなければ何とかできるとわかったことも、かなりの収穫だ。もし、もうどうしようもない状況だったのであれば、その時点で嘘として心臓が止まる。そうならなかった以上、まだ、何とかできるすべが残されているのだ。
ほのかな手のあかりだけを頼りにゲームのことを温めて、不意に心臓が止まる。虚ろな様子のゲームが、暑い、暑いと言っていたことから、低体温によるものと判断。雪で濡れた服を脱がして、先生のおかげで濡れてない俺の服を着せる。今度はこちらが持たず心停止。比較的ましな衣服を選んで抱え込むようにゲームを抱きしめる。裸の姉妹が真っ暗な中で抱き合ってるよ!百合だねっ!なんてふざけたことを考える余裕もなく、心停止。少しだけこれまでより長く持ったことから、方向性は間違えていないと判断。
ゲームの体温維持を最優先に考えながら、いくつかある保存食をたべさせたり、熱源の位置を変えたり、鉄製の道具と食塩の救援信号の中身を触媒とした火の魔法でカイロもどきを作ったりする。化学反応の発熱って、火魔法に分類されるんですね。魔法って科学だったんだ!
ただ、それをするにはどうしても、俺の魔法の才能が不足していた。材料があって、触媒があって、けれどそれを進められるほどの素質は、俺には備わっていない。ゲームであればおそらく余裕でできたことでも、俺にはできない。俺には、素質が足りていない。
「この身に宿
だから、こうすることしか出来なかった。非才著しいこの体では、代償なしに魔法を使うことはできない。自傷魔法に縋るしか、熱量を確保できない。ふりかけみたいに懐に忍ばせていた仔火竜の心臓粉を使って引き上げて、自分の身体を蝕んで、ようやく俺は、化学カイロの真似事ができる。
「この身に宿すは火のさだめ」
諦める方として選んだのは、左手。利き手である右手と比べれば、まだ使い物にならなくなっても不便が少ない。もちろん、そうならないに越したことはないが、そうするしかないのであれば、俺は左手を諦める。
「この身に宿すは火のさだめ」
きっとゲームが無事ならば、簡単に魔法で火を起こせるのだろう。俺みたいに自傷なんてしなくても、代償なんて払わなくても、熱源を確保できるのだろう。けれど、俺にはできない。
「この身に宿すは火のさだめ」
一度目は、目を覚まさなかった。二度目は、うっすら意識が戻りかけた。三度目は、俺の体が限界を迎えた。四度目に、意識を取り戻して、五度目には、何とか手が動く程度に収まった。
目を覚ましたゲームの魔法で暖を取り、水を飲み、救出を待つ。不意に差し込んだ光の中に、暗順応しきった視界にとって、暴力的なまでの明るさの中に、先生の姿を見た。
俺を呼ぶ声が聞こえる。安堵と疲労で、意識が遠くなる。らしくもなく慌てた声。取り乱した声。その声が聞けることが、うれしかった。長い、長いループが、終わった。