過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
あらゆる嘘は方便である。ごめん、嘘。あらゆるは少し言いすぎた。人のためを思って言う嘘は方便である。真実が人の心を深く傷付けることがある以上、相手を守るためには時として嘘を口にすることだって大切なのだ。
普通の二、三歳児が、楽しく始めた習い事に対して、即日“君、悲しくなるほど才能ないよ。興味を持てたのが憐れなくらい”なんて言われたら、そりゃあ心も折れてしまうだろう。下手したら、今後一切のモチベーションを持てない人間になってしまうかもしれない。幼心は繊細なのだ。
だから、ママ上がキャリーに対して嘘をついたことを、俺は否定しない。そも、嘘とか騙すとかの話をするのであれば、俺は転生者として、両親を騙しながら生きているのだ。謗られる謂れはあれど、文句を言う権利はない。それに、俺に嘘検知能力がなければ、無垢なキャリーちゃんは素直に騙されていたのだ。非凡なこの身が恨めしい。
というわけで、自らの非才を自覚した俺だったが、魔法の練習は変わらず続けていた。お水ぽたぽたの周期が少し短くなる程度の些細な成長はあったし、何よりこの世界には娯楽がない。動画配信でも流行っていれば立派なドパガキになれる自信はあったが、あいにくあるのは専門書と魔法とお人形。専門書はまだ少し難解すぎるし、お人形は内側の俺が恥ずかしい。自然、やれることは才能のない魔法くらいしか残らないわけだ。脳内で人格分裂するくらいお人形遊びに夢中になれたらきっとたのしいのだろうが、残念なことに俺の人格は分裂しそうにない。
お水ぽたぽた、お砂さらさらを繰り返して、精神的に疲れたら御本を読む練習。そして脳みそが疲れたら部屋中を駆け回り、全部疲れたら眠る。きわめてこーどでこーりつてきな時間の使い方だ。こーりつてき過ぎて、自分の才能が恐ろしい。幼児の鑑だな。
あとは、まだちっちゃい赤ちゃんな妹ちゃん、ゲームちゃんの前で手をフリフリしたり、声をかけたり、この世の真理を追求する一助になってもらったりしながら過ごす。俺の能力で真実を知るためには、必ず誰かそれを聞く相手が必要だ。これは誰でもいいのだが、自然、真実を口にした時には相手の記憶にも残る。もちろんこれについては裏技があるのだが、せっかくなら使わない方が心臓にいい。
その点、妹ちゃんは完璧なのだ。何を言っても理解できないつるつる脳みそによって、純粋な真贋判定機としての役割を果たしてくれる。もうこれだけで愛おしいな。かわいいよ、妹ちゃん。愛してる。嫌いなところなんてひとつもないわ」
うっかり口にしてしまい心停止。かわいいのも愛しているのも本当だから、最後の箇所が嘘になったのだろう。なんて事だ、俺はこんなかわいいゲームちゃんの何が嫌いなんだ!と一人頭の中でキレ散らかして、心当たりに気がつく。そう、この子は俺にとって諸労働の根源なのだ。げーむちゃん、きらーい!
さらにうっかり心停止。その一点以外、ゲームちゃんに不満はないからね。あいしてるよ。それにしてもこのお口はゆるっゆるだな。前世のお腹みたいだ。緩いのは髪のウェーブと頭だけにしとけ。……どっちも頭部だね。まとめて頭だけでいいよ。
ゲームちゃんをキャッキャさせるためにお人形で腹話術をして見せ、クマっぽいそれにキャサリンと名前をつける。クマのぬいぐるみが喋ってるように見せかけるのは、嘘、じゃあないですかね?なるほど、これは嘘にならない。くまで自己紹介をしても、あたしキャサリン!って言っても、心臓が止まる様子はない。試しに腹話術なしで同じことをすると、即心停止。妹ちゃんのお手手を振りながらあたちゲーム!と言っても止まらないが、しなければやはり心停止。多胞体様ぁ、もうちょっとわかりやすい判定をお願いします。
客観的に見たら和気あいあいと妹ちゃんと戯れているだけの時間を過ごして、頭の中だけぐるぐる悩み続ける。心が休息を求めたので、まだ構ってほしそうにしている妹ちゃんの元を離れてお水ぽたぽた。俺、もしかするとこの時間が一番落ち着くのかもしれない。どこか探したら、手から水を垂らすことによるリラクゼーション効果についての論文とかないだろうか。
やさしいお母様と、働いてばかりでどこにいるかわからないお父上と、まだふにゃふにゃ赤ちゃんな妹ちゃん。お母様の作るご飯は美味しいし、お顔が良くて目の保養だし、魔法のことも教えてくれる。俺にとって一番の信仰対象は多胞体様だが、それを除けばママ上が一番だ。しゅき。
「キャリー、今日はいい日だから、お祝いよ」
だから準備を手伝って、というママ上のお言葉に従い、お片付けをする。親の言うことをよく聞いて、グズらず、なかず、飛ばずな三歳児は、なかなかの希少生物ではなかろうか。なんか最後ひとつ、いらないもの混ざったな。飛べるような才能をください。
こんな天才幼児で子育てに慣れちゃったら、ママ上はガチ幼児ことゲームちゃんを育てる時に苦労しそうだぜ!ごめんなっ!と頭の中で謝りながら、今から準備するお祝いが何のためのものなのかを確認する。代わり映えのしない生活によって、俺の中の時間感覚は早くも崩壊していた。このお家、外部との接触が一切ないせいで、時間の経過が分かりにくいんだ。
「もうっ!今日はキャリーのお誕生日よ!やっと広い外を見れるようになるのだから、嬉しそうになさい」
もしかして、俺たち軟禁されてる?と今更な事実に気が付きつつ、ママ上から初耳な情報が与えられていることを理解する。やっぱり、俺軟禁されていたんだね。今初めて知って、そして同時に開放されることも知った。本来なら自由に対する喜びとかがあるべきなんだろうけど、如何せん自覚がなかったせいで何もない。
わーい!うれしー!と表面上だけ声にして、心停止。嬉しくはなかったらしい。テイク2でお外見たーい!と言ってまた心停止。引きこもり気質な俺には、部屋と妹ちゃん、お母様がいれば十分なようだ。テイク3、そーなのー!?と驚いて見せて、鼓動維持。びっくりしたのは本当だからね。良かった。
気を抜くと、誰が出してくれとたのんだ!と唐突にキレそうなのを我慢しつつ、少なくともママ上にとっては祝い事らしい外出許可のお祝い準備をする。この国では、三歳までの子供にはなるべく外界の影響を与えないことで健やかな成長を望む、なんて習慣があるらしい。奇妙な風習だが、七つまでは神のうち、のようなものだろうか。七つまでは〜ってそういう意味じゃないと思うよ。
そもそも外に出る云々の話ってどこかであったっけ?と思って思い返してみるも、つるつるスカスカな頭の中にはこれっぽっちも見つからなかった。俺は基本的に、いつも取り留めのないことで頭を満たしているタイプの社不だから、人の話を聞くのが苦手なのだ。とってもかなしい。やさしく殺して。
まあ、ママ上がこんなに準備をしているということは、きっとどこかで伝えられていたのだろう。そう思考を切り替えて、素敵なお夕飯の準備を手伝う。キャリー、木のお皿運べるよ!木のスプーンも運べるの!……中身入りの大皿?本日四歳になったらしい幼児に運ばせられるわけないじゃない。ちょっと考えればわかるでしょ。
ちまちまと、軽くて落としても問題の無いものたちを運んで、すぐに運び終わる。ほとんどママ上が運んでいるから、当然だね。そして机に並ぶのは、いつもより数段豪華な夕食。チキンのような鳥、とろとろに煮込まれたシチュー、その他たくさん!
きゃー!キャリー、こんなに食べられないよぅ、とかわいこぶって、みんなで食べるのよ、とママ上に正論を返される。ボケに対して正論で返されるの、いちばん辛いんだ。なんだろう、このチキン、見てるだけでしょっぱいね。
「ごめんね、キャリー。でも大丈夫、おなかいっぱいになるまで食べていいのよ。ほら、お椅子に座って、いただきますしましょう」
悲報、お父上、家主のいぬ間にいただきますされる。余談だが、この世界、少なくともこの過程における食前の挨拶は“神よ、あなたの与えたもうた祝福に感謝します。我らが王の許しの元、この糧をいただきます”である。宗教臭がするしいちいち長いから、いただきますでいいよね。多分両親の信じる神と俺の多胞体様って別物だし。この異教徒共が。
存在しない神への信仰を強制されそうになったらこっちが逆に折伏してやる!!と心に決めながら、祈りを口にして食べ始める。祈りの言葉自体は、特定の神を名指ししていないおかげか嘘判定にならなかった。推定一神教な宗教体制に感謝。この体、挨拶や定型文でも心停止するから、危険がいっぱいなんだ。
程よくしっとりしていて美味しいチキンをのんびり食べていると、お父上が帰ってくる。彼はテーブルに並ぶたくさんのご馳走を見て目を輝かせ、それが既に食べ始められていることにしょんぼりした。それを見てくすくす笑うママ上。ひょっとして、ちょっとS入ってるのかしら?お父上Mっぽいもんね。首輪とか似合いそう。
つい今世両親のあられもない姿を想像してしまい、げんなり。お母様はまだ、見た目がいいから耐えられるけど、お父上は無理だね。前世の感覚が邪魔をして、どうしても野郎にはときめけない。こんなんで俺は、キャリー・オーバーとして幸せを得れるのだろうか。と考えたが、そもこの身には成すべきことがあるので
選ぶつもりのない選択肢であっても、いざ失うとこんなに腹立たしいものなのかと自分で驚きながら、何やらチラチラ目配せをしている両親を眺める。仲が良さそうで何よりだね。……ところで、俺が軟禁されていたのは国の風習で、おそらくママ上もそれに巻き込まれているわけだよね。これ、今後弟や妹が仕込まれる度にママ上の軟禁が伸びるってことじゃない?俺だってもっと甘えたいのにっ!
キャリーは激怒した。必ず、かの邪智暴虐の種馬を邪魔せねばならぬと決意した。キャリーには愛がわからぬ。キャリーは、前世含めて独り身続きである。お仕事をし、体を休めて暮らしてきた。けれども今世両親のラブラブオーラには、人一倍に敏感であった。
邪魔するためにお父上の口の中にシチュー入りのスプーンを突っ込み、予想に反してデレデレされて困惑する。俺にとっては邪魔のための行動でも、お父上にとってはかわいい娘があーんしてくれたシチュエーションだった。謎の敗北感。