過労死ライン越え(TS)転生者 キャロライン・オーバーは労働の待つ輪廻から解脱したい 作:エテンジオール
キャリーです。早いもので、大好きなママ上の元から引き離されて三年が経過しました。お父上は約束通り、定期的な訪問を許してくれて、おかげでキャリーはかわいい妹ちゃんからねーたま、ねーたま!と慕われたのです。中身引きこもり気質転生者の俺だから快適だったけど、普通の幼児にとってあの場所は娯楽が少なすぎる。外部からの刺激は言わずもがな。
一度、おさんぼ中の二人が魔獣に襲われることで突然時間をやり直すなんて自体にもなったが、ニコラスさんを派遣することで即座に解決した。びっくりしたよ、嘘をついていないはずなのに、いきなり時間が戻るんだもの。これが
稀によく心停止する勉強中だったら、もっと気付くまでに時間がかかったかもしれない。この力は融通が効かないので、歴史の授業を復唱しているとちょくちょく止まるのだ。勝者め、歴史を作りやがって……。対策は、“本の記述では”と枕詞をつけること。これにより、俺は心停止を免れた。王国の歴史とか酷かったね。最初の方の、女神様が初代国王に王権を授けた!ってところから心停止。なんなら天地創造の女神様で心停止で、国王の名前でも心停止。何だこの国、嘘しか歴史書に残ってないじゃないか。安心して口にできるのは自国の国名くらいだぞ。
当然と言うべきか、精霊の存在により未発達な自然科学?の授業でも心臓はひっきりなしに止まる。とっても苦しくなるから、眠気とは無縁だよ!授業に集中できるって幸せだねっ!ふざけんな。
そんな俺の内心はともかくとして、授業態度及び飲み込みの速さによって、フリーダさんから俺への評価は非常に良かった。真面目で、勤勉で、素直な教え子。教育者にとってこれほどやりやすい教え子も少ないだろう。どうやら家庭教師を雇うのが普通らしい貴族子女への教育を任され、こなしているあたり、この人はただのメイドさんじゃないね。キャリーオーバーなんて縁起のいい名の娘を持ちながら、あまり豊かではない我が家に不釣り合いの教養力を感じる。
素敵なフリーダさんのことは一回置いておくとして、三年経ったことに戻ろう。三年経つと、つまり妹ちゃんことゲーム・オーバーちゃんは五歳だ。俺は七歳ね。そしてこの国の風習により、四歳から隔離は終わる。
するとどうなるか。わかるだろ、妹ちゃんが一緒に暮らせるようになるんだよ。ママ上の元に向かう度に、ねーたま!ねーたま!と追いかけてきた、かわいいかわいい妹ちゃんが一緒に暮らせるようになるんだよ。とってもハッピー。思わず踊っちゃったね。……ママ上は一緒じゃないのかって?邪智暴虐の種馬がこっそり隠れて弟を仕込んでいたせいで別居中よ。絶許。
発覚した瞬間、パパなんて嫌いっ!と叫んで心停止して、馬鹿!と叫んで心停止して、意地悪!と叫んで心停止した。それが客観的な事実出ない限り、このお口は悪口も、悪態もつくことができないのだ。
キャリーはいつになったらママと一緒に暮らせるの?と聞きながら、涙をポロポロするしかできなかった過ぎ去りし日は、悲しくなくなるから一旦さて置く。ちなみにママ上は困り眉、お父上は気まずそうだった。次はないと信じたいが、跡取り云々的にもう二男くらいは必要なのだろう。これは多産DVと呼ばれるやつでは……?とキャリーは訝しんだ。
そんな、両親の心を抉る一言の話も置いておいて、妹ちゃんだ。ぽてぽて後ろを着いてくる姿がかわいかった妹ちゃんは、キャリーと同じ目にあって当然のように大号泣した。ずっとママと一緒にいた四歳児として、ごく普通の反応だ。そして、ここからがキャリーとは違うところ。
妹ちゃんは、ママ上との二人っきりの時間で、魔法の練習やお勉強はあまりしていなかったらしい。そのせいで、キャリーによって上げられていたお勉強のハードルが高かった。ごめんな、お姉ちゃん、暇さえあればずっとお勉強してたんだ。この世界、娯楽に乏しくてな。
フリーダさんは、キャリーの妹ならきっと賢いはず!と期待して、裏切られていた。純粋な四歳児が相手なのだから当然だ。そして、わかるまで徹底的に教えるフリーダさんの教え方のせいで、妹ちゃんは彼女が苦手になった。俺とは大違いだね。大好きよ、フリーダさん。
もう一つ、違ったのは魔法の才能。俺が初めて教わってから、何年もかけてお水ぽたぽたをお水ちょろちょろに進化させたのに対して、妹ちゃんは防水機のような勢いで水を散布する。ピッカピッカの泥団子も生み出せるし、火炎放射器みたいな炎もお手の物。
俺に対して、悲しくなるくらい才能ないね♡と言っていたフリーダさんは、その才能を見て文句なしの天才だと太鼓判を押した。その直後の視線は、妹に全ての才能を持っていかれた出がらしを見るそれだった。ちょっと辛かったけど、何とか耐えられた。フリーダさんからの愛は日常的に貰っていたからね。ところで、上に才能を取られていたら出涸らしだけど、下に才能を取られたら何になるのだろう。
実際に目の当たりにして、自分でも思ったんだ。俺って本当に才能ないんだなって。才能さえあれば、こんなに簡単に魔法は使えるのかと驚いた。おれ、何かやっちゃいました?ってやるのは自分が良かったけど、守るべき妹の役割だったようだ。こんなに強い存在を、俺は一体何から守ればいいのだろう。
ひとまずできるのは体を鍛えることだけだから、ニコラスさんに稽古をつけてもらって短剣の使い方を学ぶ。見た目的には剣とか槍とか、の方がかっこよくて、中身元少年的には好みだったが、どうしても筋力が劣る少女の体にとって、一番相性がいいのはそれだった。
悔しい気持ちを短剣に乗せて八つ当たりしながら学びつつ、頭の9割はニコラスさんに向けたまま。案の定注意力が散漫になってしまったせいでポコポコ殴られながら、妹ちゃんに思考を移す。
俺から見て、妹ちゃんは文句なしの天才だった。もちろん勉強や、そのほかの振る舞いなどを見るに、異常なまでの早熟さ、という訳ではない。精神性は年相応だし、頭の出来も相応。ただ一点、魔法については、才能の暴力と呼ぶにふさわしいそれだった。
お父上が嬉しそうなのは言わずもがな、使用人たちの態度から見ても、それは明らかだ。いや、態度のみならず、扱いから違うのである。
用意された部屋の調度品は一緒だった。妹の分は、ことある事に更新された。食事のメニューは一緒だった。俺の分は少し、不揃いなものが多かった。かけられる声は、言葉は同じだった。目だけは違った。俺を見る目に、期待なんてものは少しも込められていなかった。二人でいる時、先に名前を呼ばれるのはゲームちゃんの方だった。キャリーの名前はいつも後だった。
接し方が、基準が一定なのは、フリーダさんとニコラスさんだけ。この二人だけは、俺たち姉妹のことを、天才なゲームと出来損ないのキャリーではなく、年相応なゲームと熱心なキャリーと見てくれた。
俺が思っていた以上に、この世界における魔法の才能は大切なものだったのだ。薄々わかっていたことだった。淑女教育はされても、貴族としての役目とかは何も言われなかったから。バレた瞬間に絞められることがないだけで、蔑まれることに変わりはないのだ。
ちゃんとした子に生まれられなくてごめんなさい。と、何度かベッドの中で口にした。誰も聞いてはいなかった。聞かれたいものでは、なかった。俺が出来損ないじゃなければ、ゲームちゃんの才能を生み出せる“血統”の両親は、もっと自慢の娘を得られていたのだ。枕に作った世界地図は、珍しく魔法に依らないものだった。
けれど、一度こうして生まれてしまった以上、俺はこの才能と向き合うしかない。たとえできることがお水ちょろちょろ、飲水に困らない程度の魔法でも、これが俺の一生懸命なのだ。だから魔法の才能がいらないものはなんでも全力で取り組んで、少しでもゲームちゃんにとって“憧れのお姉さま”であれるようにと努める。
「ねえさま!フリーダの宿題がわからないの!たすけてっ!」
幸い、この子はお勉強が苦手みたいだから、そこに関しては抜かされることがなさそうだ。幼児向けの、年相応のやさしいさんすう問題を手伝ってあげながら、少しだけ安心する。転生によって圧倒的なリードのある学力くらいでしか、俺は妹に勝るものがなかった。必死に練習している短剣は、所詮年相応の域を出ないし、魔法はご存知の通りだ。
仮に俺とゲームちゃんが本気で争ったとしたら、結果は火を見るより明らか。俺が武器を持ってたとしても、正面から魔法をブッパされるだけで勝てない。格ゲーの不遇キャラでもここまで弱くないぞ。……あれば最低限バランスが調整されているからね。それがなければ、才能の差はそれだけ重たい。
才能に対する劣等感を、
変化が起きたのは、妹ちゃんに家庭教師が付いてからだった。この才能は自分の手に負えない、と早い段階で気付いていたフリーダさんが、お父上に掛け合って手配した魔法の先生。有名な魔法の学校を出ている人で、妹ちゃんレベルの才能に対しても、何かを与えられる人。
ルーカス先生、と紹介された彼に対する俺の第一印象は、とびっきり嫌な目をする人、だった。魔法に対する選民意識が、みんなよりずっと強くて、価値基準の一番上が魔法で、自負に溢れた人。
この人はゲームちゃんのことを気に入っていて、俺のことを歯牙にもかけなかった。俺には魔法の才能と呼べるものが欠片もないから、当然だ。仮にも雇い主の娘に対して、直接出来損ないって口にできる一貫性だけは認めてやってもいいが、それ以外は許せない。妹ちゃんの情操教育に悪影響でしょ!
そして、そんな先生の影響を受けて、ゲームちゃんは立派な差別思想を植え付けられましたとさ。ねーたま!ねえさま!と慕ってくれたあの子は、もういない。